第4話 続 呼ばれる
「七つまでは神の内」という言葉があって、どうやら昔はそれくらいまでの子供は、いとも簡単にあの世に帰っていってしまう──つまり、あの世に近しい存在だったらしい。
七五三を済ませてようやく人間になる、と聞いたことがある。
あれは、そういう意味で神様にお伺いを立てて、許しを得る儀式なんだそうだ。
これは私の七五三より前の話になる。
父方の曽祖父は実子に恵まれず、妹に婿を取って夫婦養子にして家業を継がせ、また養女を迎えてそこにも婿を取った。家業を継いだ妹というのが私の祖母なので、実際には大伯父だ。
この大伯父が、連れ合いと喧嘩をしては祖父母の家に泊まりに来る困ったひとだった。目も効かず耳も遠いのに、眼鏡も補聴器もうるさがる。そして足も悪いのに、杖をついてひょいひょいとどこまでも行ってしまう。
気が済むとなんにも言わずに自宅に帰ってしまうので、そのときも皆、そういうものだと思っていた。
──だから、気が付くのが遅れたのだ。
財布も持たずに車を呼びつけて帰るくらいは既にやっていた大伯父だが、その場合、速攻で連れ合いの婆さんが電話してきて交通費を請求してくる、というなんともまあ凄まじい話になる。
しかし、その電話もかかってきてはいない。確認の電話をかけてみても、帰宅していないという。
どうやら行方不明になったようだ、と大人たちが慌て出したのは夕方近くになった頃だった。
折しも季節は冬の入り口に差し掛かっていた。昼はともかく夜は冷え込む。まして、コートも着ずに老人が夜を越すのは無理だ。
ともかくも、消防団やご近所の有志も含めての捜索隊が組まれ、山狩りが行われた。
自宅がバタバタしているため、私と妹は、いつもお世話になっていた保育ママさんのところにお泊まりすることになった。
夕飯とお風呂を済ませて早めに布団に入れられたが、すぐに眠ってしまった妹と違い、私はなかなか寝付けなかった。
電気スタンドを引っ張ってきて、持ってきたマンガをしばらく読んでいた。
私にとっては大伯父はよく分からないひとではあった。このままいなくなってしまったり、見つかっても死んでしまったりするんだろうか、と考え出すと、眠気はますます遠のく。
──二冊目を読み終えようか、という頃。これは枕元の時計を見て覚えているのだが、九時半を回ったあたりだった。
「おぉーい!」
かなり近くで、男の声がした。おそらく家の前だ。
「見つかったぞーぅ」
跳ね起きて、茶の間にいた保育ママさんに
「ねえ、見つかったってね!」
と言うと、ぽかんとした顔をされた。
「なーに、いきなり? 寝ぼけたんじゃないの?」
「今、男のひとが知らせに来たじゃない。大きな声で」
そんなのは聞いていない、と言われ、さらに
「気になって眠れないのはわかるけど、明日起きられなくなるから」
と、また布団に追いたてられて電気も消された。
ふりかけのCMではないが、大人って! と思いながら、不承不承目を閉じて──いつの間にか眠ってしまった。
翌朝、目が覚めるとなぜか自宅にいた。あれ? と思いつつ、もそもそ起き出して、親たちに挨拶しようとすると、
「おまえ、何でひいじいちゃん(大伯父)が見つかったって知ってた?」
と父から尋ねられた。
「男のひとが知らせに来たよ。Oママ(保育ママさん)の家の前あたりで、おーい、見つかったぞって」
「何時ごろだ?」
「九時半ごろ。ねえ、じいちゃん見つかったんでしょう? 無事だったの?」
なんとも言えない表情の見本のような顔が二つ並んでいた。
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大伯父が見つかったのはほぼ奇跡に近い偶然が働いた結果だった。
「足も目も悪い年寄りがまさかこんなとこまで来ないだろうけど、まあ、念のためにね」
とひとグループだけかなり山の方まで入っていって、さらに
「もうおしまいって言われてるけど、まあ、あと十分くらいはね」
と言っていたら、弱々しい声で助けを呼ぶのが聞こえ──園芸用の土を掘っていた穴の中に、大伯父はいたそうだ。
時刻は午後九時半をまわったあたり。
私が声を聞いたのと、ほぼ同じ頃だ。
そのときのショックやら何やらで、惚けが一気に進んでしまって、結局なんでそんなとこまで行ってしまったのかわからないまま、大伯父は二年後に亡くなった。
ちょうど、いなくなったのと同じ日付だった。
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