レクリエーション(4):夜の樹海での語らい
「いやー、ペンション確保できなかったのはちょっと痛手だな」
すっかり暗くなった樹海の中で、物資の中にあった大型テントを引っ張り出しながら光誠は言った。日は落ち切っていないがここは樹海。木々に陽光が遮られるため、暗くなるのは外より早い。
「えー? こっちの方がキャンプ感あって私は好きだけどなー」
「───ペンションだって……キャンプ感は十分あるでしょう……」
「わー小関くんしなしなー。おもしろー!」
「…………」
言い返す気力も残っていない修斗は、何も言わずに近くの岩に座り込み、疲れ果てた様で項垂れた。
このレクリエーションにはリタイアも勿論ある。光誠は道中心底つらそうな修斗にリタイアを勧めてもみたが、「絶対イヤです」の一点張りだった。彼がそう言うのなら、せっかくなら皆でゴールしたいものである。
「しかし絡んできたあの…誰だっけ」
「前田晴真くん」
「そうそいつ。何だったんだろな?」
突然覚えのない因縁をつけてきた少年を思い浮かべ、光誠は言う。誤解であるのは間違いないのだが、それにしても随分な憎まれ様だった。
「…………」
「愛華? どうした?」
「えっ? あ、いや何でもないよ! そうだね、何でだろうね」
視線を彷徨わせながら、愛華は慌てて取り繕うようにそう言った。何か心当たりがありそうだが、本人が言わないのなら言及はしない。なんとなく流れた気まずい雰囲気を感じ取ったらしい祈里が場を明るくしようと声を上げた。
「ま、まぁまぁ! ほら、ご飯の準備をしましょう!」
「近くの物資に食材沢山あってラッキーだったねー」
「…………あっ、僕も手伝います」
「よせよせ。そんな死にかけの状態で火とか使うのは危ねーよ」
「……うん、小関くんは休んでて。さぁーて、私も腕を振るおうかな! あの人のお世話で培った料理スキルを見せてあげる!」
深夜。光誠は樹海に並ぶ二つのテントの片割れから這い出て立ち上がり、思い切り伸びをした。月末で満月が近いこともあってか月明かりが強く、思いの外周囲がよく見える。
「よう。起きてたんか」
「……うん。ちょっとね」
テントから少し離れた、月明かりが差し込む大きな木の根の上。そこに、愛華がうずくまるように座っていた。支給物資の着替え(女子らしさ全開パジャマ)の上に薄いキャミソールを羽織っただけという愛華の格好を見て、光誠は思わず顔を顰める。彼女の無防備な肢体が、月あかりを受け柔らかに浮かび上がっていた。目の
「こら。風邪引いちゃうだろ」
「……ありがと」
「……前田が出て来てからなんか元気ないよな?」
「やっぱりそう見える?」
愛華は力なく笑って首肯した。
「多分だけど……彼がどこから光誠くんの話を聞いたのか、心当たりがあるからかな」
「あぁ、仲宗根だろ?」
あっけらかんと心の内を言い当てられ、愛華は思わず目を丸くした。
「な、なんで分かったの?」
「俺に強烈な悪感情抱いてそうなヤツの心当たりがそれしかなかったから」
「……言われてみれば確かに」
「ひょっとしてだけど、責任感じてたりしてる?」
「そうだね。大分」
話を聞けば、先日の光誠を優先した出来事以来、目に見えて不機嫌アピールをしてきているらしい。
「ガキか。……いや高校生は十分ガキだわ」
「正直うんざりしてたんだけど、今日の一件はちょっと」
あそこまでやるとは思わなかった、と疲れたようにかぶりを振る。
「しかも自分の手を汚さないっていう一番卑怯な方法で」
「そこまで悪く言わんでも。俺は気にしてないし」
「……どうして」
「ん?」
「……どうして気にしてないの!? 危うく実害が出るとこだったのに!!」
「うおビックリした」
愛華の罪悪感は大きかった。自分の応対のせいで、友達がデタラメな悪評を吹聴されていることが腹立たしかった。
だから、その当事者である光誠が意に介してもいないことが怖かった。それがいつか、どうしようもない事態に繋がってしまう様な気がしてならなかったからだ。自然と目頭が熱くなる。
「……そうか。気を遣わせたか。ごめんな」
「なんで光誠くんが謝るの……」
「自分のふがいなさで女子泣かせたらそりゃ謝るさ」
「…………」
「なんつーか、さ。慣れてんだよ、あーゆーやっかみ」
「……どうして?」
「そういう環境にいた、としか言いようないかなぁ」
成果、地位、評価。光誠が身を置いていたのは、そういったものが原因で嫌がらせを受けるのは当たり前の環境だった。
それこそ今回の『高校生の悪質なちょっかい』程度のものなどとは比べ物にならないレベルのものだ。
「……うん。やっぱり俺は、これをそこまで重い事態として受け止めるのは難しいかな」
「……そっか」
「でも、愛華が俺のために怒ってくれてるのはとても嬉しい!(クソでかボイス)」
「!?」
「いやぁホントこう………むずがゆさというか? そういうのが限界突破して、ちょっとウキウキしてくるというか────」
「ちょっ、止めて恥ずかしいから」
「泣いてくれるほどの心配ってのはレベルとして大分高いというか───!」
「やめっ……ヤメローーーーーー!!」
感極まったように喜びを垂れ流す光誠を愛華は顔を真っ赤にして全力で止めにかかる。しばらく二人でわちゃわちゃとくだらない喧噪を続けるが、結局愛華に光誠の言葉を止めることは出来ず、自身の心配に対する喜びの感情を間近で聞き続けるという羞恥プレイを味合わされることとなった。
騒ぎが収まった後に残ったのは、全部言い切ってスッキリした表情の光誠と、心配を羞恥プレイというあだで返されぐったりした様子の愛華であった。
「勝った………!」
「何にだよこの野郎」
しばらくの間疲れ果てたように息を整えていた愛華だったが、それが落ち着くと木々を見上げた。そして思い切り伸びをして「あーー」と言葉を漏らすと、笑みをこぼした。
「───フフッ。なんかどうでもよくなっちゃった」
「そーそー。心労増やしても意味ないっしょ」
「その原因が何言ってんだか。……けど、大元は何も解決してないなぁ……」
そう呟き、愛華は今後の紀仁との付き合い方を考える。彼のお世話係を止めたい、と父に言うべきだろうか? 相談してみようと光誠の方を振り向いてみると、何故だか顎に手を当て、目を細めてこちらを見つめていた。
「何? どうしたの?」
「いや、ちょっと驚いただけ。上着貸したことがかえってこうなるとは……しかし……うん、これはなかなか悪くない」
「────!? みっ、見ないでくれる!?」
わちゃわちゃした結果、光誠の貸した上着がはだけてちょっぴり扇情的な格好になっていた。汗をかいていることもそれに拍車をかけている。気付いた愛華はがばりと前を閉め、涙目で光誠をにらんだ。
「こういうときは、アレだよな。ごちそうさまですって言えば良いんだよな?」
「~~~~~~っ! もうっ!!」
再び顔を真っ赤に染めて、愛華は文句を続けようとした。しかし、その前に突如として光誠の顔から表情が抜け落ち、愛華の斜め後ろにある少し離れた茂みに視線を向けた。
「ど、どうしたの?」
急にただならぬ雰囲気に変わった光誠に歩み寄りつつ、愛華は尋ねた。その、次の瞬間だった。
「────きゃあっ!?」
突然光誠が愛華を抱き寄せた。すっぽりと光誠の腕の中に納まった愛華は、状況の変化に反応すらできずに硬直する。光誠はそのまま愛華ごとくるりと回転し、自分の後ろに庇う形に体勢を変えた。
ようやく何かが後ろからきていたことに気付いた愛華は、庇われた形のまま光誠の見つめる先に視線をやる。そして────
がさり、という音を立てて、苦々し気な表情の晴真が姿を現した。
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