ディフェクティブリーダーへ、敬具

「文化祭企画案は来月、校外オーケストラ鑑賞は期末の後……」

 私は、うちの学校の生徒会室へと急いでいた。生徒会長に渡さなければならない書類が沢山あり、しかもその提出期限を口頭で先生に伝えられたので、忘れないうちに知らせなければと思っているからだ。

 生徒会長……空本そらもと先輩は、地味で引っ込み思案で口下手な私にも、抵抗なく笑顔で話しかけてくれる。別に、私は恋に落ちたりはしないけれど、穏やかな笑みと綺麗な顔立ち、そして先生からの信頼も厚いカリスマ性を持ち合わせていて、男女問わず人気がある。

 けれどその完璧さは、逆に不気味にすら映る。会長には、不器用な人間らしさがないのだ。

 だからこそ、以前、血塗れの手を抑えて床に蹲っていた会長を見たとき、背中がぞくりと粟立ったのを憶えている。


「失礼します~。会長、先生からプリント預かって……え?」

 声にならない声が漏れる。現実だと分かるけれど、理解するのには時間がかかった気がする。

 生徒会室は、見事に散乱していた。机や椅子は殆どひっくり返されて、滅多に使われていない黒板にはチョークを投げつけたような跡があり、その予想を肯定するように、黒板の下でぽっきりと折れた白チョークが散らばっていた。不要になった掲示物は剥がされて折れ曲がり、無様に破かれている物も複数あった。

 けれど、それより異質だったのは会長だった。目の下に隈が出来たやつれた顔のまま、教室のど真ん中の椅子に腰掛けて、机の上のパソコンに向き合っていた。

 散乱された机の群衆の中で、ただ一つだけ綺麗に起立した机があって。そしてその机に頬杖をついている会長がいる。とんでもなく、気味が悪い光景だった。

 でも……いい。三か月前のあの日みたいに、背中に鳥肌が立つのを感じ取った。

 機械のような会長の、一番人間臭い行動。パーフェクトリーダーが、一つのタガが外れたせいで最下層まで堕ちた姿。

 ……ぞくぞくする。

「会長……?」

 無造作に倒れた椅子に足を絡めそうになったのをなんとか堪えて、私は生徒会室の中央まで、ゆらりゆらりと歩を進めた。

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