(八)動く影
あれ荒んだ室内。血痕や、散乱する紙やへこんだ壁。かつてそこは事務所だったような場所にて、何人かの男性がいた。
「だから言ってるだろ。今からでも槍竜を潰し、刀の男も殺すべきだ。あちらが先手を打つ前にだ」
一人の男が激昂する。その者を見れば、片腕が無く、もう一つの方は三つの指しか無い。
「
アロハシャツを着る白人男性が激昂する男をなだめる。
二人の構図は完全に吠える犬とそれをなだめる人の形であった。
それらのやり取りを横目で見る、槍を携えた中国人の男が見るに堪えずに口を開いた。
「いつから悪名高き赤雲会はこうにも間抜けになったんだ?」
「ま、間抜けだと⁉ 何が間抜けだ。我々は太刀会の力を得ている。あの力があれば我らは槍竜に負けぬ」
鼻で笑い、白人の男を見る。その者の方は肩をすくめる。
「火中の栗、という風刺画を知っているか?」
何のことか分からぬ天真は疑問の眼差しと「なんだ?」と問い返す。
王天真の方へと近寄り、槍を携える男は目を見つめる。見れば目は泳いでおり、何とも覇気に欠けている。
「ジャック。とんだ間抜けを俺に付けさせたな」
白人の男の方を振り向き、嘲笑うかのような笑みを見せる。
ジャック、それがアロハシャツを着た白人の名であった。
ケラケラと薄気味悪く笑い、彼の言う「とんだ間抜け」に反応し、真剣な眼差しで言う。
「そうだな。とんだ間抜けだ。太刀会にいいように利用されている。――あんたは馬鹿だ。この世界に向いてない」
煙草を吹かし、男の言葉に同意を示す。
笑いはしているが、このジャックという男は獲物を睨みつけるような目で王天真を見る。と思えば、眼を背け、煙草を一服と吸い込み、吐く。
呆れ、とは違うがそれに近いような感情。最も近い感情は、哀れだろう。
「よくあんたと赤雲会は槍竜とやり合えたな」
「ボスが、俺がこの座に就く前は
感情的に、頭をかきながら言いたい言葉を口にする。そうしていくと段々と王天真は開き直っていくのである。
そうして開き直っていく彼の中に、一つの答えが出て来る。
「そうだよ、認めるよ。私はまだ全然だ。劉全園がいたからこそ、彼の手腕があったから赤雲会は槍竜とやり合えてた」
その言葉に、彼を取り巻く部下たちは何も言わない。自虐的になっている王天真をただ見るしかなかった。
「さて、そんなあんたに提案だ。俺は宋星からの依頼である奴を殺せ、と言われている」
一歩、一歩と彼の所に近寄るジャック。二人の距離は近づき、自虐的になっている彼に救いの手を差し伸べるかのように見下して言う。
「だが、殺すのは俺じゃない。俺が提供するのは暗殺対象に合った殺し屋だ。そしてそれはそこにいる、
槍を携える男は片手を軽く上げ、自分であることを示す。
「暗殺対象を殺すまで、俺はあんたにこいつを提供する。だからあんたは暗殺対象を見つけな。そして――それまで上手く利用してみな」
そこにいる文明天がどれだけの技量を持ち、どれほどの強さは分からない。けれども、彼が言う「俺が提供するのは暗殺対象に合った殺し屋だ」との言葉通りであればその強さは信じてよいものなのだろう。
「それから、だ。言っておくが俺は、多くの殺し屋とのコネクションと絆がある。そいつや、俺の友人に手を出したらしっかり報復するからな。これは脅しじゃあないぞ」
胸元にあるハンドガンを見せ、ドスの効いた声で語る。その時だけは異様な睨みを利かせていた。
「わ、分かってる。要はその線を越えるなら覚悟はしろ、とのことだろ」
「俺は別に構わないぜ、ジャック。気に入らない事があれば、そん時は俺が処理する。それに、俺は殺し屋じゃない」
槍を一回転させ、それを強く主張させる。
文明天という男が歩む道は武であって殺しでは無い。殺しはあくまでその過程の末の結果である。
そして此度のジャックの申し入れを受け、王天真に付いたのは自身の武を高めるため。
「では、二人が合意した所で俺は別件があるんでな。あとは任せたぞ」
それだけ言い残し、ジャックは出口の方へと向かい、去って行ってしまった。
残されたのは文明天と王天真、そしてその取り巻き。
静寂が続いた。
様子を伺うも文明天はただそこに佇んでいた。王天真を見るでもなく。
「お、おい。早速と仕事をしてもらおうか」
「ん、いいぞ。で、誰を始末するんだ?」
二つ返事の返答に驚くも、そうした感情は表情に出さず心の内に潜めて平常心を装って言う。
「太刀会は槍竜を潰すことを望んでいるわけでもある。故に、そこの主力を殺して来い」
「ほう。そいつを殺すことが、俺の仕事に関わってくるのか?」
「お前の力を見定めるためだ。私はお前の力を良く知らん。それを知るための余興だ」
「了解した。力を示せるよう努力しよう」
好き回答を得れた事に王天真は笑みを浮かべ、三つしかない指の腕を上げ、それをさも見せつけるようにして言った。
「私の指をこのようにし、腕を奪った清算してもらうとしよう」
そこには明らかな憎悪があり、王天真は復讐心を燃やしていた。自分をこんな風にし、屈辱と恥辱を与えたあの男へと。
ジャックが言っていた宋星からの依頼、太刀会との関係、それらは王天真からすれば今はどうでも良かった。ただ、あの男を殺すことが出来れば、それで良かった。
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