(二)暗殺者

 突如と始まった二人の暗殺者の戦い。

 一人の女は刀を振るい、合間に銃弾を放つ。

 もう一人の男はその攻撃を適度に避け、被弾しても良い攻撃は受けながら拳、蹴りを的確に女へと当てていた。

「これが、アンナの戦い方。そして、あれが張福成の本気」

 二人の戦いを見る、正確にはそうするしかない者たちの一人である林徳児は呟いた。隣に立つ林継は言う。

「福成さんのアレは、僕の知ってる方ではないですね。きっと、あれがアンナさんの言ってた暗殺時代の彼なんでしょうね」

 その発言に驚きを隠せず、条件反射のように兄の顔を見る。

「あ、言ってませんでしたね。福成さんもアンナさんと同じく、昔はマッド・ラインに所属してた一人らしいんですよ」

 知らなかった情報。アンナの口からも出なかった事だ。そんな大切な情報を持っていたにも関わらず、口にしなかった。つくづく油断のならぬ女であると林徳児は思った。

 戦況は均等、両者ともに譲らぬものであった。刀が振られればそれを流す。拳が振られれば的確に避け、銃でカウンターをする。カウンターをされれば距離を取って避け、再び距離を詰める。これらの繰り返しばかりで互いに致命打を与えられない。

 どちらも力量は同じ、と言う訳ではない。ただ互いの事をよく知っており、その癖をよく把握している。故に両者はその全て知り尽くしているのだ。

「やっと戻ってくれた。私が見たかった、戦いたかったのは今の貴方」

「……本当に望むものはなんだ? これだけではないだろう。心分からずとも、飢えている事だけは分かる」

 彼女の眼にあるのは狂いと飢え。かつて共に過ごし、長い時間を過ごした福成には今のアンナがそんな風に映った。どうしてそんな風になったのかは分からない。けれど、今の彼女を満足させてあげられ、止める術は自分にしかない。

 ――大きな隙を作ることになるが、賭けてみるしかない。

 大きく一歩踏み出し、右肘打ちをする。その攻撃を予測できなかったのか、技を表面から受けてしまったアンナ。それもそのはず、本来その技は繋ぎからの止めの技であり、隙も多い。故に彼女がよく知る福成ならば暗殺術として使う技ではない。そのため、技を表面から受けてしまった。

 空いた左手を突き出し、手の甲で打つ。破壊を目的とした技では無い、相手を遠くに突き飛ばす技として。

 アンナは壁の方までと突き飛ばされ、身を打つことになった。けれどもそれで止まるはずも無く、銃を差し向ける。

 放たれる三発の弾丸。一発目は避けられるも、二発目は彼の右頬から耳たぶを掠め、三発目は右肩を貫く。

 弾丸の貫きにより態勢を崩す福成。その間にアンナは持ち直し、刀を持って彼の方へと迫っていた。

「まだその気にならないのならばそれでいいわ。けど、貴方が死ねば貴方のボスが死ぬ。そして、貴方の友も殺してあげる」

 追い打ちの銃弾を放たない事に疑問を持つ前に彼女の言葉が彼を動かす。

 ――ここで決めねばならない。

 目の前に迫る攻撃を避けようと態勢を整えようとする。が、身体に痛みが疾る。先程戦った賈清の攻撃の影響だろう。

 ふと目に映るのは地面に落とした刀。

 刀のすべはアンナから教わった。故にソレを使った技は彼女に全て知り尽くされている。だが、日本あそこに居た頃に覚えた技と術は知られていないはず。

 自身の刀を再び握り、構える。両手で。

 振り下ろされようと迫る刀。福成はタイミングを計り、下から振り上げる。

 刀と刀が強くぶつかり、薄暗い廃道場に火花が散る。そしてその直後、両者が持っていた刀が宙を舞う。

 驚き目を丸くするアンナ。彼女の首元に手を伸ばす福成。

「我は、お前を失いたくない。故に、許せ」

 首の根を掴み、地面にと叩き潰す。

 地面へと叩き潰されたアンナは眠り憑くかのように気を失った。痛みを感じるような事無く。

 荒い息を整えながら林継、林徳児を見る。

「続きを、するか?」

 言葉が詰まる林徳児に代わり、林継が喋る。

「いいえ、僕はしません。そして、彼らにも手を出させません」

「兄さん⁉ 消耗している彼を見逃すのですか。二人で、ここにいる皆が手を合わせて戦えば今なら勝てます」

「だろうな。汝の妹の言う通り、それが妙手だ」

 頷き返す福成。そして地に落ちている刀を拾い、構える。

 林継の眼、気配と言えよう。そこには戦意は感じられない。

「僕はただ、話したいんです。一人の武人として、一人の人間として福成さんのことを」

「……難しい相談だな。だが、断る選択は我には無いのだろうな」

 静かに彼が持つ偃月刀を見つめる。きっとそういう意味なのだろう。

「アンナから聞けばいいものを。あまり、自分語りは好かぬ。そして、汝の意図も分からぬ」

 何を考えているのかよく分からぬはにかんだ笑みを見せ、繰り返すように言う。

「だから言ってるじゃないですか。貴方の事を知りたいんですよ。

 睨みを利かせる福成。未だにこの男の考える事は分からない。何を行動原理とし、何を目的としているのか。果たして彼は敵なのだろうか。

 探るため何かを言おうと、口を動かそうとしようとした時であった。囲むように二人の戦いを見入っていた群れからどよめきとざわめきが沸いた。

 その方を見てみれば、急いで福成にと近寄る周天がいた。

「……大田の所には――」

「そんな状況じゃなくなった。ボスの所に襲撃が来た。今は国利さんが何とかやってるけど、長く持たなそうだって」

 目を丸くする福成。あの李国利が立ち会っているにも拘わらず長く持ちそうにない、その言葉に驚きを隠せなかった。

 すぐに冷静を取り戻し、状況を整理する。

 ――時間稼ぎ、だとすればどこで自分がここを襲う情報を。それにどうやって大田の居場所を?

「林継、そして林徳児。決着はまたどこかでやろう。そして、過去の話も。汝の言葉が偽りでなければ」

 そう言い残し、福成は周天を抱きかかえて風のような速さと雲か霧のように消えて行ってしまった。

 追おうとせず、ただ感心した目で見送った林継。彼の眼にはただ、まだあのような技を隠していたとは、との感情であった。

「兄さん。幾つか聞いてもいいでしょうか」

「ん? なんだい。僕からも聞きたいことがあるんだ。ちょうど良かったよ」

 笑顔を見せる林継。しかしその笑みは裏腹であることを示すものである事を妹である林徳児はよく理解している。

 言葉を選び、慎重に口にする。

「あの少年は槍竜のボスが襲われている、とのことを口にしていましたが、誰の指示ですか?」

「その口ぶり、君でもないんだね。僕もそのことを聞きたかったんだ。けど、その必要も無くなったね」

 自分たちの知らぬところで誰かが動いている。何をするにしても、情報は共有するのが太刀会の鉄則。それを破ろうとしている者がいる。あるいは宋星の新たな命令か。

 林徳児は倒れているアンナの方を見て言う。

「ではもう一つ。彼女は、何を求めて福成という男に拘っているの。いくら雇われの身であれ、我々の目的に支障が出るのであれば――」

「んー、それはやめたほうがいいですよ。こうして、彼女を繋ぎ止めていられるこの状態は我々にとって利になってますから」

 どういう理由かは分からないが、林継には彼女が太刀会に居るだけでメリットがあると考えているようだ。

「さて、後のことは僕がやるので徳児は宋星のとこに報告と槍竜を襲った者についての追及を」

 まだ色々と聞きたいことはあった。けれども今はここまでであることが彼の顔色が語っていた。その顔は、何かに標的を定め、神経を研ぎ澄ましたものであった。そしてそれは決まって誰かを敵として見定めた時であり、過去に多くの武人を殺した目である。

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