第2話 変態になったみゆちゃん

 その晩は寝苦しい夜だった。

 体中をナメクジが這い回るような感触がして、俺は魘されていた。

 うっすら目を開けると、アホの未夢が俺にのし掛かっている。事もあろうことか、現在、俺の足に股間を擦り付けて絶賛自家発電中だ。


「うぁ……リューヤ、リューヤぁ!」


 けしからん! 小一時間も問い詰めてやりたい。だが、俺はそうしない。普通にキモイ。でも止めない。俺は意地悪だから。むしろ手伝ってやる。


(うりうり!)


 足を軽く揺すってやると、未夢は若鮎のようにおとがいを反らして反応した。


「あっ、はぁ……!?」


 もうすぐだ。未夢は最後の瞬間、決まって俺の名前を安売りみたいに連呼する。


「リューヤ、リューヤ、リューヤ、リューヤぁ……!」


 まったく堪え性のない奴だ。そんな奴には、罰を与えてやる。


(今だ!)


 狙いすまして動きを止めてやると、未夢は焦れったそうに腰をくねらせた。


「あぁ! あああ……んんん~!」


 未夢は不完全燃焼の切なそうな呻きを上げている。


 しかし、バレてないとでも思ってるんだろうか? 俺の寝間着は未夢の吐き出した粘液でズルズルになっていた。


(もう一度だ。こんなメスガキは懲らしめてやる!)


 そんなことを繰り返しているうちに朝になった。


 日の光と共に起き出した俺は、疲れてはいたが爽快な気分だった。


 一方の未夢は、どんよりとした眼差しに疲労の色を浮かべ、うつらうつらと船を漕いでいる。


(勝った……!)


「起きんか! このメス犬!」


 寝惚け眼の未夢に頭突きを食らわせる。


「きゃいぃん!」


 いい悲鳴だ。

 未夢が俺の身体で致してしまうのはこれが初めてじゃはない。この馬鹿は満足してしまうと、後始末もせずに寝てしまうので部屋中がアレの匂いで一杯になってしまう。もちろん、俺の寝間着はガビガビだ。

 初めこそチェリーの俺は動揺したものの、今ではこの通り、何も感じなくなってしまった。


(なんか違う。自慢するとこじゃないな……)


 慣れって怖い。男として枯れてしまったような気がした。


 未夢にエサを与えてそそくさと登校する。俺を見送った未夢は、欲求不満からか虚ろな目つきをしていた。


(今度はオナニーを禁止だな……)



 学校で有意義な授業を受け満腹になった俺は、ついうとうとと眠ってしまった。



 ……遠くに雨の音が聞こえる……



 はっとして目を覚ますと、窓の外は雨降りだった。


(しまった!)


 窓から身を乗り出して校門を見ると、未夢のヤツが、また俺の服を着て一人、ぽつんと立っている。


 濡れた子犬のように、惨めで哀れを誘う光景だった。


 ……俺は、あんまりいいヤツじゃない。素直じゃないし、思ってもないような事を言う時もある。でも大切なものもある。守りたいものがある。

 俺は教室を飛び出した。


「あ、リューヤ先輩……!」


 途中、後輩のキサラギに声を掛けられたけど、聞こえなかった振りをして走り過ぎた。


 降りしきる雨の中、校門に辿り着くと、未夢はフェンスに凭れ掛かり、教室の窓から見た時と同じ姿で俺を待ち立ち尽くしていた。


「馬鹿っ、おまえ、なんで来たんだ! こんな雨の中、傘も差さないヤツがいるか!」


 未夢は熱があるのだろうか、目元を赤くしてどこかしら浮かされたように言った。


「だって、未夢、リューヤだけしかする事ないもん……」


「……」


 瞬間、背筋にゾワッと来た。

 重い。重すぎる。コイツのアホっぷりを知ってる俺じゃなかったら、迷わず逃げ出すところだ。


「帰ろう」


 引き寄せると、未夢の身体は発熱していて、吐き出す息はどこかだるそうだった。


「うん、そうしたい……リューヤと、お家に帰りたい……」


 身を寄せてくる未夢に学ランを巻き付け、風雨から庇うように抱き寄せて帰宅の途に着く。

 こんな時にもかかわらず、この馬鹿は熱っぽい息を俺の耳に吹きかけたり、股間に手をやってモジモジしたりと忙しかった。おかげで電車の中では目立ってしょうがなかった。


◇◇


 帰宅してすぐ、慌てて救急箱を 探すけど見当たらない。俺は健康優良児の自分を恨んだ。


「未夢っ、救急箱知らないか?」


 ……俺は、あんまりいいヤツじゃない。こんな俺でも、慕ってくれる未夢の事を……


「風邪薬……?」


「ああ、それと濡れた服を着替えないとな……」


 未夢は小さく頷き、ふらふらと覚束ない足取りでリビングの奥に消えて行った。


 そして――


 帰って来た時、ヤツは風邪薬を片手に微笑み、何故か全裸だった。


「…………」


 長い沈黙があった。

 流石の俺も意表を突かれ、この時ばかりは言葉を忘れた。


「……………………」


 何なのだ、こいつは。一体、何処の星からやって来たのだ。早く自分の星に帰るがいい。


 この変態がっ。


 軽い目眩を感じたが、気を取り直して、全裸の未夢から風邪薬を受け取る。気にしたら負けだ。


「……」


 俺の見込みは甘かった。どうしようもなく甘かった。驚きはまだあった。未夢がその手に持って来たのは……

 ……座薬だった。

 こいつは此処までするのか。できるのか。もう俺の理解を超えている。


「変態」


「違うもぉん……リューヤが好きなだけで……」


 好き? 宇宙人の告白には何も感じない。頭が痛くなるだけだ。

 俺は右手で顔を拭った。


「……なあ、未夢。物事にはTPOというのがあってだな……」


「むつかしい話しは、わからないよ……」


 ああ、そうだろうな。

 未夢……お前が、ナンバー1だよ。


◇◇


 そして夜、またしてもリビングの床に未夢を正座させている。


 バカは風邪を引かないという逸話があるが、どうやらそれは実話であるらしい。未夢はピンピンしていた。


「さぁ、誓え。未夢」


「リュ、リューヤのお家ではオナニーしませんっ!」


 ここに至るまでの間にウメボシを山ほどかましてやったから、アホの未夢でも流石に少し堪えたようだ。


「もう一丁」


「リュ、リューヤのお家では、へ、変態禁止っ! うわーん!」


 この日、俺は安心しながらも救急箱の中身に失望した。


 アホと変態に付ける薬があるのなら、幾ら出しても構わないと思った。


 何処にも売ってないのが、本当に残念だった。

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