(四)六槍会

 林大田の決断に宋海が何かを言おうと口を開けようとした時であった。バンッ、と勢いよく扉を開ける音がした。皆がその方へと注意を向け、見てみるとそこには槍を片手に立つ男が一人。

 青年、と言うにはやや歳が取っている。だからと言って歳を取り過ぎているわけではない。

「要件はただ一つ。死んでもらうぞ林大田」

 槍を横にし、林大田へ目掛けて突きを仕掛ける。

 いきなりの攻撃。しかしその仕掛けに対応できる者が一人。林大田と男の間に李国利が挟まり、その槍を受ける。

「ほう。俺の槍を受けるとはいい腕だ。名を聞こうか」

「李国利。義和団の李国利だ」

 武人としての李国利がそこには立っていた。佇まい、身のこなしの全てが普段とは全く違った。

 槍先と持ち手の間に蹴りを入れて槍を上げる。すれば相手は一度後退し、構えを取り直す。

「そうか。あんたが義和団が誇るがんの使い手の一人か」

「お褒めの言葉、ありがたく頂こう。だが、武人であればそちらも名乗るのが礼儀。答えるといい」

 さもその熟練度を見せつけるかのように槍をひとたび振るい、男は名乗り挙げる。

「俺は文明天ぶんめいてん六槍会りくそうかいの一槍だ。あんたのような強者に会えて嬉しいぜ」

 その場にいる中で李国利だけが眉をひそめた。それもそのはず、彼は六槍会の事をよく知っており、あの集団がどのようなものかを理解しているからである。

 六槍会。それは武術を修める者たちの組織の中で最も異質で強力な者たちが集まる団体。組織の信念はただ一つ、槍を以て武を極める。組織の全員が槍の使い手であり、その技量は卓越という言葉すら超えている。また、組織の者は全員で六人しかおらず、一度でも槍と槍による決闘に負ければ組織から追い出され、勝者が代替わりするものとなっている。

 総じて言えば六槍会という組織はメンバーの入れ替わりが他の団体と比べて頻繁な分、少数精鋭の組織である。

 槍と拳では分があるのは槍、すなわち文明天である。だが、一度でも懐に潜れば拳が有利となる。そう考えた李国利は縮地で一気に距離を詰めた。

「遅せぇッ」

 迫る李国利に蹴りを入れる。それでも彼はそこに立っていた。

 誰もが李国利の速さを目で追うことができなかった。そのはずであった。けれどもこの男はたった一瞬の、目の前に現れる李国利の膠着を見逃さずに捉えていたのであった。

 一秒にも満たず、それよりも短い刹那の中で文明天という男は見て感じ取っているのだ。

 蹴りを受けたが間合いには入れた。手のひらを突き出し、文明天の腹部へと当てる。

 部屋の外へと突き飛ばされ、文明天は壁にと当たる前に身を捻り立ち直る。

 攻撃はまだ終わらず、追撃を仕掛ける。

 再び縮地で距離を詰め、拳を握りしめ同じところに撃を入れる。間を入れずに蹴りをする。

 見事なまでに綺麗な連撃であった。見た誰もが李国利の勝利を感じ入れるほどに。

 が、しかし、男は立っていた。

「それで? 終わりか」

 平然と、攻撃を受けたことすら嘘かのように。

「ふむ、恐ろしいものだな。私の頑を見て真似てみせたか」

「その通り。頑、と言ったか。受けにはいいわざだが、決め手をするには欠けるな」

「そう思うのは、お前の功夫クンフーが足りぬ証拠だ」

 功夫が足りぬ、その言葉が彼の逆鱗に触れたのか、鋭い眼光となり、猛威なる槍を振るう。

 連続して突かれる槍は着々と、微々ではあるが李国利の身体に傷を付けていった。

 槍先は光り、鋭利である。微々たる傷であるのは、相手が手を抜いているわけではない。ただ彼の頑が強く、硬い。故に奥までは刺さらない。

「どうした、どうした。さっきまでの勢いはもうおしまいか? 何かやってみろ」

 連撃をするのは代わって文明天となった。

 繰り返し突く槍。その連撃は一切の隙が無いほどに完璧であった。

 李国利も負けずとその猛攻を弾こうとするが、逆にその弾かれた勢いを利用された反撃が来る。

「俺を殺したけりゃ張福成という男を出すんだな。お前は弱く無い。が、その技では決め手に欠けるんだよォッ」

 槍先とは真逆の部分、石突と呼ばれる部分で李国利の腹部を突き、後方へと突き飛ばした。

 頑を極める李国利を前には槍先で刺しても無意味、とまではいかないが、貫く前に折れてしまうと判断したのだ。

 そしてそれは功を成し、石突での突きは彼の身体に衝撃と痛みを走らせた。

「なるほどな」胸を押さえ、李国利は呼吸を整える。

「元来と義和拳とは護りの技。破壊の術とは反対の位置だ。お前のような相手では決め手が見つからん」

 決め手が完全に無い訳では無い。だが、一撃で決めきるための技が無いのだ。

 長期戦をし、どれだけ長い戦いに持ち越せるかが李国利の決め手であり、相手の疲労を誘っての技である。だが、相手が悪かった。

 戦いが長くなればなるほどに文明天という男は相手を分析し、その技を我が物とする。それどころか相手の弱点すらも見抜く。

「周天。福成を呼べ。あいつの所在はお前が知っているのだろ」

 どちらが有利であるかの状況を見抜き、流れを察知した林大田が迷いなく指示を出した。

「別に構わんぞ。だが、そいつが来る前に李国利が倒れてなければいいな」

 随分と挑発的な言葉で相手を誘い、わざと道を退けるようにして言う。

 林大田の命令を聞き入れ、部屋を出て行く周天。

 それを見送る李国利と文明天。

 彼が完全に視界からいなくなったことを合図とするかのように、再びぶつかり合う。

 拳と槍。間合いとしては槍の方が有利なはず。けれども、そうしたことを感じさせないほどに立ち向かっていた。

「ふっ、あんなことを言っておいてだが、なかなかと決めれないのは歯がゆいな」

「けど、私は別に決め手を出す必要が無くなった。以前と、有利なのは私だよ」

 張福成と、彼を呼びに行った周天への信頼からの発現。守りにおいてはまだ抜かれるつもりは無かった。

 張福成が来るまで耐えればいい。それが李国利の勝利条件。守り切れる自信もある。

 長引き、張福成が来れば不利となるかもしれぬこの状況。けれどもこの男、文明天はこれを楽しんでいた。

 殴る、突きの攻防が繰り広げられる。

 どちらも同じ技量、有利不利が感じられない戦いに見えた。だが次第に李国利の膝が曲がり、姿勢が崩れ始めた。

 文明天が繰り出す槍は同じ場所を的確に槍で突き、絶え間ない衝撃を与えていた。そしてその攻撃は、頑を極めていた李国利には有効打であった。

「李国利。この勝負、文明天が貰った」

 一閃の槍が遂に李国利の身体を貫いた。

 この勝負、文明天が勝ったのだ。

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鬼『OGRE』 七音壱葉 @nanaon_ichiha

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