部活動見学



「……昨日寝たのは何時ですか?」


「草木も眠る…丑三つ時さ……」


「は?」


「すいません許してください」



 入学式翌日、午前七時。

 目をこすりながらのそのそ起きてきた光誠に、彼の朝のほとんどを支配する紬サマから、厳しいお咎めが下った。



「寝てくださいとあれほど言ってるじゃないですか」


「いやほら、昨日の打ち合わせの後、出来るタスクから早々に終わらせとこーと思ってしまいまして……」


「結果深夜まで?」


「……はい」


「まったく」



 白米、味噌汁、玉子焼き、おひたしを机に並べつつ、紬はため息をつく。



「…これからの生活の中心は?」


「学園生活です! サー!」


「女の子なんですけど」



 紬は目の前で姿勢よく返事する光誠を見つめる。


 『学園生活をエンジョイする』。これは学園に通うにあたり、紬が光誠に、泣き落としに近い形でどうにか取り付けさせた約束だ。



 だが、彼女は知っている。彼にとっての最優先事項を。


 それに関わる何かが起これば、彼は鋼の意思を以て、一切の揺るぎなくそちらに当たるということを。



(…そして質の悪いことに、私の心配がどれほどのものなのかということも、この人はちゃんと分かっている)



 黙り込んだ紬をチラチラと見つつ、そーっと席に着く光誠を見て、紬は再びため息をついて念押しする。



「…とにかく。無理はしないでくださいね」


「アイアイマム! いただきます!」


「呼び方修正してきてるのムカつきますね」


「どうしろと!?」















 学園手前の通学路にて、紬と歩く光誠は、なんだか妙に視線を感じることに気付いた。



「すげぇ見られてる気がすんだけど、なんでやろ」


「私のせいかな。これでも中等部のころはファンクラブとかあったし」


「………(ススス)」


「ちょっと。なんで距離とるの?」


「ワタシノヨウナ、ヒセンナモノガオソバニイテハ、キット、オメヨゴシ」


「なぜカタコト」



 光誠が、周囲の人々に自身の顔を怖がられていることを意識しているのは、紬も当然知るところである。

 どうせ自分の傍にいては、紬の評判が下がるとか考えているのだろう。



「変なところで気を遣わなくて良いの」


「でもさぁ…」


「いっそ見せつけよう」



 紬は光誠の腕に自分の腕を絡ませ、上目遣いでイタズラっぽく笑う。



「おいこら火に油を注ぐな」


「いーじゃんいーじゃん」



 上機嫌な紬の様子に、何を言っても無駄だと感じた光誠はため息をつき、空を仰いだ。



「やっかみとかされたらヤだなぁ」


「一睨みで黙らせちゃえば?」


「不良のレッテル貼られちゃう~」







「────あの人、もしかして」



 そんな二人の様子を、目を細めて見つめる少女の姿があった。


















 入学式の翌日。

 この日の新入生は、午前中は校内を見て回り、様々な施設や備品の用途を学ぶ。

 そして午後にあるのが、部活動見学である。


 たくさんの部活が、それぞれに割り当てられた教室や場所で新入生の勧誘、呼び込みを行い、あっという間に校内は熱気に包まれた。



「この辺は基本文化部のはずなんだけど…」



 穏やかで和気あいあいとした雰囲気を予想していたのだが───



「おいおいおいおい君本好きそうな顔してんなぁ! 寄ってかない!?」


「茶道は戦争だぞ! お茶ての極意を叩き込んでやんよ!!」


「肺活量! 肺活量なんだよ合唱は! オラァ腹式呼吸ぅぅ!!」





「殺伐とし過ぎじゃない…?」


「今は何でもスコアに、ひいてはステータスに繋げられるからねー」



 光誠の驚愕に、肩をすくめながらそう返す愛華。


 頻繁に活動があるわけではない部活を探してここに来たのだが、こんな光景を見せられると妙な忌避感が生まれてくる。



「そういや今更だけど、その、彼と一緒でなくても良かったの?」


「うん。今は新しいクラスで仲良くなった女の子たちと回ってるみたいだから」


「なら良いんだけど」


「外空くんこそ、紬ちゃんと一緒じゃなくても良いの?」


「あー、まぁ」



 『一緒に見て回りたいのはやまやまだけど、私がいると他の人と仲良くなれないかもしれないし』。そんな風に告げられて、紬とは見て回ってはいない。


 結局愛華以外のクラスメイトとは、まだ仲良くなる取っ掛かりすら掴めてはいないのだが。



「はぁ。運動部の方も見に行ってみるかぁ」


「ここからだと第一体育館が近いね。使ってる部活は───バスケ部とバレー部っぽい」


「バチバチの体育会系じゃん」


「まぁまぁ。行くだけ行ってみようよ」



 そうして向かった先で、新たな受難に出会うことを、光誠はまだ知らない。



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