したたかな少女


「よし、この辺ならもう大丈夫かな」



 学食スペースのテラス席まで少女の手を引いてやってきた光誠は、その手を離して振り向き、声をかけた。



「申し訳ない。見てられなかったもんで」


「……いえ、正直助かりました。ありがとうございます」



 少女は怯える様子を一切見せず、光誠の目をしっかりと見つめてそう言った。


 肩に届くくらいの、ラベンダーのような淡い紫色のセミロング。

 ぱっちりとした大きな丸い目に、形の良い口元。


 可愛い、という言葉がよく似合う少女だった。



「じゃ、俺はこれで」



 役目は終えた、とばかりにその場を去ろうとする光誠を、少女は彼の袖を引くことで押し留めた。



「待ってください。何かお礼をさせてください」


「いや、いいよ別に」


「いいえ、させてください」



(なんでこんな食い下がる? …いや、そういう事か)



 顔が怖いから、という理由に思い当たる。後からこれをきっかけに恫喝されるとか考えているのだろう。

 怯える様子を一切見せないのは素直に賞賛出来るが、内心ではバリバリ怯えられているに違いない。そう決めつけた光誠は、辟易しつつ方針を変えることを決めた。



「……分かったよ。じゃあコーヒー奢ってくれ」



 面倒くさそうな雰囲気を解き、一転穏やかに少女にそう告げた。

 少女はそれを聞いて僅かに目を見開いたが、「ちょっと待っててください」と言い残し、足早にテラスから出ていった。


 テラスの一角にあるテーブル席に腰を落ち着け、辺りを見回す。


 昼休みということもあってそれなりに混みあっている。

 席が空いててラッキーだったといえるだろう。



(……やっぱ知ってる顔はそれなりにいるなぁ)



 ぼんやりとそんなことを考えていると、「お待たせしました」と声が聞こえた。

 目を向けると、向かいの席に戻ってきた少女が座り、フタ付きの紙コップを光誠の前に置いた。



「……サンキュー」



 お礼を言って、フタの穴が開いた部分に口を付ける。


 少女は何も言わず、静かに光誠を見つめていた。

 探るような視線を向けられていることに気付いていた光誠は、居たたまれなくなって口を開いた。



「あー、災難だったな。さっきは」


「いえ。慣れてますので、別に」


「じゃあ助けない方が良かった?」


「……あれだけの人数に囲まれるのは初めてでした。なので、ホントに感謝してます」



 少女は、依然まっすぐ光誠を見つめて、感謝の言葉を口にした。



(意外とガチで感謝してるっぽい?)



 光誠は認識を改めた。ああいった、敵意を向けられる状況に『慣れている』のならば、そんな感情は微塵も見せていない自分を怖がらないのにも納得できる。

 そして、自分を怖がらない相手は稀だ。仲良くなっておくに越したことはないだろう。



「俺は外空光誠ってんだ。君は?」


「私は────」



 そうして少女が名乗ろうとした時だった。



美海みうちゃん? やっと見つけた! 大丈夫───」



 横合いから誰かが話しかけてきた、と思ったら突然その声が途切れる。

 何事かとそちらを振り向いてみれば、知っている顔があった。



「……なっ、なんでオマエが美海ちゃんと一緒にいるんだ!?」



 入学式後、面倒くさい絡み方をしてきた少年。

 仲宗根紀仁だった。



(……美海ちゃん? ってことは、この子が春夏冬あきなし美海みうか)



 聞き覚えがある名だ。人柄や性格を詳しく知っているわけではないが、紬から紀仁の話を聞く際に、何度か聞いた名前だった。どんな子かって言ってたっけ、と物思いに浸りかけていると───



「あれっ、先輩? この人と知り合いなんですか?」



 隣から聞こえた声に、光誠は思わずぎょっとしてそちらを向く。

 明らかにさっきと違う媚びるような声色に、男子なら誰であれ照れてしまうような上目遣い。


 一瞬前とは様子が様変わりした少女がそこにいた。



「コイツはダメだよ、美海ちゃん! なんで仲良くしてるの? ほらっ、見るからに不良じゃん! 僕たちと一緒に行こう!」


(……僕たち?)



 紀仁の後ろを見て、光誠はさらにぎょっとする。

 先程陰湿なイジメ行為をしていた少女たちがいたのだ。何やらニヤニヤしつつこちらを見ている。


 状況が呑み込めず、思わず首をかしげる光誠をよそに、何やら騒ぎ立てている紀仁。

 そんな紀仁に、美海はゆっくりと言葉を投げかけた。



「───先輩。この人は悪い人じゃないですよ。私がそちらの先輩方に『仲良く』していただいてた時に声をかけてもらっただけです」


「いやいや明らかに怖がってたじゃん?」


「そーそー、だからSOS出したんでしょ~?」



 勝ち誇ったような笑みを崩さず、表面上心配しているような声をかける少女たち。

 すると美海は立ち上がり、彼らの前へと進み出て端末の画面を向ける。


 瞬間、相手の少女たちの顔がこわばった。



「───ねぇ? 当事者ですよね先輩方? そういうからかいはあんまり良くないと思いますよ? 私は」


「……そっ、そーだねー。ごめーんふざけ過ぎたー」


「うんうんっ、ちょーっとしたイタズラだったんだよねー」



 一転、少女たちは必死に笑顔を保ちつつ、態度を変えた。



「えっ? じゃあ───」


「先輩に位置情報送っちゃったのは私が間違えただけなんですよー。紛らわしくって申し訳ないです」


「そ、そうなんだ。でもやっぱり、僕たちと一緒に───」


「ありがとうございます。でも今はそちらの方々と一緒みたいですし、私はエンリョしときますね」


「う、うん、分かった……」


「ほ、ほら! 行こうよ紀仁くん!」


「あ、ちょっと待ってよ!」



 二の句を告げさせないやんわりとしたお断り。態度を変えない美海の牙城を崩せず、紀仁は逃げるようにその場を離れるイジメ少女たちを追いかけて、その場を去った。



「───はぁ」



 彼らがいなくなるのを見届けて、美海はため息をつく。が、すぐにハッとした表情になり、慌てて光誠の方を見た。



「……あぁナルホド。そういや玉の輿狙いって言ってたっけ?」



 光誠は何やら納得した様子で頷いていた。そして自分を見つめる美海に気付くと──



「演技の才能があるな! 演劇部とか入ってみたら?」



 ───と、何とも的外れなコメントを繰り出した。



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