友達
「うぅっ……グスングスン……」
「あぁもう、ほらほら泣かないの」
校舎近くの中庭にて。愛華はみっともなくべそをかく光誠を慰めていた。
「というか知らなかったんだ? あの新聞」
「え”っ」
「えっ」
至極当たり前の疑問を口にした愛華は、その言葉を聞いた光誠にすごい目で見られて思わずたじろぐ。
「……ちなみになんだけど、アレいつからあったの?」
「昨日だよ。めちゃくちゃ話題になってたし、知ってると思ってたんだけど……」
「ふーんそうやって俺が友達少ないことディスるんだひどい傷付いた拗ねてやるプンプン」
感情のこもっていない、特に攻めている雰囲気もない声で、息継ぎもせずそんなことを口にする光誠。彼は整然と並んだ桜並木に死んだ目を向け、自嘲気味に笑う。
「入学式の時満開だったくせにもう散ってやがる。桜までもが俺をあざ笑ってんだくそったれ」
「被害妄想やめなって。そう調整されてるだけだから」
桜の木が季節や天候によってその状態を左右されていたのは昔の話だ。今ではもう、数多の品種改良や調整を受け、花が咲く時期から散る時期まで管理されている。
光誠の気をどうにかネガティブ思考から逸らして持ち直させるために、愛華は桜から想起した疑問を光誠に投げかけた。
「春ってどんな感じなんだろうね?」
「冬と夏の中間だろ? きっと、今日みたいな過ごしやすい日が月単位で続くんだろうさ」
「いいなー。どうにか戻せないのかな」
「順調そのものな環境の再生とはワケが違うらしいからなー。けどその辺は、パウロニアグループが精力的に取り組んでるとかなんとか────む?」
今、何か引っかかった気がする、と光誠は思った。が、すぐにその感覚は消えてなくなったため、気にするのをやめた。
「まぁそれはともかくとして───はぁ。昨日から視線が爆増した気がするのは気のせいじゃなかったんだな」
「……露骨に教室覗き込んでる人とか結構いたしね」
どうにも話題を逸らせそうもないと感じた愛華は、仕方がないので徹底的に愚痴を聞いて、発散させる方針へ考えをシフトさせる。悲しいことに、いつも紀仁から延々と愚痴を聞かされているので慣れてしまっているのだ。しかし、光誠は違った。
「あーーもうやめやめ! うだうだ言ったって変わらん! ジロジロ見てくるヤツいたらガン飛ばしてやらぁ。精々この顔に恐れおののくがいいさ…!」
ケケケとあくどく笑いながら、元々悪い人相をより一層悪人面へと変化させつつ光誠は言う。
愛華は吹っ切れたように話す光誠に不意を付かれたが、そのポジティブ思考がとても好ましく感じて思わず口元をほころばせた。
「あ、でもしばらく俺とは距離とった方が良いんじゃない? 一緒にいると目立つぜ多分」
「……いーよ別に。誰と一緒にいるか決めるのは私だもん」
「良からぬ噂流されたりするかもよ?」
「私これでも人望あるから。ちゃんと弁明すれば大丈夫だよ」
「けどさぁ────」
「本音は?」
「一緒にいてくれるととても嬉しいし心強いデス何故なら孤立が加速しそうだから」
「よろしい」
内心を尋ねられて食い気味に本音をぶちまける光誠に、愛華は満足そうな表情で鷹揚に頷いた。
「ていうかいい加減他にも友達作りなよ」
「そうだよなー。このままだと際限なくハードル上がっていきそう」
「もう大分上がってない? 私のオススメの人はね……」
「……え、しょっぱなから女子? ちょっときついような……」
二人で光誠でも仲良くなれそうなクラスメイトの話をしていると────
「……愛華!」
「────!」
「ん?」
昨日も聞いた声。というか、またか。
光誠はエンカウント率高いなーと思いつつ振り向く。案の定、そこに立っていたのは紀仁だった。
後ろには数人の女子がいる。
「……あぁ紀仁くん。どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! なんでまたコイツと一緒にいるのさ!? 話すなって言ったろ!」
「分かった、なんて言ってないよね?」
「なっ……!」
(えー……なんか酷いこと言われてる……)
当事者であるはずなのになぜか蚊帳の外になっている光誠は、思わず紀仁を白い目で見る。なんというか、人格にかなり問題があるように見える。
しかし、光誠は愛華の立場も知っている。紀仁と事を荒立てることは、彼女のためにはならない。
(ここは俺がとっとと立ち去るのが吉か)
そう考え、愛華の方を向いて軽く目配せする。すると彼女は目を見開いた。
「えっと、仲宗根だっけ? 心配すんな、俺はもう行く」
「───いいや、ちょっと待て」
背を向けて退散しようとした光誠を、紀仁が引き留めた。そしてズカズカと歩み寄ると、光誠を睨みつけて好戦的に言った。
「キミが何考えてるのかなんて知らないが、愛華に近づくな。それから宮鷹さんに美海ちゃん、佐薙先輩にもだ。キミみたいな不良と一緒にいたら迷惑なんだって分からないのか?」
「───────」
「ともかくそういうわけだから、くれぐれも気を付けろよ」
「断る」
「───なんだって?」
「聞こえなかったか? 断るっつったんだ」
事を荒立てず立ち去るつもりだったが、気が変わった。眼前で自分に敵意を向けているこのガキンチョに、一言言ってやらねば気がすまなくなったからだ。
「話聞いてたか? 迷惑だって───」
「誰が言ったんだ? それ」
「はっ?」
「清滝さんが、紬が、春夏冬が、佐薙先輩が、そう言ったのか?」
「いっ……たさ! 彼女たちがそう言った!」
「バレバレの嘘つくんじゃねぇよ。どこまでガキなんだオマエ」
「嘘じゃない! 彼女たちが───」
「オッケー。んじゃ電話してみるわ。まずは紬から───」
「まっ、待て!」
「ん? なんで」
「キミからの電話なんて、皆嫌に決まってるからさ! そういうところが迷惑なんだ!」
「えぇ……」
(……ここまでおつむが弱いやつだったとはなぁ)
あまりに破綻した言い分に、光誠はもはや言い返す気力もわかず、呆れを抱いた。
大きなため息を一つ吐き、小さい子に言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「───いいかガキンチョ。俺は本人の言葉しか基本信じない。もし彼女たちに直接『迷惑だ』って言われたら、付き合い方だって考え直すさ」
「なら────」
「けど、お前は違うだろ」
感情を表には出さず、淡々と自分の意見のみを告げる。
「俺の交友関係を、お前に口出しされる謂れはないってこった。なんと言われようと、清滝さんも他の皆も、俺にとっては友達だ。というわけで付き合いは継続するので。悪しからず」
「───っ! 後悔するなよ……!」
「三流悪役みたいなセリフだな」
「うるさい! 愛華、行くよ!」
やっちまったなー、なんて他人事みたいに考える光誠をよそに、紀仁が愛華の手を掴んで連れていこうとする。が、愛華はその手をするりとほどいて、光誠の隣に立った。
「ごめんね、私彼と先約あるから。紀仁くんも、せっかく女の子と一緒にいるんだから、扱い疎かにしちゃダメだよ」
そして満面の笑みで光誠を見上げ、「いこっ」と言って手を引き、その場から離れる。
チラリと後ろを見やれば、紀仁は絶句し、言葉も出ない様子だった。
「はーーーやっちゃったーーー」
「いや、マジで大丈夫なの、アレ?」
「まぁ、なるようになるでしょ」
先程いた場所からかなり離れているベンチに座り、どこか清々しい表情の愛華と、心配しているような表情の光誠が話していた。
「いやーそれよりも……かっこよかったねぇ、さっきの啖呵」
愛華がにやにやしつつ光誠に言う。からかう意図を込めていたのだろう。しかし、光誠には通用しなかった。
「いやでもそうだろ。本音だぞアレは」
照れることなくそう言い放つ。それを聞いた愛華は、むずがゆそうな表情で頬を赤らめた。
「それよりもやっぱ清滝さんの方でしょ。本当に大丈夫?」
「……愛華」
「まなか?」
「そう。愛華って呼んで。私も光誠くんって呼ぶから」
そう言って、花が咲くように彼女は笑った。
「だって友達だもの。ね、良いでしょ?」
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