外空光誠とは:深山茜・聖川祈里の場合


「えっ、外空くんと同じ班?」



 愛華にレクリエーションの班に誘われた時、茜は心底から不思議そうな声でそう言った。何故わざわざ光誠が班にいることを念押しされているのかが分からなかったからだ。


 深山茜の光誠への第一印象は、『どうしてあんなに疲れてるんだろ?』だった。

 おそらく、クラス内で光誠に対し最も、そして唯一真の意味で偏見を持っていなかったのは彼女だ。



「顔? うんまぁ怖いよね。それがどうかした?」



 友人に光誠の話を振られた時も、特に何かを考える訳でもなく当たり前のようにこの返答。光誠と関りはなかったが、彼女だけが光誠をただのクラスメイトとして捉えていたのである。

 その認識が『良い人』に変わったのは、ある日の体育の時間でのこと。



「あれ、なんで外空くんが準備してるの? 随分早いし」


「……ん? あぁ女子の体育委員か。深山さんだっけ?」



 それは昼休みの後、5限目に体育がある日だった。

 茜はクラス内で男女一人ずつ選出される体育委員会所属で、この委員会所属の生徒は体育の際の準備が義務付けられている。しかし茜の知る限り、光誠は体育委員ではない。にもかかわらず何故早くから準備しているのか。



「特に深い理由はないよ。強いて言うなら……暇だったからだな」



 ガラガラとボールが入ったカゴを倉庫から引っ張り出しながら、光誠はそう言った。






 出来事としてはこれだけである。光誠からしてみれば、本当に何の脈絡もなく思い立ったからやっただけのことだ。

 だが茜の目にはこれが素晴らしい善行に映った。彼女にとって、利にならない無償の奉仕を行える人間は、総じて善き人になるのである。



(終わったら色々話してみよう!)



 そう考えた茜は、女子体育の準備を急いで終わらせた。が、その頃には男子側は既に終わっており、光誠の姿もなくなっていた。



「………おしゃべりしてみたかった!」



 その後、光誠が姿を現したのは結局授業開始直前だった。これ以来特にかかわりを持つこともなかったが、この出来事は確かに茜の中に残り、レクリエーションの班加入へのダメ押しとなった。







 そして今、眼前でくだらないジョークを飛ばして場を和ませる光誠を見て茜は思う。



(超面白い人じゃん! この班入って良かったー!)






















「はっ、はい! ぜひお願いします!」



 数日前、愛華に班への加入を頼まれた際、祈里は即決でOKを出した。


 聖川祈里の光誠への第一印象は、『とても怖い人』だった。

 自分のような臆病で受け身な人間は、彼からすれば格好の獲物に違いない、と思い込み、出来るだけ近づかないことを心に決めた。その印象が変わったのは、部活動見学の数日後のことだった。







「……はぁ。これを私一人で、全部……?」



 放課後、自分の前に積みあがっている箱を見て、祈里は思わずため息をつく。中身は高等部の授業で使うタブレットの最新版。新機能として表示ホログラムの質感向上に投影範囲の大幅な拡張、その他もろもろが実装されたモデルらしい。

 祈里は学級委員であることから、『他の学級委員と……あ、それから友達も誘っていいから!お願いします聖川さん!』と担任の澄川先生に、使用する教室までの運搬を頼まれてしまったのだ。



(こんな量………誰かを誘うとか無理だよぉ)



 祈里はシャイで引っ込み思案な少女である。内部進学してきた身ではあるけれど決して友人は多くないし、高等部に進学してからまだ日も浅い。遠慮がちな彼女にとって、学級委員であれ友達であれ、誰かを手伝わせるために声をかける気概はなかった。



「どれくらいかかるかな……」



 祈里の力では1箱ずつが限界だ。しかし眼前には10箱近くの箱がある。運ぶ教室も近くはない。けれど────やらなければ終わらないのもまた事実だ。

 覚悟を決めて箱に手を伸ばす。その時だった。



「これ、まさか一人で全部運ぶつもりか?」



 背後から声がかかり反射的に振り向く。そこに立っていたのは、夕日に照らされいつもより数倍近い哀愁を漂わせる光誠だった。



「は、はい……」



 思わずびくりと体を震わせつつ、小さな声で祈里は返す。すると光誠はスタスタと歩み寄ってくると、おもむろに箱を3箱近くまとめて持ち上げ、祈里を見て言った。



「手伝う。どこに持ってけばいい?」


「えっ、あ、三階にあるプログラミング室D、です……」



 聞かれるがままに場所を返すと、光誠は「おっけ」と軽く返事をして歩き出す。それを見て我に返った祈里は、慌てて箱を一つ持ち上げると、後を追いかけた。



「あ、あの、どうして……?」


「ん? いやちょっとボラ部……ボランティア部に用があってね。残ってたのよ」


「い、いえそうではなく……!」


「?」


「どっ、どうして、手伝ってくださるんですか……?」



 意を決して尋ねる。何故なら手伝ってもらえる理由が思いつかないから。ひょっとすると何かエゲツない対価を要求されるかもしれない。そう思いつつびくびくしながら光誠の顔を窺う。そんな彼女に、光誠はどこか呆れたような目を向けて言った。



「一人で全部運ぶつもりだったろ」


「は、はい」


「無理っしょ。どんだけかかる?」


「多分、暗くなってからも多少かかってたのではと……」


「多少?」


「だ、大分、かもしれません……」



 痛いところを突かれ、祈里の声が尻すぼみになる。気まずそうに視線をさまよわせる彼女を見てため息をつき、光誠は言う。



「俺が手伝えば早く終わるだろ。そんだけ」


「そんだけ………」



 えっ、じゃあ本当にただ手伝ってくれてるだけ? と困惑する祈里に構わず、光誠は続ける。



「───今の君と同じように、仕事を押し付けられてるヤツを見たことがあってね」


「は、はぁ……」



 しかも入学式の日にだぜ? と光誠はあきれた様子で首を振る。



「そいつと君が被って見えたってのも、理由の一つかな」


「なる、ほど……?」


「疑問符付けるんじゃないよ。いいか? 君が軽率すぎって話をしてんのさこっちは」


「す、すみません」



 その後しばらくくどくどと注意を垂れ流され、祈里は言われるがままに同意し続けた。それが終わった後は、作業をしつつなんてことのない世間話。そして日が落ち、完全に暗くなる少し前に、作業は終わった。



「んじゃお疲れさん。筋肉痛が嫌なら風呂でちゃんとマッサージしろよ」



 そんな言葉を残して光誠はとっとと立ち去った。お礼を言う暇もなかった。

 手伝ってくれた際の、普段の彼から感じられる雰囲気との乖離は祈里にとってはあまりに大きく、飲み込んで消化するまで数日を要した。

 しかしそれ以来、普段の彼をもう少しだけ注視してみると、愛華と話している際の彼の雰囲気は、祈里を手伝ってくれた彼そのものであることに気付く。



(悪い人じゃないんだ)



 しかし、結局自分から話しかけることは出来ず、お礼を言う機を逃し続けた。それ故、班への勧誘は祈里にとって天からの助けそのものであり、即決するに至ったのだった。






「あ、あの外空くん!」


「ん、なに?」


「ちょっと前にあった、荷物運びのことなんですけど………て、手伝ってくれて、ありがとうございました!」


「おう。どういたしまして」


「や、やっとお礼言えました~」


「あれ、言われてなかったっけ?」


「はい、言ってなかったです」


「そか。またなんかあったら声かけてくれ。手伝う」


「あ、ありがとうございます。えへへ……」





















 ────なお、これは余談であるが。


 中等部において、演劇部に加入していた聖川祈里という少女は、『役を演じる』ということに天性の才を持つ。

 発声、表情、動きの魅せ方、役への没入、そのどれもが一級品。引っ込み思案の自分を変えたいという思いでの入部だったが、それが彼女の才能が見出されるきっかけであった。


 そして、彼女のそんな才能の数々を裏打ちしていたもの。

 それが『共感覚』。


 一般的な、『感覚や感情、相手の背景が色や波長として感じ取れるもの』ではなく、そういったものを自身の中に直感として感じ取り、自分の感覚に落とし込めるものであった。


 この異能ゆえに、彼女は相手がどんな人間であるかということをほとんど直感的に感じ取ることができる。言い換えれば、彼女が人に抱く第一印象とは基本的に正しいということだ。

 そして、彼女は自身にこのような異能が備わっていることを理解していない。自分が感じる人への第一印象は大体合っている、ということをなんとなくわかっている程度。


 彼女は光誠と直接の交流を経て、彼への第一印象を改めた。しかし、上記の通り、彼女の抱く第一印象に基本的に



 ───では、彼女が最初に光誠に抱いた『とても怖い人』という第一印象は何だったのか?


 ひょっとすると彼の中には、祈里にそう感じさせた『本性何か』があるのかもしれない。

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