二人の時間
「……おかえりなさい」
「ただいま。……何してんの?」
「…………」
「ちょっ、おい無言で押すな! なになになに?」
学園から帰って来ると、マンションの部屋の扉の前に紬がうずくまっていた。事情を聞こうとするとグイグイと自分の部屋に押し込もうとしてくる。されるがままに部屋に入ると、紬は背中にぴったりとくっついて絞り出すように言った。
「……G出ました」
「おぉ久しぶりだな。どの辺?」
「分かりません。見失いました」
「一番面倒なやつやん」
紬は涙目で頬を膨らませ、無言の上目遣いでこちらを見上げてくる。
(こうなるとめっちゃカワイイんだよなぁ)
「……なんか失礼なこと考えてないですか?」
「涙目でプルプルしてんのカワイイ」
「………ッ!」
「あっ、いたいいたいゴメンて」
何も考えず思ったことをそのまま口にしたら、紬は耳まで赤くして顔を光誠の背中に押し付け、ポコポコと叩いた。
「それじゃちょっと待ってて」
「連中をまとめて滅せる方法とかあればなぁ」
手にスプレー缶を持ち、そろりそろりと歩を進める。Gを仕留めるための方法は昔から変わっていない。光誠が手に持つスプレーや手近にある紙を棒状に丸めたものでヤるか、予防策として部屋にバ〇サンを焚く等である。有史以前より存在する人類の遥かなる先輩は、その生き汚さと適応力ゆえにより良い駆除法の確立も難しいのである。
「────っ! そこかぁあっ!!」
隣の部屋にてコーヒーを入れつつ待っている紬の耳に、ドタバタという音に怒号、悲鳴が届く。そして数分後、ぜぇぜぇと息を切らしつつ光誠が帰ってきた。しかしその達成感あふれる顔を見るに、どうやら死闘を制したらしい。
「お疲れ様です。ありがとうございます」
「へっ、所詮は虫畜生よ。俺の敵ではないわ」
「『ヴォワァアこっち来んなぁああ』って悲鳴が聞こえましたけど」
「そりゃあれだ。威嚇だ」
「威嚇」
そんな会話をしつつコーヒーの入ったカップを差し出す。光誠はそれを受け取り、すすりながら紬の横に腰を下ろした。すると紬はごろりと寝転がり、光誠の膝に頭を乗せた。その頭を撫でつつ光誠は言う。
「ぉン? 今日は甘えんぼだな」
「良いじゃないですか。学園ではあまり顔を合わせませんし」
「来てくれりゃいつでも対応できるよ? 大体いつも一人だから」
「悲しいこと平然と言わないでください。友達もちょっとずつ増えてはいるんでしょう?」
「そーだなー。でも同性の友達も欲しいわ」
「……ふーん」
紬は頭をぐりぐりと光誠の太ももに押し付ける。
そんな様子を見て光誠は苦笑した。
「心配すんなよ。そいつらとは別に何でもないから」
「別に心配はしてません。……嫉妬してるだけです」
ちょっぴり拗ねたような声でそう言う紬が愛おしくなり、光誠は思わずその頭を少し乱雑に撫でる。紬はくすぐったそうに声を上げて、足をパタパタと動かした。そして突然思い出したように口を開く。
「そういえばレクの班はどうなりました?」
「あーそれなーー」
天ヶ室学園では、各等部の一年次に大規模なレクリエーションがある。その形態は毎年様々だが、今年は班決めが必要になる何かを行うらしい。なお、その内容については当日に知らされるのが通例だ。今年は当日の集合場所から推測するに、ハイキングのようなものになることが予想されている。
「……情けない限りだけど、結局愛華頼りになった」
「というと?」
「俺にそこまで偏見抱いてない生徒集めてくれて、そこに入る形になったんだよ」
「愛華自身は班に?」
「いるよ。……いやぁ、マジであの子にゃ頭が上がらんわ」
元々の鋭い目つきにダメ押しで加わった隈。慢性的な寝不足による疲れているような、あるいは不機嫌そうな雰囲気。愛華は、これらの要素から班決めに難航しそうな光誠のために、事前に動いていてくれたらしい。
仏を拝むような口調で感謝を口にする光誠に、愛華は気付いたことを言う。
「そういえば名前呼びになったんですね」
「あぁうん。そう呼んでくれって」
「……なるほど」
友達って感じ増して良いよなーとこぼす光誠をよそに、紬は目を細めて何事か思案し、小声で呟いた。
「……候補に加えても良いかもしれないですね」
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