いじわるリューヤとぽんこつみゆちゃん ~やんでれじごくへん~

ピジョン

第1話 ぽんこつみゆちゃん

 窓の外で、スズメがマシンガンみたいに鳴いていた。瞼の裏に陽の光りを感じるようになった頃、いつもの声が耳を擽った。


「おはよーございます」


 ふわふわの髪の毛が頬を撫で、見上げると、緩んだ笑みを浮かべる天然ロリータフェイスが俺の顔を覗き込んでいた。


「リューヤ、リューヤ♪」


 俺を起こしたのは、幼馴染の未夢(みゆ)だ。


「朝っぱらからうるせえよ」


 未夢……俺の幼馴染、岡田未夢は学校には通っていない。昔から勉強はさっぱりだったこいつは、高校受験に失敗してニートのジョブを獲得した。


 本人曰わく、「リューヤと居る時間が増えて嬉しい」だそうだが、こいつは事の重大さをまるで理解していない。


「朝メシ食ったか?」


「まだ!」


 俺の一日は、このニートにエサを与える事から始まる。


 無意識のうちに、未夢の左手首に装着されているリストバンドを視線で追っている自分に気付き、軽く首を振った。


「ご飯、ご飯! 早くう!!」


「……へいへい」


 放置してしまいたいがそういう訳にも行かない。寝癖の付いた頭を掻きながら台所に向かう。ちなみに、未夢にエサ……食事を与えるのは俺の仕事だ。未夢の両親に頼まれた。俺の親父とお袋も承知している。


「よし、食え」


「はーい!」


 このアホは俺が指示しないと絶対に食事を摂らない。作り置きのサンドイッチとコーヒーを突き出して、かったるい一日が始まる。


「学校行ってくるけど、大人しくしてろよな」


「はーい!」


 未夢は無駄に元気がいい。だがこいつの聞き分けの良さに騙されてはいけない。何を言っても、頷くこいつに「彼女を作る」と言ってみたその日の晩、手首を切った。

 その時の返事も「はーい!」だった。傷は一年経った今でも残っていて、未夢が左の手首にリストバンドを装着しているのはその為だ。

 ちょっとした冗談で言ったつもりだったが、酷い目に遭った。

 まず、未夢の両親がやって来て言った。


「リューヤ君、頼むから彼女だけは……どうか……」


 40も超えたいい大人が高校生のガキに土下座して頼み込む姿は哀れとしか言いようがなかった。その姿に青くなったのはウチの親父とお袋だ。未夢が手首を切ったのは、リューヤの責任なんだから、リューヤに責任を取らせますと来たもんだ。

 ふざけんな。

 俺は責任を取らされて、未夢のヤツと結婚の約束をさせられる羽目になった。

 未夢の両親はやって来た時は死にそうな顔をしていたのに、帰る時はホクホク顔だったのがマジでムカついた。


(まあいい……飽きるまでは付き合ってやる)


 恙無い一日が終わり、この日の放課後も未夢が校門で待っている。いつものことだが………なんだ?  朝と着てる服が違う。

 俺の服だと?  あのヤロー……


「未夢! ちょっと来い!!」


 アホの未夢を呼び寄せ、頭をガツンとぶっ叩いてやった。


「痛いよ、リューヤ……」


 上目遣いで涙目になって訴える未夢。


「痛いのはお前の脳みそだ。ど阿呆が」


 140センチ程しかない未夢にとって俺の服は巨人サイズだ。全然合ってない。肩口からブラが見えてやがる。


「ちっ、これを着ろ」


 やむを得ず未夢に学ランを貸してやる事にして、俺は照れ隠しに片方の眉を釣り上げた。


「面倒を増やすんじゃない」


「リューヤがいい匂いなのがいけないんだよ~」


「匂いだと? この変態が!」


「違うもん。未夢、変態じゃないもん!」


「モンモンうるさい」


 そんなこんなで突っつき合いながら帰宅した。

 道中、未夢が腹が減ったとゴネるので、テイクアウトのジャンクフードを買った。食費は既に未夢の両親から徴収済みなので問題ない。

 部屋に帰るといつものように未夢の服がそこら中に散乱していた。ニートのこいつが俺の部屋に入り浸るのも昨日今日に始まった話じゃない。今更何も思わな――


「パ、パンツもある……だと!?」


「……」


 動揺して視線を背けると、羞恥からか、うっすら頬を染める未夢と目が合った。


「お、お前、今ノーパンなのか?」


 この馬鹿、ついに俺の想像を超えやがった。


「はいてるもぅん……」


 視線を泳がせる未夢は明らかに挙動不審だった。

 嫌な予感がビンビンする。


「て、テメー、まさか、俺の……」


「……てへぺろ」


「へ、変態! 変態!」


「うわーん!」


 泣きたいのはこっちだ。

 その後、すったもんだを繰り返した後で晩メシはシチューを作った。


「シチュー、シチュー♪」


 未夢のヤツはご機嫌だった。

 ちなみに俺の親父は出張中で、お袋はそれについて行った。要するに、俺が家長だ。


「おら、口の回りに付いてるぞ。白いのが」


「やだ……リューヤ。いやらしいよ……」


「……ったく、お前がな」


 しかしよく食う奴だ。ジャンクフードの上にシチューを俺と同じ量食いやがるとは。


◇◇


 夕食が終わると、お互い思い思いの時間を過ごす。なんだかんだと長い付き合いで、お互い空気みたいなもんだ。


 俺が宿題を片付けている間、未夢はベッドに寝そべって漫画を読んでいた。チラリと時計を見ると午後八時。


「未夢」


「なに、リューヤ」


「帰ってよし」


「……やだ。まだいるもん……」


 未夢は唇を尖らせ、涙目でこちらを見ている。こいつの家はすぐ隣りなので問題ない。強制連行だ。


「では強制送還する」


 いつもはこれで終わりだが、今日の未夢は一味違うようだ。ポケットを探って、


「そうだった。これ……」


 おずおずと一枚の紙切れを突き出して来たのでふんだくって目を落とす。


「なになに……旅行中、だと……!?」


 未夢は三つ指付いて、にこっと笑った。


「今日はお泊まりするもん」


「――知らん、帰れ! お前のような変態を泊められるか!」


「うわーん!」


 その後は、またすったもんだを繰り返し、結局最後の決め手になったのは、未夢の親父さんからの電話だ。

 痛む眉間を揉みほぐしながら、俺は携帯の向こうに問い掛ける。


「おい、こらヒゲ。無責任なことしやがって。ちゃんと説明しろ」


 未夢の親父さんは、ヒゲの似合うダンディなおっさんだが、このアホの生産者なだけあって言うことも一端だ。


『お前だから安心していられるんだ。頼む、息子よ……』


 ふざけんな。マジふざけんな。


「リューヤぁ……」


「くっ……マジ泣きはズルいぞ……」


 結局、折れたのは俺だ。なんだかんだと甘いから、未夢は俺から離れることができないんだろう。

 そんな俺の気も知らず、未夢は浮かれて歌い出した。


「お風呂、お風呂♪  リューヤとお風呂♪」


「……」


 さて……この馬鹿は、あっち方面の知識だけは豊富だ。最近は色気付いて来て、風呂場に乱入する事も珍しくない。


(少し、びびらせてやるか……)


 男の怖さを思い知らせてやる。それがこいつのためでもあるだろう。伊達に幼なじみを10年もやってるわけじゃない。こいつの裸なんぞ飽きるほど見ている。賢者となった俺に死角はない……!


「よし、未夢。一緒に入るか」


「え……いいの?」


 未夢は驚いて目を丸くしている。そりゃそうだろう。俺から言い出したのは初めてだ。


「よし、行くか……」


「……」


 この時、未夢は何故か無言だった。

 一瞬の間があって――

 くっ……俺ともあろうものが、未夢ごときを意識しそうだ。脱衣所まで来ると、アホの未夢は目を潤まして――


「――うおっ!」


 こいつ、下から脱ぎやがった! 

 しかもなんの躊躇いもない。


「うう……」


 下半身に謎の滾りを感じたが、気合いを入れて追い払う! そう、俺の貞操が未夢ごときに奪われるなど………ありえん!


 賢者パワーマックスだ! 俺よりも優れた未夢など存在しない!


「未夢、俺が身体洗ってやるよ」


(これでどうだ!?)


「うん、リューヤなら、いいよ……」


(な、なんだと!? クソぉ、少しはビビれよ! 負けてたまるかあ! でも、ああ……未夢のちっさいお尻が……ひぃっ、こいつ、生えてない!)


 今こそ目覚めろ!


 ……俺は……賢者だ……


「未夢……さあ、おいで……」


(目を閉じろ! パワーマックス!!)


「リューヤぁ……好きぃ……」


「くっ!」


「ぁ……」


「そりゃ!」


「ああんっ」


「クソぉ、なんなんだよぉ……このヌルヌルはぁ」


「リューヤぁ……リューヤぁ!」


「こ、これで終わりだ!」


「あっ! ああああああああ!」


◇◇


 風呂場には全身真っ赤に上気した未夢が転がっている。後はこれを何とかすれば大丈夫だ。そう……俺はロリコンと言う名の紳士じゃない。犯罪の匂いのする無毛の土手なんぞに負けない。


 だがしかし、こいつには言いたい事がある。


 就寝前、俺はリビングの床に未夢を正座させた。


「未夢、この紙を読むんだ」


「なに?  なにかな? 未夢とリューヤのお約束?」


「ああ、そうだ。デカい声で読むんだ」


 しかめっ面の未夢は、紙をじっくりと見ていたが、暫くして首を傾げて呟いた


「字が読めないよ……」


 このアホがっ。

 泣きそうな顔で言うが、もう我慢ならん。


「……俺の後に続け!」


「はっ、はいっ!」


 ぴしりと背筋を伸ばす未夢は、はっきり言って馬鹿の塊にしか見えないが、相変わらず聞き分けだけはいい。軽く咳払いして、俺は厳かに言った。


「一つ。 リューヤ君のパンツは履かない!」


「ひ、一つ、リューヤのパンツは……」


「声が小さい! しっかり発音せんかぁ!」


「ひゃっ、一つ! リューヤのパンツは履きません!」


 どんな羞恥プレイだよ……これ。


「もう一丁! リューヤ君のお家ではエッチ禁止!」


「やだぁ……」


「言わんかぁ!」


「うわーん!」


「泣くな! このエロがぁ!」


 ぐすっ、としゃくりあげた未夢がジト目を向けて来る。


「エロいの、リューヤだもん」


「なんだと貴様ぁ! 修正するぞ!!」


 このようにして夜は更けて行く。


「言え、未夢! エッチ禁止だ!」


 しかし誰得だ? 未夢にこんなこと言わせて。


「うわーん! 禁止じゃないもん!」


「それではお泊まりを禁止する!」


「……死んでやるぅ! うわーん!」


「オメーが言うと洒落に聞こえねーんだよ!!」


 と、まあこんな風にして俺たちはやって来た訳だ。これからも変わらない毎日が続くんだと思う。


 意地悪な俺と、ぽんこつな未夢の物語。

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