助ける理由:Like a Student
(……えぇ~? 何アレ、怖)
高等部第一校舎の端。人がほとんど来ることのない予備教室の前で、中等部の制服を着た一人の少女が、数人の女子に囲まれていた。
光誠はその様子を、陰からドン引きの表情で眺めていた。
特に用があったわけではない。教室にいると、盗み見られているような視線を感じるため、居たたまれない気分になるのである。それから逃れるため、単に校内をあてもなくぶらついていただけなのだ。
入学式から既に4日。光誠は未だ、学園生活に馴染めずにいた。
なお、光誠が受けていた視線には様々な種類が含まれている。
クラスメイトとして距離を測りかねている視線。
愛華や紬といった、知名度と人気を兼ね備えた少女たちと親しくしている事への羨望、あるいは嫉妬の視線。
そして───これはまだ光誠が知らないことだが───つい先日、学内に張り出されたとある校内新聞の内容によって生まれた興味の視線。
最後の視線については、高等部の生徒たち皆が知ることのできることなので、張り出されてからは別のクラス、どころか他の学年の生徒たちも見に来ている始末だ。なお、光誠が気付いていないのは、教えてくれるような友人が少ないからである。
光誠は後にその学内新聞の存在に気付き、卒倒しそうなほどのショックを受けることとなる。
(……あの詰められている女子、こないだ1-B教室の前でなんかブツブツ言ってた子じゃないか)
入学式の日、光誠が紬を待とうと1-Bへと足を運んだ際に遭遇した少女である。誰かを出待ちしている様子で独り言をこぼし続けていたので、光誠は普通に恐怖を感じて待ち合わせ場所を変えた。
「あんた、中等部のくせにマジ生意気。なに紀仁くんに色目使ってんの? ウザいんだけど」
「ホントそれ。玉の輿とか狙うのみっともないし、ガチで止めたが良いよ」
話を聞くに、どうやら1-B所属の仲宗根紀仁に端を発するやり取りのようだ。
(……こういうのには関わらないに限る)
若干後ろ髪を引かれるがそう考え、その場から離れようと踵を返した光誠だったが、次に聞こえた少女の言葉に足を止めた。
「だったらなんです? そもそも私は、先輩が財閥の偉い人の息子だと知る前から交流がありました。なんとなく気付いてましたからね。今もただそれを続けているだけです。
ってかそれ言うなら、先輩が権力者の息子だと知って絡むようになった先輩方の方がみっともないですよ? これまで目もくれてなかったのに、相手の立場が明らかになった途端手のひら返すなんて……。ホンットダサいと思います(笑)」
一気に言い切る。
嘲笑を多分に含んだ、鼻で笑うような声色。
その声を聴いて、光誠は思案する。
(すげぇな、肝が据わってら。ていうかあの子、玉の輿狙いだったのか。
……損得勘定で物事を捉えられるタイプなら、助ければ仲宗根関連で何か使えるかも……)
と、そこまで考えて、光誠はため息をついてその考えを振り払う。
(そうじゃないだろ)
だから自分はダメなのだ。変に体裁と言い訳ばかりを考える。ずっと『社会』という世界で生きてきたせいだろう。
思い浮かぶのは一年と少し前、涙を浮かべて自分を怒鳴りつける紬の姿。
『何なんですか本当に!? ほんのちょっとしかない青春を棒に振って、こんな殺伐とした環境に身を投じ続けるなんて……! お願いだから、もっと自分のことを考えてよ!』
自暴自棄になったことは一度もない。しかし、数多の謀略と思惑が渦巻く世界で、自身を駒の一つとして捉えるようになっていたこともまた事実ではあった。
光誠にとって、彼女の言葉には考えさせられるものがあった。そして、周囲もおおむね彼女の意見に賛成だったことも相まって、この学園へ入学した。
その時に決めたのだ。
全力で、年相応に学生らしくあろう、と。
(もっと……そう、シンプルに物事を考えろ。学生なんて、したいことを思いのままやってなんぼだろ)
光誠はそう思考を切り替え、改めて現状を鑑み、したいことを算出しなおした。
(陰湿なのは嫌いだ。理由なんて、そんだけで良い)
そうして仏頂面を作り、咳払いをして声を整え、陰から姿を現して、言う。
「お。こんな所にいたんかよ? 探したぜマジで」
「はぁ? なにアン、タ……」
「ちょっと邪魔すんな、し……」
光誠に一番近い女子二人が振り向き、文句を言いかけて止まる。
まあ、そうなるだろう。
見上げるほどの体躯が目の前にあり、おまけに上からは、人相の悪そうな顔が、威圧感のある視線を向けてきているのだから。
他の女子たちも呆気に取られており、光誠に視線を向けられると、怯えたような表情になる。
そんな状況に若干傷付きつつ、他の女子同様に呆気にとられる、詰められていた少女に話しかけた。
「この子ら知り合いか? まぁいいや。すんませんねーコイツ借りますよー」
棒読みでそう告げて、少女の手を取り素早くその場を離れる。
一瞬の出来事に、残された少女たちはただただ茫然としていた。
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