花凛の呼び出し
「……これ、ホントに入って良いのか?」
時刻は午前7時30分。
花凛に呼び出された光誠は、バスケ部が朝練をしている体育館を覗き込んでそう呟いた。
学内新聞に関する謝罪が来た昨日、改めて会って話がしたいと連絡があったのだ。
とは言え、光誠は佐薙花凛の人物像をよく知らない。知っているのは経歴や、大衆が話す彼女への印象くらいだ。なので、連絡があった時に一緒にいた愛華に聞いてみた。交流があるようだったので、意見を参考にしようと考えたのだ。
「ふーん。私に聞くんだ、それ」
聞いたらなぜか、ちょっぴり拗ねた。が、拗ねつつも教えてくれた。今度ご機嫌取りのために何かしてあげよう。
愛華が言うには、大衆が話す彼女への印象は概ね間違いではないらしい。
品行方正。文武両道。誰にでも分け隔てなく接する大和撫子。
皆から信頼される、まさに優等生のステレオタイプといった少女のようだ。
「けどカワイイところも結構あるんだよね。例えば……いや、止めとこ。私が言ったってばれたら怒られそう」
という感じで、結局自分が知っている以上の情報はあまり手に入らなかった。が、やはり部活動見学の時の様子は普段と大分違ったらしい。
(────はぁ、ちょっと憂鬱)
光誠は愛華との会話を思い出し、遠くを見るような表情になった。
「あーーーー! キミこないだの!! ウチに入る気になってくれたのか!?」
突如ぶつけられた大声に、びくっと体を震わせて我に返る。そんな光誠に満面の笑みで歩み寄ってくるのは、部活動見学の折に 1on1 をしたバスケ部のエース部員だった。
「あ、いや今日は別件で────」
「いやー、学内新聞見たよ! 新聞部って結構独断と偏見にあふれた記事書くからあんま好きじゃなかったんだけど、今回のは写真も文面もなかなか良かった!」
「うぐぅ───」
若干のトラウマになった学内新聞の話を持ち出され、ダメージを受ける。
「そういえば女バスのエースの佐薙とも仲が良かったっぽいな! どうだい? 入部すれば接する機会も格段に増えるぜ!」
「────ガハァ!」
流れるように追加でトラウマをえぐられ、光誠は膝を付いてダウンした。
「おっ、おいどうした! 大丈夫か!?」
「───フッ。やりますね先輩……ここまで的確にダメージを……」
「え? いやうん。なんか分からんけどありがとう?」
ニヒルに笑いながら皮肉る光誠に、キョトンとした表情でエース部員はお礼を言った。
「そういえば、名前言ってなかったな。俺は───」
「───ちょっと狩谷先輩!」
「───っと。噂をすれば」
息を切らせて現れたのは、先程女子バスケ部のエースであるということが判明した、佐薙花凛その人だった。
「その人に何してるんです? なんか苦しそうにしてたのが見えたんですけど!」
「おぉ、なんかダメージを与えたらしい」
「俺はもうダメです……先輩、最期に名前を……」
狼狽する花凛。状況をよく分かっていないエース部員。悪ノリする光誠。状況は混沌を極めつつあった。しかし、状況の元凶でありながら、それをぶち壊したのも彼だった。
「あぁ名前ね? 俺は狩谷大地だ。よろしくな新入部員!」
「いや入部はしませんけど」
「えぇ!? なんでだよ!?」
息をするように自分を新入部員に仕立て上げようとする大地に、思わず素に戻って反論する光誠。というか、空気を読まずに自己紹介を続行した辺り、かなりの天然なのかもしれない。
その様子を見ていた花凛は、ようやく状況が大したことないものだと把握してため息をついた。
「なんだ、また狩谷先輩のよく分からないノリですか」
「いや俺なんもしてないぜ!?」
「そうですよ先輩は悪くないです!」
「なんでそっち側で反論してるの?」
やいのやいのと声を上げる二人に、花凛は白い目を向ける。
「───ともかく先輩、彼は私のお客様なので」
「彼氏か!?」
「!? 違いますよ! というかデカい声でそういうことを言わないでください!」
愛華は赤面しながら光誠に近寄り、体育館の出口を指さす。光誠は頷き、二人は連れ立って早足で出口に向かった。
「恋人同士じゃないなら俺も話に混ぜてくれーーー!」
「ダメに決まってんだろアホか! ……アホだったわ!」
────後ろで他の部員たちに羽交い絞めにされつつ、手を伸ばして叫ぶ大地を無視して。
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