印象
「───自己紹介がまだでしたよね。知ってるかもしれませんが、私は佐薙花凛といいます。よろしくお願いしますね」
「外空光誠です。こちらこそよろしくお願いします」
光誠と花凛は、体育館から少し離れたベンチに腰を下ろして軽い自己紹介をする。そして終わるや否や、花凛は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。ウチの先輩が迷惑かけて」
「いや気にせんでください。なかなか愉快な人で話してて楽しかったですし」
「……なら良いんですけど。悪い人じゃないんですが、どうも天然というか……」
先ほどグイグイ来ていた狩谷大地と名乗るエース部員は、その天然っぷりで大いに周囲を振り回しているらしい。
「じゃあ早速呼び出されたワケを───とその前に。なんで敬語なんです?」
「え? いや、 恩人に失礼な態度なんてとれる訳がないじゃないですか」
心底から感謝してるんだから当たり前でしょ? と言わんばかりの怪訝そうな顔で花凛は言う。が正直光誠からしてみれば、やりづらいったらありゃしない、という感想が先に来てしまう。
「居心地悪いんで、俺に敬語はナシでお願いしても良いです? ただの新入生なんで」
「いやでも……」
「ホントにマジでお願いします。誰かに見られでもしたら、とんでもなく面倒なことになる予感がするので」
「わか……った。善処するね」
「ありがとうございます」
どうにか先輩後輩の体裁を保つことに成功し、二人の間にしばしの沈黙が流れた。その沈黙を破り、先に声を上げたのは花凛だった。
「────じゃあ改めて。あの時は助けてくれてありがとう」
「……いえそんな。正直言われるまで忘れていたくらいですから。でも、どういたしまして」
「うん! 良かった、ようやくちゃんとお礼言えた…」
「でも先輩よく気が付きましたね? 自分で言うのもなんですが、あの時と今じゃかなり雰囲気違ったと思うんですけど」
「記憶だよりとは言え、かなーり血眼になって探してたからかな。私、結構執念深いの」
イタズラっぽく笑いながらそう言う花凛に、光誠は素直にカワイイという感想を抱く。
前回、体育館で過去に会っていたことを指摘された際、光誠は血の気が引くほどに慌てていた。今落ち着いているのは、助けた際の当時の自分の顔が今とほとんど同じだったことを知ったからである。
疲労と眠気で限界だったあの時、光誠は自分が化粧を落としていたことすら失念していた。その事実を、当時共に行動していた者達から聞いたのである。つまり、花凛が自分のもう一つの顔を見破ったわけではないことが分かったのだ。
(どれだけ限界でも、そこまで考えなしではなかったってことだな。よくやった俺)
過去の自分の功績にしみじみと感謝する。
「それでね、何かお礼がしたいのだけど……」
「え、いやいやいやいいですってそんな」
「そういうわけにはいかないよ。権威と責任を重んじる立場の両親を持つ者として、そこらへんはしっかりしないと! 欲しいものかやってほしいこと何でも言って? 出来る範囲でなら叶えてあげるから」
ん? 今何でも……という古のミームが口から飛び出しそうになるのを咄嗟に堪え、光誠は悩む。
そう。ここまで言われたら何かを受け取らなければならない。彼女にとって、貸し借りとは非常に重要な問題だ。『タダより高いものはない』という言葉は、彼女の両親が身を置く世界において、相応の金言であるに違いないだろう。
……とはいえ、望みなど本当に無いのもまた事実。
(どーしたもんかな)
そう悩む光誠は、ふと昨日の出来事を思い出した。
『なんと言われようと、清滝さんも他の皆も、俺にとっては友達だ』
勢いであんなことを口にした手前、現状花凛との関係と言えば貸しが一つあるだけだ。
「……じゃあ俺と友達になってください。佐薙先輩」
「え?」
心底から不思議そうな顔で疑問符を浮かべる花凛。そんな彼女の様子に苦笑しつつ、意図を伝える。
「いやぁ実は俺、今この学園に友達って呼べるやつが片手の指にも満たないくらいしかいないんスよ」
「それは、えっと……少ないね」
「でしょう? こんな顔だし、変に目立っちゃって。なので先輩に友達になってほしいです」
「それだけだと私の気が済まないんだけど……」
「いやいや! 俺には切実な問題です」
「……分かった」
何とも言えない表情ではあったがどうにか了承を得て、光誠は胸を撫で下ろす。
「けど、これでお礼になったとは思ってないからね!」
「え”」
ひょっとして今後も何か要望を求められるのかと光誠は戦慄する。
そんな彼を差し置いて、花凛は何やらもじもじしつつ言葉を紡ぐ。
「あの……それで、さ……良ければ今後も、こうやって会う機会を作らない……?」
「え? はい、それはもちろん」
「良いの!?」
花凛は弾かれたように顔を上げ、目をキラキラさせてこちらに身を乗り出す。その食いつきに若干のけ反りつつ光誠は頷いた。
「友達になってってお願いしたのは俺ですしね」
「そっか……えへへ……そっかぁ~」
ニコニコと嬉しそうに頬を緩める花凛は、聞いていたイメージと随分違う。名前の通りの凛とした雰囲気の大和撫子ではなく、年相応に喜ぶ少女だった。
そんな彼女は、微笑ましいなぁと言わんばかりの光誠の温かい視線に気付き、慌てて咳払いをして顔を引き締める。
「それじゃあ今後もよろしくね……えっと、光誠くん。あ! 私のことは花凛で良いから!」
「はい。それじゃあ花凛先輩って呼びますね」
「うん! …あっ、ごめん、そろそろ戻らないと…」
「大丈夫ですよ。それじゃあ、また」
「うん! NECTも送るから! 今日はありがとー!」
そうして花凛は、元気よく手を振りながら走っていった。
改めて会って色々話してみた結果、光誠が彼女に抱いた印象は──
「なんか子犬っぽい人だったなー」
──そんな、何とも見当違いなものだった。
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