部活動見学(3):忘却/追憶


「────うぉっ」



 急な進行の妨害に思わず声を上げ、振り向いて自分の手を握る少女に気付く。


 息を荒げてこちらを見上げるその少女は、美しい黒髪をポニーテールにまとめた、端正で凛々しい顔をした大和撫子といったビジュアルだった。

 額には汗を浮かべており、先程まで運動をしていたことがよく分かる。



「……佐薙花凛さなぎかりん先輩、でしたっけ?」



 光誠の言った通り、少女の名前は佐薙花凛さなぎかりん

 天ヶ室学園では知らぬ者がいないほどの有名人である。


 高等部に上がるまでは剣道部に所属しており、特に中等部の頃には、全国大会三連覇を果たしている。

 高等部では一転してバスケ部に鞍替えしたが、そちらでも全国大会のスターティングメンバーに選ばれるほどで、身体能力が非常に秀でている。


 そんなステータスを持っているため、天ヶ室学園の運動部の広報によく起用されており、外部入学者であっても、顔と名前を知っていることがほとんどだ。



(父は政治家、母は弁護士。両親と仲が良いという話もそれなりに有名だったな)



 両親。

 

 フラッシュバックした暖かな記憶によって、一瞬感傷に浸りかけるも、それを即座に振り払う。


 ……ともかく、そんな相手が何の用だろうか。



(……正直ここまで目立つ相手とは関わりたくない。俺の『圧』の有効利用チャンスだな)



 光誠は目元をもむように触り、薄目に面倒くさそうな表情を組み合わせた、大抵の相手なら撃退できる『不機嫌顔』を意図的に作った。ただでさえ慢性的な寝不足によって怖がられる目つきなので、その破壊力は他の追随を許さない。



「……何の用スか」



 声もあえて疲れをにじませるように、会話を切り上げたい意図を込めて話す。



 ───が、何故だか花凛は僅かに目を見開いた後、小さく「やっぱり」と呟いた。

 そして、一切怯むことなく続けた。



「今年の、2月16日。覚えてますか」


「……はい?」



 何の脈絡もない唐突な質問に、思わず不機嫌顔を解除してしまう。



 2月16日。


 前日の15日ならば、非常に印象深い一日だったのでよく覚えている。とんでもなく密度の濃い一日だったうえ、翌日の明朝までやることがあった。


 彼女が言っている16日は、その後の話になるはずなのだが…。



「早朝に、コンビニで酔っ払いに絡まれていた私を助けてくれましたよね」


「……あ」



 そうだ。そういえばそんなことがあった。


 帰途に就く途中、何か腹に入れようと思ってコンビニに寄ったのだ。

 そしてそこで少女に絡む変な奴らを見つけ、限界だった故かそれが無性にイラついて何か言った……ような気がする。


 何分なにぶん疲れ果てていたうえに、強烈な睡魔にも蝕まれていたため、記憶が曖昧なのである。


 彼女の言っていることが正しければ、あの時絡まれていたのは花凛だということだ。



(…ってちょっと待て。つまりこの人、俺の姿を見てるってことか!?)



 いや、問題はそこじゃない。

 気にするべきは、あの時の自分と今の自分が、同一人物であることに気付いているということだ。


 光誠が内心でやべぇと考えて硬直していると、その無言を肯定と捉えたのか、花凛は息を吐き、勢いよく頭を下げて、言った。



「ありがとうございました!!」


「……!?」



 急な大声に思わず怯む。しかし花凛はそれには気付かず、感極まったように話を続ける。



「あの日は来日してたUSチームとの交流試合があったんです。絡んできていた連中もとても質の悪い奴らで……。助けていただけなければ、何をされていたかもわかりません」


「いやあの、分かったんでもちっと声量をですね…」


「おかげであの日はとても充実しました。助けてくれた人にお礼を言いたくてずっと探してたんですけど全然見つからなくて…。でも今ようやく───!?」



 早口が唐突に途切れる。

 光誠が、彼女の口を手のひらで塞いだからである。


 そして、目を白黒させる花凛に顔を近づけて、低い声で言った。



「───静かにしてくれます?」



 間近に光誠の顔が近付くと、何故だか花凛は赤面して目をそらす。


 そこで彼女はようやく気付いた。

 周りの皆がこちらに注目しており、バスケ部側のコートが静かになっていることに。


 光誠はふぅと息を吐き、自身のブレスレットを彼女が付けているブレスレットにかざした。



「連絡先入れたんで。今は先輩も忙しいでしょ? 今日はこの辺で」



 そう言って、やんわりと掴まれていた手をほどき、軽くお辞儀をしてコートから出た。

 なんか対応を間違えた気がする、と思いながら。



 そして花凛は、足早に出ていく光誠の後ろ姿を、うっすらと頬を染めてぼんやりと見つめていた。



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