乖離

「ねえ、バチガイ。」

「……ワチガイだ。」

 放課後、俺は生徒会役員の朝沼あさぬまに呼び止められた。さして関わりのなかったクラスメイトに間違った名を呼ばれ、少し腹が立つ。

 その俺の声色を感じ取ったのか、朝沼は『無罪だ』とでも言うように両手を上げた。

「わかってるわ。わざとよ、輪違わちがい。」

 朝沼は、そうしれっと言い放った。「わざと」ではなく、せめて「間違えた」くらいにして欲しかった。

「性格悪いな、朝沼。お前が俺に何の用だよ。」

空本藍そらもとランの話よ。」

 空本、藍。その名に、俺は固まった。

 アイツについて話をするのに、わざわざ俺を呼び止めるのか。同じ委員会生徒会同士なんだし、見ていれば気付くものだと思うんだが。

「アイツ、最近おかしいのよ。どこか上の空だし、一人になると泣くし、この間は生徒会室で花瓶を放り投げて壊してた。後輩の子が怖がりだったら、血塗れのあいつはトラウマものよ」

 ……アイツ、そんな事になっているのか。精神的に、相当きているらしい。

「なんだかわからないの。今までは普通だったのに、急に可笑しな行動を繰り返すようになった。私がランを抑えるから、なんであんな事になっているのか教えて頂戴。輪違なら知ってるんでしょ?」

 他人のエリアに踏み入ろうとして悪びれる様子もない彼女に、不信感が湧き上がった。

「知らねぇし、知ってても教えるわけ無いだろ。プライバシーの侵害だ」

 顔を曇らせていた朝沼は、俺の言葉に、驚いたように目を瞠る。どうやらこの女は、自分が世界の中心だと勘違いするほどには、大人に甘やかされて育ったらしい。

「お前にアイツが言わないってことは、お前に知られたくないと思ってるからだろ。詮索やめろよ」

「だから貴方に頼んでるんじゃない!」

「だから礼儀ってもんを弁えろよ!!」

 朝沼の甲高い声を、俺の高揚した怒鳴り声が殴り飛ばした。朝沼は縫いぐるみを山程付けたスクールバッグの肩紐を握りしめ、俺から後ずさった。

「……知人の心配して何が悪いの!」

「憂慮の仕方を少しは考えろって言ってんだよ」

 吐き捨てると、俺は朝沼を吹っ切るように走った。すぐに、朝沼は俺を追うのを辞めたようで、早々に足音が聞こえなくなった。

 俺の後ろで立ち竦む朝沼が小さく見えたけれど、これが藍への優しさだと、俺は目を逸らした。

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