救援者の讃美歌

 顔色が悪いランが、授業中から気になっていた。

「会長サマ〜、飯行こー」

「……」

 四時限目、コイツは顔色の悪さを隠すように机に突っ伏していた。教師は明らかに気づいていたけれど、藍の顔色の悪さに気づいたのか、それとも普段の品行方正な態度から大目に見たのか、言及をしなかった。

 正直、藍の顔色はまだ治っていない。それどころか、さっきよりも悪くなっている気がする。

 LEDに照らされた、青筋の見える陶器のように白い肌。そこに浮かぶ、幾つもの冷や汗。指先も微かに白くなって、血の気を失った唇も震えている。

「平気か?寒い?」

「……頭、痛」

 学ランの金ボタンを外し、再度机に突っ伏す。辛そうに顰められた眉が、痛々しく見えた。

「帰るか?」

「……彼処はもっと嫌だ」

 溜息を吐いて、藍の目の前に座る。事後質問にはなるが、椅子の持ち主に「借りて良い?」と聞くと、「どーぞー」と気の抜けた声が返ってきた。

「行かねーなら、俺は此処でメシ食って良い?」

「……ソース味なら離れて」

 幸いにも、今持っているのはメロンパンとコッペパンだ。食堂で食べるつもりだったが、小腹が空いたとき用に持ってきていてよかった。取り敢えず、俺はコッペパンの方に齧りつく。

 クラスメイトは、珍しいものを見るように藍を眺めた。そりゃそうだ。普段の完璧な雰囲気とはまるで違う、ダレている姿なんて、俺だって初めて見るかもしれないくらいなのだから。

「藍……?しんどい?」

「……」

 押し黙ってしまった。仕方がないので、一人でメロンパンの袋を開くと、いきなり藍が立ち上がった。教室がざわざわしているから、藍に気づいたのは他にいなかったけれど。

「うお、ビビった……。おい、どうし……」

「……が…、なんで……」

「は?」

 藍を見る。すると、今日見た中で一番生気のない藍の顔が、眼の前にあった。机についた手は小刻みに震えて、死んだ目には薄っすらと涙を浮かべている。

 無言で立ち上がり、藍の背中に手を回す。そしてそのまま、ゆっくりとさすってやる。

「……何があっても何失っても、俺は此処にいるから。大丈夫だよ」

 落ち着いたのか、涙を一筋落とした顔で、藍は小さく頷く。

 コイツはもう、二度と元には戻らないと、どこかで感じた。

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