Noticed / 桐井英也の場合


「ふぅ。ただいまーっと」



 誰もいないマンションの一室に荷物を抱えて入り、桐井英也は息をついた。

 その荷物(スーパーで調達した食材たち)を手早くしまい、冷蔵庫から取り出したお茶をコップに次いで、リビングに向かう。


 英也は、リビングの壁に取り付けられたスクリーンの端に、手紙のマークが点滅していることに気付き、確認する。



「未読メール全開封、読み上げ確認。あ、あとバックでメンデルスゾーンの『春の歌』流して」


『声紋確認───認証完了。おかえりなさいませ、英也様』


「ん。ただいま」



 流れ始めた音楽を背景に、電子音声のメール読み上げを聞く。



『未読メール全二件。順次開封します。


 登録名:【店長】より。

 件名:【予定入っちゃった】

 本文:やぁ。新学期だね、調子はどう? 今週会う予定についてなんだけど、ちょっとこっち予定入っちゃって。申し訳ないんだけど、そちらに伺えません。また改めて連絡します。ごめんね。


 登録名:【母さん】より。

 件名:【やっほー。元気?】

 本文:久しぶり。今年で高校は最後だよね? 母さんは『探し人』をようやく見つけました。ついてくるのを渋ってるので、無理やり日本に連れてくるつもりです。多分近いうちに合えるんじゃないかな。お土産楽しみにしててねー。


 以上、開封終了。既読メールを確認しますか?』


「……いや大丈夫、ありがとう。それから曲、終わったらクラシックプレイリストからのランダム再生に切り替え」


『かしこまりました』



 ソファーに身を沈めてお茶を口に含み、今日の部活動勧誘を思い返す。



「……目的は何だろう」



 思い浮かべるのは、デカくて人相の悪い新入生。


 昨日、廊下で彼とすれ違った際の確認で、既に8割方だとは思っていた。しかし、今日改めて彼と接し、それは確信へと変わった。



「ろくに会話もしてないし、俺を覚えていない……というか知らないか? ってのは当然として────何のために、をしたのか」



 英也が彼と直接接する機会があったのは、十数年前の過去一度のみ。


 桐井英也という少年には、他の人々とは明らかに違う点が一つあった。

 それは、人を記憶する能力が異常に突出しているということ。常軌を逸していると言い換えても良い程の、傑出した才能ギフテッド



 自分が何者なのか。


 それを決して明らかにするわけにはいかない光誠にとって、知られてはいけない頃の自分と彼が出会っていたという事実は、筆舌に尽くしがたい弱みとなる。

 長年かけて光誠が進めてきたにとって、致命的な打撃たり得る程にマズイことであった。



 しかし、運が良いと言えばよいのか。

 気になりこそすれ、現状邪魔をしてやろうという気は、英也には一切なかった。



「理由は大体想像つくけど……うーん、知らん方が良かった気がする」




 外空光誠とは何者なのか。


 気付いた人間であれば、ほぼ確実に彼の目的にも見当はつくだろう。



 当時、かなり近い距離で、彼の顛末について知らざるを得なかった英也にとって、思うところはそれなりにある。正直、首を突っ込むのもやぶさかではない。しかし───



「入念に事を進めているだろうし、介入は危険か」



 そこまで短絡的でもないのが、桐井英也という男である。



「とりま出来るのは、彼の先輩として、学園生活の方から状況を見定めることくらいだな」



 そう自分の中で結論付け、手に持ったお茶を一気に飲み干す。

 けれど、それはそれとして、だ。



「……一応俺の方でも情報洗っとくか。


 ───現アクセス権限で閲覧可能部分全開示。『天ヶ室財閥:天ヶ室栄治』について」



 部屋の電気が消え、スクリーンから数多の記事・データが、ホログラムとなって英也の周囲に次々と投射された。


 それを指先で弄びながら、英也は薄く笑う。



「さァて、なかなかに楽しい一年になりそうじゃないか。なぁ?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る