レクリエーション(2):悪意


「今年のレクはなかなかハードだなー」


「そ、そうですね! 場所が場所ですから、結構全身使いますし……」


「うんうん。でもちょっと意外ー! 祈里ちゃん結構体力あるんだね!」


「中等部では演劇をやってたんです。体力づくりとかちゃんとしないとなかなか大変で……」


「主役とかもやってたもんね。私何回か見たよ」


「あ、あの清滝さんに見て頂けているなんて……! ここ、光栄です!」



 そんな会話をしつつ一行は森の中を進む。うっそうとしてはいるが、木々の間から差し込む陽光に照らされて暗くはない。和気あいあいとした会話を繰り広げつつ歩く一行だが、遅れる者が一人。



「ゼェ……ハァ……くっそう……僕は生粋の……イン、ドア派……なんですよ……!」


「大丈夫か? すまん皆、ちょっと休憩入れよう」


「た、助かります……」



 光誠は樹海に入ってすぐに見つけた物資の中からスポーツドリンクを取り出し、渡す。修斗はそれを半分ほど一気に飲み干し、ため息をついた。



「すみません、僕のせいで……」


「言ったろ? 俺らはエンジョイ勢さ。気ままに行こうや」


「そーそー。みんなで話したじゃん」


「けど、僕がいなければ上位だって狙えるのに……」



 修斗はどうやら自分が足を引っ張っているせいで迷惑をかけていると思っているらしい。そんな修斗に愛華が声をかける。



「大丈夫だよ。どうせ着順ごとにスコアとポイント貰えるだけだから。毎年そうみたいだし」



 ポイントとは、学園内で使える通貨のようなものである。イベントやテストの結果に応じて配布されることが多い。通貨替わりにはなるが、なくて困るというわけでもない代物である。



「私はポイントもスコアも欲しいけどね!」


「あ、茜ちゃん、みんなの気遣いが台無しだよ……」


「えー? 私はエンリョされる方がイヤだけどなー」


「……そうですね。僕もです」



 茜の歯に衣着せぬ本音に、修斗はため息をついて同意した。そしてフンスと気合を入れたようにこぶしを握り、言った。



「皆さんも、言いたいことがあったら遠慮なくどうぞ!」


「体力なさすぎ」「同意」「な、軟弱ですよね……」


「ちょっと無慈悲過ぎません!?」










 その後一行は修斗に合わせてペースを落とし、談笑しながら樹海の中を進む。森もかなり深くなり、地形の中にも大きな岩が増えてきた。陽光も届きづらくなってきたが、それが逆に非日常を強く感じる幻想的な景色を創り出していた。



「おーーーい! 清滝さーーーん!!」



 皆でそんな光景に感嘆しつつ、少し遅れている修斗を待って足を止めていると、斜め前方から届く声があった。



「あれ、前田くん? 久しぶりー!」


「おう! いやー覚ええてくれて嬉しいわ!」



 愛華に前田くんと呼ばれたのは、ガタイの良い茶髪の少年だった。



(前田……前田晴真はるまか。確か随分とアレな噂もあったような……)



 嬉しそうに愛華に話しかける少年を観察しつつ、光誠は彼に関する情報を想起する。

 前田晴真。1-C 所属のボクシング部員。中等部の頃からけんかっ早く、暴力沙汰も多く聞く生徒だ。しかし、その実力と実績によってほとんどのケースで無罪放免となっている。



(というか他の班員の姿が見えない。まさか一人で先行してきたのか?)



 それはいろいろな意味で危険では、と危惧した光誠は、おそらく同じことを考えていたであろう祈里と顔を見合わせ、彼女の視線に首肯する。そして晴真を注意し、彼の班員を探しに行こうと行動を起こそうとした、まさにその時だった。



「────で、オマエが外空光誠ってヤツか」


「…………ん? 初対面、だよな」


「当たり前だ。本当は話しかけたりなんざしたくもねぇ」



 光誠が注意しようと振り向くと、注意しようとした張本人である晴真が、ひどく冷たい侮蔑の視線を光誠に向けていた。不穏な雰囲気を感じ取りつつ、声色を崩さず面識がないことを確認する。



「何人かの女子を脅して、無理やり言う事聞かせてる外道らしいじゃねぇか」


「えぇ………? どっから出た噂だそれは…………」



 どうやら根も葉もない噂を信じているらしい。いや、誤解されやすい見た目であることは自覚があるので、ひょっとするとどこかで誤解が生まれている可能性はあるのだが。

 しかし晴真はその噂を信じているらしく、呆れたように言葉を漏らした光誠に対して敵意を膨らませ、愛華に言う。



「……清滝さん。こんなヤツと一緒にいたら何されるか分からないよ? と行こうぜ」


「ちょっ、急に何───?」



 晴真はそんな自分勝手な理論を振りかざし、無遠慮に愛華の腕を掴み、引っ張っていこうとする。

 そんな彼を皆が止めようとした、その時だった。



「────ゼェ、ハァ……見てて……滑稽ですね……キミ……」


「あ?」



 挑発するかのような言葉で晴真の足を止めたのは、それなりのサイズの岩を登り切り、疲労困憊でどうにか追いついてきた修斗だった。

 物資のスポーツドリンクを一気にあおり、深呼吸で息を整えて修斗は続ける。



「キミはアレですか? 他人の言うことを精査することなく妄信して、平然とそれを広めたりするような情弱の愚か者なんですか?」


「んだとメガネ」


「彼とは初対面なんでしょう? それなのにまぁ、随分と知ったような口を利くものだと思いましてね」



 意図しての物だろう。煽るような口調のまま修斗は続ける。



「少なくとも、清滝さんの顔を見ればそんな評価は下せないのでは?」


「は? なにを────」



 修斗の言葉を受けて晴真は愛華を見やり、息をのんで言葉を途切れさせた。

 彼女が、とても冷ややかな目で晴真を見つめていたからだ。その目と同様の冷ややかな声で、愛華は言う。



「離してくれないかな」


「あ────」



 そんな愛華の態度に怯んだ晴真は掴む力を緩め、愛華は掴まれた腕をするりとほどいて、掴まれていた箇所を撫でる。

 晴真は少しの時間放心していたが、じろりと光誠を見やると舌打ちして去っていった。



「なんだアレ………っと、愛華大丈夫?」



 光誠は疲れたように呟き肩を落とすが、すぐに愛華に声をかけて怪我がないか確認する。

 愛華ははにかみ、「大丈夫、ありがとう」と返した。

 胸を撫で下ろした光誠は、次いで修斗に声をかける。



「ありがとな小関くん。かっこよかったぜ」


「ね! かっこよかった! 私、何にもできなかったし……」


「わ、私もです……」


「いやいや見てくださいこの足。恐怖でがくがくです」


「疲労でじゃないの?」


「いやまぁそれもありますけど……」


「───プッ、アハハハ! すっごいホントにがっくがくだーー!」


「ちょっ、つつかないでくださいぃぃあ”あ”あ”ーーー!」



 そんなやり取りを経て、緊張がほぐれた一行は笑い合う。

 ────遠目から、こちらを憎々しげに見つめる晴真に気付かないまま。



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