コーヒー1杯分のお値段

すみはし

コーヒー1杯分のお値段

「今なら毎日缶コーヒー1杯分を我慢するだけのお値段でお得にで100万円儲かる情報が手に入りますよ!」

今でもうちに頻繁に入り浸る大学のときの後輩が鼻息荒くツーブロックでワックスガチガチ、色黒に白い歯、高そうなこれみよがしのスーツと腕時計を付けて笑う男が表紙の『極秘!100%稼げる方法!』とダサいフォントで書かれたウェブサイトのページをこちらに向ける。

「嘘くさ」

ちらりと目をやっただけで100%稼げなさそうだなと思いながら二人分のコーヒーを事前に温めたカップに注いで後輩と自分の前に置く。

「いやいやホントなんですって! これ教えてくれた私の先輩は月収18万から今じゃ100万プレイヤーで、私だけにこっそり教えてくれたんですから! 今稼いでる人はみんなやってるんですって!」

あぁこの後輩は元々騙されやすい性格だとは思っていたがこうも胡散臭いものにハマってしまうとは思わなかった。

「まだ正式加入はしてないんですけど、極秘情報だから規定の人数に達しちゃうと申し込みが出来なくなっちゃうんです〜」

情けない声を出しながらため息をついている。『今ならお得!』『限定10名!』とか言われたんだろうなぁと容易に想像できてしまう。

「因みにどういうシステムで儲かるんだ?」

「お、興味持ってくれました!? 今ってSDGsが叫ばれてる世の中じゃないですか、そこで今このテキストでは太陽光発電の仕組みについて教えてくれるだけでなく、将来有望な太陽光発電所への投資をすることにより配当金を貰えるシステムなんですよ!」

「ほうほう、それでお前が俺に進めてる理由は?」

「それはですねー…あっ、その前に先輩おかわりください!」

空になったカップを指でコンコンと弾き催促してくる。入れるのにそこそこ手間をかけてるんだぞこっちは。

「淹れながら聞く。で?」

「なんとですね! 一人加入すると紹介報酬が1万円もらえちゃうんですよ! で、私が紹介した人がさらに人に紹介すると一人あたり2000円手に入るんですよ。私が先輩に紹介すると、私が1万円貰えて、先輩がさらに人に紹介すると私に2000円、先輩は1万円入ってくるシステムです!」

なんと見事なマルチ。ちなみにマルチは「どうもマルチです」と紹介さえしておけば詐欺にはならないが、そんなこと言ってくるやつはまぁいないのでだいたい詐欺だぞという豆知識。

「なるほど、で、お値段は?」

「なんと今なら初期費用は毎日缶コーヒー1杯分の値段で買えちゃうんです! 詳しくはこちらの資料をどうぞ!」

「えーと…缶コーヒー毎日を36ヶ月ね」

つまり『缶コーヒー(120円)×毎日(30日)×36=129,600円』というカラクリである。

「因みにここ半年ほど俺の部屋に入り浸りな訳だが俺の職業は知ってるよな?」

「はい! もちろんです! 喫茶店の…店長……」

「メインで扱うのは?」

「コーヒーです…」

「そうだな、豆から拘った自家焙煎珈琲がウリなんだよ。で、今飲んでるのは?」

「コーヒーですぅ……」

「ちなみにうちのコーヒーの正規の値段は?」

「…1杯500円……」

「お前はそれを?」

「無料でいただいてます……」

だんだん声が小さくなって青ざめていくのが明らかで最早面白い。

「はい、ここで単純計算してみようか。大体週3で押しかけてきてコーヒー2杯は飲んで帰っていくよな。500円×3×2×24週(6ヶ月)でだいたい7万だ。なんならトーストも食べていくがトースト分はおまけしてやる」

「…えっとぉ…」

「お前はきっとこれからも俺の家に押しかけてコーヒー飲んで帰るだろうが、それをあと半年続けてもいい。ただ、代わりに俺の分の教材費は払ってくれるよな?」

「せんぱぁい……」

「俺のコーヒーこれからもただ飲みしながらオススメ代1万欲しけりゃ12万くらい払ってけってことだ。分かったらとっとと100万プレイヤーとかいう夢は諦めろ、教材費を払うな。胡散臭いやつとは手を切れ。堅実に生きろ。疲れたらコーヒー飲みにこい」

納得して肩を落とした後輩をさっさと追い返して「缶コーヒーなんざ我慢せずとも買わないよなぁ…」と呟いた。

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コーヒー1杯分のお値段 すみはし @sumikko0020

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