第2話 忘れる
ずいぶん前のこと。
少しだけ民俗学の緣っこを歩いていた時期がある。
都市伝説とか、現代民話だとか言われる領域だった。
そこでほんの少しの間、語り部のようなことをしていた。その時の話だ。
いちばんのめり込んでいた時期には「ひとり百物語」ができると豪語していたくらいには、話のストックがあった。しかし、メディアや記録媒体に残っているのはほんのわずかだ。
自分の持ちネタをワープロでまとめていたら、さる方々から
「そういうのは語りでないと」
と言われて、そこから私は話の内容を記録するのはやめてしまったのだ。
その持ちネタの中でも、とくに評判の良いものがあった。何度か請われて披露したのだが、話すたびに必ず誰かが怪我をするのだ。
それも、回を重ねるごとに度合いがひどくなる。
救急車を呼ぶ騒ぎが起こった時点で、さすがにこれは洒落にならないと自分でも思った。
「これはやばい」
こうしてそのネタはお蔵入りすることになった。
その後、いろいろあってその界隈から離れたこともあり、その手のお話をする機会もめっきり減ってしまったのだが、8割くらいのものはまだ覚えている……はずだ。
数年前、偶然にその頃の知り合いと再会した。
あれこれ話題が出たあと、
「ほら、あの話──すると必ず、誰かが怪我した、あれ」
と言われた。
「ああ、あれ」
とは言ったものの、どんな話かさっぱり忘れていることに気付く。
どんな話だっけ……と思い出そうとしていると、相手が
「実は、どんな話だったか思い出せなくて。他の話は覚えているのにね」
いっしょに聞いていたはずの人たちに聞いてみても、そうなのだという。
私自身もすっかり忘れている、と言えば、なんとなく変な雰囲気になってしまった。
その時はそれで仕舞いになったが、最近知己を得た方から伺ったことで、ストンと腑に落ちてしまった。
その方はこう言った。
「あちらの方々は、聞かれたくないものや残されたくないものは消してきますよ」
音声も文字も、そして記憶も。
「人間の脳もデバイスだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます