(三)星が堕ちる前触れ
時は少しさかのぼり、張福成が來福を出た直後の事。周天が林大田の所に向かう最中の道。
周天は走りながら横で共に走る李国利に話しかけた。
「どうして付いてくるの? ここまでする道理はあんたにないと思うけど。護衛だったら劉玄でいいのに」
「それがあるんだね。私の稼業は槍竜の御陰で成り立っているし、福さんとの約束があるからね」
約束、それが意味するものが何なのか分からないが、福成と李国利の間には知人以上の絆があることを周天は察した。
走りながらの会話で息が少し荒れる周天と、平然としている李国利。彼は付け加えるかのようにして更に続けて言う。
「それと劉玄の事だけどね。彼は裏社会の者じゃない。けど、私はそっちの方だからね」
ニッコリとした顔で言って見せる李国利。
結局ここまで福成と、その周りの人物についてよく分からないままである。けど、彼は多くの人に囲まれて育ってきたことだけは分かる。彼がどう思っているかは分からないが、きっとそれは幸せな事だろう。親に捨てられた自分とは違うのだから。
走る勢いを緩め、歩きに近いペースで進む。李国利もそれに合わせる。
「どうしたんだい?」
「……いや、なんか羨ましくてさ。福成って色んな人に囲まれて、多くの人に大切に思われて。なのに、本人はなんて事の無いすまし顔で」
「ちょっとそれは違うね」
周天の言葉に李国利はすぐさまに返した。
「確かに多くの人に囲まれているけど、彼は誰よりも孤独だよ。義和団から追い出された時、それは村から追い出された日なんだ」
義和団に所属し、追い出されたとは林秀伝から聞いていたが村からも追い出されたのは初耳であった。
「私は、福成が幼い頃に亡くなった彼の父と約束があってね。『誰を敵に回そうとも彼の味方であってくれ』との事もあって暫くは家で匿っていたが――」
「それでも出ていった、と?」
「その通り。確かに彼は殺しの技術、武としての技術は光るものだ。けど、同胞に対してはとことん優しすぎる。その優しさは自滅を招く程にね」
「そうさせないためにあなたも秀伝さんも福成の味方を?」
顔を横に振り、そう言う意味でないことを示す。
「お互い様、ってやつだよ。何度も助けて貰った。だから私たちも彼を助ける。積み重ねだよ。君も誰かを救ったぶん誰かに救われるはずさ」
当たり前、と言えば当たり前の事であった。いつか彼が積み重ねてきたことが自分にも分かる日が来るのだろうか。あるいは、過去のことなど一切話さずのままになるのだろうか。
「それに、私も秀伝もあれほどの才をほっておけないからね。彼は、あんなんでもちゃんとした武人だよ」
武人、周天のイメージからは程遠い言葉が出て来た。武人よりもあれは用心棒の方が相応しい。それが周天にとっての張福成であった。
「行こうか」
李国利のその言葉に「うん」とだけ頷き、再び走り出す。
林大田の所にと着いたのはそれから五分くらいが経った頃であった。距離的に近かったこともあり、それほど時間はかからなかった。
ホテル入口の扉を開け、林大田のいる部屋にと向かう。
場の雰囲気は騒がしくないが、どこか静けさがあった。それが違和感と言われればそうかもしれなかったが、この時の周天は気にせず林大田の所へと向かったのであった。
部屋には林大田と、その付き人である宋海が居た。
周天の目には彼の傷、体調はすっかり回復しているように見えるほどであった。
「ボス、今戻りました。それとこちらは――」
「來福の店主の李国利ね。非常時だから失礼するね」
李国利はぺこりと頭を下げ、ここに居合わせる意を示す。
ただこの場に居るだけのことを示すその行為に林大田は何かを感じたのか、宋海にとカーテンを閉めるように命じさせた。
「まさか、貴方がここに来るとは。それほど切羽詰まっているのか?」
眉間に皺を寄せる林大田。変わらずとした表情で李国利は「はい」と答える。
どうやら周天が知らないだけで李国利は想像以上にこの世界に足を入れ、力を持っているようである。
「今宵、この世界から一つの組織が亡くなろうとしている。詳しいことは彼から聞くといい」
前へ出るようにと促され、周天は一歩前へと進み言う。
「張福成に命じられました。赤雲会を潰せと。責任は張福成が取り、自分の部下を総動員すると」
頭に手を当て考え込む林大田。宋海はただ「来ましたか」とだけ呟く。
二人ともいつかはあの組織を潰そうとは考え込んではいた。だがその実行がこうも早まるとは予想していなかったのだろう。けれどもそれは些事に過ぎず、問題はそこでは無かった。
「まさか、責任は福成が取るとな。失敗しようがしなかろうが、もしもの時はこちらの痛手だぞ宋海」
「ええ、そうですな。失敗したときはけじめとして福成殿を失い、仮に成功したとしても大きな損害が出ればその時も福成殿が責を受ける」
「もう幹部であるのだから、福成はもう少し言葉の重みと立場を理解して欲しいものだ」
そう。責任を取る者が張福成であること、それを発言したのが当の本人であることがまずかった。
俯き考える二人。このままでは話が進まない。そう考えた周天は押しの言葉を考え、堂々と言わなければならなかった。だがその代わりとでもいうのか、李国利が前に出て言う。
「彼が望むようにしてあげたらどうだい?」
「李国利、福成が何をしようとしているか承知の上での発言か?」
「ええ、勿論。林大田、貴方は福成の恩人であると同時に、彼にたくさん助けられたそうだね」
無言の回答。それは肯定である。
「であれば、彼の言い分を聞いてあげるのは道理だと思う。それに、君にとっては槍竜が大きくなるために一人が犠牲になることくらい本当は何とも感じないはずだ」
その瞬間だけ、李国利の表情は笑みがあるように見えて、うっすらとした睥睨と怒りの意があった。そしてそれは普段は温厚な李国利が見せない一面であった。
「李国利殿。いくら貴殿でも言葉が過ぎますぞ」
あまりの変わりように李国利と林大田の顔を交互に見る周天を横に宋海は睨みを利かせる。
彼の睨みによって場が張り詰めるも、すぐさまに林大田が笑い飛ばして言う。
「やはり李国利は何でもお見通しだな。否定はせんよ。だが、俺の野望を叶えるためには福成は生きていなければならない」
胸に手を当て、服に皺ができるほどに握り潰す。まるで切羽詰まっているかのような言いぐさであった。
「星が堕ち、新たな星が満ちて光り輝くまで俺はこの槍竜を盤石なものにしなければならない。そのための福成だ」
「それが林大田の答え、あるいは槍竜の意向か。――であれば猶更と赤雲会を今、この段階で潰すべきだ」
李国利は彼が握る奥、胸の所を見て言った。
いまだに状況と言葉の奥にある真相が分からない周天。その一方で彼はそれとなく言葉の意味を察し、自分なりの助言を呈す。けれども睥睨と怒りは消えてなどなかった。
赤雲会を潰すこと、それが槍竜の為になる。報復となり、槍竜の力と尊厳を見せることとなる。事実、他の槍竜の者たちはそれを望んでいる。
「宋海、全員に伝えろ。赤雲会を潰す、との意を。責任は槍竜幹部、林大田が取る」
責任はあくまでも林大田が取り、そのうえで赤雲会と全面戦争をする。それは張福成を失わずに済むかもしれない。だが、負けられない戦いとなるということでもあった。
赤雲会が堕ちるか、槍竜が堕ちるか。どちらの星が堕ちるか。今は誰も知らない。
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