外空光誠とは:小関修斗の場合


「外空光誠です。気軽に話しかけてください。よろしく」



 くすんだ金髪。近寄りがたい人相に張り付く仏頂面。気力を感じさせない声。

 まばらな拍手が起こる中、彼に抱いた第一印象。

 それは、「絶対に関わり合いになりたくないタイプ」だった。


 今眼前で周囲や他の班員たちにこまめに気を配る少年を見つつ、修斗は思う。

 強烈な第一印象だったがゆえに、その印象が変わったときのことも鮮烈に覚えている。

 疲労を感じつつ樹海を歩き続ける中、修斗は出来事としてはあまりにありきたりなそれを想起する。






「それでさ───」「はははマジかよ───」


(………うるさい)



 それは図書室での出来事だった。

 修斗の正面には二人の上級生男子。彼らは人目もはばからずに大声で談笑していた。自習のために図書室を訪れていた修斗にとって───否、図書室を真っ当に利用している者達にとって、それはただひたすらに邪魔でしかない行為だった。

 そして、修斗はこういう場面で委縮せずに注意できる人間だった。



「あのすみません。余所でやってくれませんか? うるさいので」


「は?」「なにオマエ」


「ここは図書室です。騒ぐのなら余所でやってくださいと言っているんです」



 ごく当たり前の正しい注意だ。だが人間、特に多感な学生にとって、正論そのものな注意に対する反骨心とは大きなものである。



「なぁ一年、ここの図書室めちゃくちゃ広いだろ? 俺らがうるさいってんなら、オマエがどっか別のとこに行きゃあ良いじゃねぇか。なぁ?」


「そうそう。他人に何かを強要するより、自分が動いた方がお互い良い思いできるって」



 ニヤニヤしながらその二人がそう言った時、修斗は自分が判断を誤ったことを理解した。不機嫌そうな態度を前面に押し出してしまっては、相手を意固地にしてしまうだけだ。

 不本意だがここは自分が引くしかない。修斗はそう判断し、教材をまとめて席を立とうとした───その時だった。



「お二方。ココ来るとき見たんすけど上階のテラス席空いてたんで。そっちの方が居心地良いっすよ」


「あ? いきなり何だ…よ……」



 唐突に上から降ってきた声。それに好戦的に突っかかろうとした上級生の片割れの言葉が、声の持ち主を認識して途切れた。


 座る彼らを上から見下ろす長身。誰もが避けて通るような雰囲気。修斗が関わりたくないと強く思った相手───外空光誠が、ただでさえ鋭い目をさらに細めて、騒ぐ二人を見つめていた。



「なっ、なんだよオマエ───!」


「おい、よせって! ほら行こうぜ」



 引くに引けなくなり、なおも反抗の意思を見せようとした一人を、理性が強く作用したであろうもう一人が止めて、彼らは足早に図書室を後にした。

 光誠はそんな彼らを見届けるとため息をつき、反対側で教材をまとめている途中で固まっている修斗を見て苦笑いを浮かべた。



「首突っ込んで悪かったな」



 そう言うと、後ろ手に軽く手を振りながら本棚の並ぶ奥へと消えていった。







 この出来事は修斗にとって非常に驚くべきものだった。何より驚いたのが、彼が秩序を重んじる人間であったこと。彼の見た目から不良やそれに準ずるもの、そうでなくとも、物事をいさめる側では決してないだろうと考えていた。



(『人を見た目で判断するな』……頭で分かってはいても実践には程遠い。僕もまだまだってことですね)



 それ以来、修斗は光誠を陰ながら観察することにした。そうすると見えてくるものが多々あり、驚きが積み重なっていくこととなった。具体的に言えば周囲へのさりげない、そして陰ながらの気遣いや心配りである。


 例えば、周囲に仲良くおしゃべりなどをしている生徒たちがいる時、彼らからそれとなく距離を取っている事。彼は基本いつも一人だ。席で本を読んでいることもあれば、ふらりとどこかへ消えることもある。一見その行動原理は読み取れないが、いつも一人という観点でようやく気付いた。ここで言う『いつも一人』とは、『孤立』ではなく『周囲に人がいない状態』のことである。

 おそらくだが、彼はそういう状況を意図的に作り出し、周りの雰囲気を壊さないように立ち回っているのだろう。


 他にも、教室や廊下にゴミが落ちていれば必ず拾って捨てていたり。

 体調が悪そうな生徒がいればすぐに気付き、声をかけ保健室へ行くように促したり。

 急な就任でおそらくまだ業務に不慣れであろう担任の澄川先生に話しかけ、何かの手伝いをしていたのも一度や二度ではない。


 そんな彼を見ていたからこそ、愛華に班に誘われた時にはすぐにOKを出した。

 何故なら既にその時、修斗にとって光誠は、好感が持てて尊敬に値する人物となっていたからである。



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