レクリエーション(3):盲目


「──なんだって!? それは本当か仲宗根!」


「うん。信じたくはないだろうけど、本当だよ」


「……なんてこった。そんなクズに、清滝さんが……!」



 レクリエーションの2日前。光誠がGと死闘を繰り広げていたころ。学園の端で、前田晴真と仲宗根紀仁の二人が話をしていた。

 呼び出したのは紀仁の方で、会話の話題は『外空光誠という女子を弄ぶ男が、その魔手を愛華にも伸ばしている』というものだった。



「それで、愛華や弄ばれてる子たちのために、前田くんにやってほしいことがある」


「──教えてくれ」


「うん。実はレクリエーションの日に、愛華を説得してほしいんだ」



 そう言って紀仁はとあるデータを晴真の端末に送る。それは本来であれば開示されないはずの、レクリエーション当日の班の配置図だった。紀仁は光誠の班と晴真の班のスタート位置が近いことを説明し、レクリエーション中にどうにか接触・説得して、愛華の目を覚まさせてほしいと告げる。



「任せろ。清滝さん説得して、そのクソ野郎ぶん殴ってきてやる」


「お願いね。あ、それからこの話を僕から聞いたってことはオフレコでお願い」


「分かった」



 そう言って晴真は、憎悪を瞳に宿らせて立ち去った。その背中を見届けて紀仁はほくそ笑む。



(単細胞で助かるよ。本当に)



 紀仁は、晴真が愛華に想いを寄せていることを知っていた。そのうえで、その恋心と短気さを利用し、光誠にぶつけようと画策したのだ。そのために父親の銀二に頼み、班の配置図を手に入れた上で学校に圧力をかけ、その配置を変更させたのだ。



(口止めはした。どんな事態に発展しようと、直接かかわりのない僕に矛先が向くことはない。いざとなれば立場で黙らせてやるだけだ)



 紀仁は晴真が愛華に向ける視線、そして愛華と楽しそうに会話する光誠を思い浮かべてこぶしを握る。



「……お前らなんかにやるわけないだろ。愛華は、僕のものだ」



 口元に歪んだ笑みを浮かべ、そう呟いた。










 前田晴真は抑圧された人生を送ってきた。自身の学歴にコンプレックスのある父親の手で幼少期から勉強を強制され続け、おまけにその父親は癇癪持ちであり、それに耐えきれなくなった母は離婚届を置いて姿を消した。それからはより一層厳しくしつけられることとなった。


 転機となったのは、天ヶ室学園の中等部受験に合格した時だった。これでようやく辛い生活が終わる、と考えていた晴真を待っていたのは、ねぎらいの言葉一つすら無いより一層の勉強の強制。そこで、晴真の中の何かが切れた。

 気が付いた時には、血まみれの父に馬乗りになっており、その顔面に振り下ろし続けたであろう拳が、ジンジンと熱をはらんでいた。


 それから彼はボクシング部に入部し、その才能を開花させて実績を残せるほどになった。これまでとても大きな存在に見えた父は自分に怯えるようになり、勉強を強制されることもなくなった。晴真はようやく心の安寧を手に入れたのだ。


 しかし、彼にはとある弊害が残ってしまった。それは、父親のような短気さと癇癪。抑圧され続けてきた反動で、我慢が利かずに部活で培った力で暴力をふるうようになってしまった。始めこそ、良心の呵責と嫌悪していた父親同様の行動を取るようになってしまった自分に苦しんだ。しかし、何をしても実績によって帳消しになり、自分に罰が与えられないことで、彼はその状況に慣れてしまった。


 こうして、前田晴真は自身の才能に驕る人間になったのである。











「クソクソクソッ! クソがぁぁぁっ!!」



 夜、レクリエーションで使用が許可されているペンションで、設置されたゴミ箱を蹴り飛ばしなら晴真は叫ぶ。

 彼が荒れている理由は一つ。愛華の説得に失敗したためである。元凶であるはずの光誠の呆れたような態度。偉そうに説教してきた虚弱そうなメガネ。極めつけに、ただ思いやっての行動なのに、当の本人である愛華に拒絶されたこと。これらがただひたすらに腹立たしかった。



「なんでだよ! なんであんな目で俺を……!」



 ひたすら感情のままに振る舞う晴真を見て、班員たちは顔を見合わせる。

 晴真の班は4人だが、皆がボクシング部員である。そしてその中の一人である浮田うきた裕二ゆうじが、未だ収まる様子のない晴真に話しかけた。



「なぁ、その外空ってヤツ本当に悪人なのかよ?」


「は? いきなり何言いだすんだよ。ちゃんと説明したろ!」


「まぁな。んでお前に追いついたときにチラッとだけど見た。確かに顔怖かったけど、他の班員たちと仲が悪いようには見えなかった。何より清滝さんがそんな態度だったんなら違うんじゃないのか?」


「……んなワケねぇ。アイツはクソ野郎だ!」



 晴真は聞く耳を持たず否定し続ける。これ以上言うと殴られるかもしれない。しかし裕二は構わず続けた。



「なぁ晴真。俺らが外空をクソ野郎だって信じたのは、お前がそう言ったからだ。お前はすぐ手が出るが悪いヤツじゃない。お前を信用してるから、お前の言うことを信じたんだぜ」


「……何が言いてぇんだよ」


「お前は、何を根拠に外空をクソ野郎だって思ってんだ?」


「……………」


「……おい、まさかとは思うが───」


「うるせぇ!」



 そう怒鳴って晴真は拳を振り上げる。裕二はとっさにガードの姿勢を作りながら、殴られる痛みが来るのを待った。しかし晴真は直前で拳を止めると、口汚く悪態をつきながら荒々しくペンションから出て行った。











 うっすら差し込む月明かりの下、晴真は地面を強く踏みつけながら歩く。



『愛華や弄ばれてる子たちのために、前田くんにやってほしいことがある』


『えぇ………? どっから出た噂だそれは…………』


『キミはアレですか? 他人の言うことを精査することなく妄信して、平然とそれを広めたりするような情弱の愚か者なんですか?』


『離してくれないかな』


『お前は、何を根拠に外空をクソ野郎だって思ってんだ?』



「────うるせぇっ!」



 近くにあった木を殴りつけて、歯を食いしばる。



「俺は────」



 彼はもう、引くに引けないところまで来てしまっていた。



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