(七)情報整理

 上海に來福と言う店がある。古くからあり、上海の來福を知らぬ者は殆どいない。

 そんな店の入り口には「臨時休業」との看板が下ろされており、一見すれば人の気配など無いように思われた。

 そんな店の奥に四人が丸テーブルを囲むように座っていた。

 一人は張福成。槍竜が誇る最大の剣。

 その隣に座る二人目は周天。林大田が拾った者で、福成の付き人。

「さて、人払いは済ませた。店は今、私たちだよ」

 そう、この店が四人だけある事を語るのは李国利。來福の店主。

「わざわざ、ここまでする程なんですか?」

 最後に劉玄。

 たった四人だけの集いであるが、今から話される事はそのままの意味で、ただ事では無い。

「話をしようか。まず、太刀会の頭目は宋星だ。これについては秀伝さんから聞いたね?」

 一同は頷く。ここにいる皆が、それを知っている。

「宋星の、太刀会は政府とつるんでいるのは確かである。赤雲会を使って槍竜を襲わせたのは――槍竜をこの上海から一掃するため。これは政府から命令だろうね」

「自らは関わらず間接的に、か」

 姑息なやり方に気に入らぬ表情を見せる福成。

 槍竜を潰すため、元から争っていた赤雲会に力を貸して粉をかける。実に姑息かつ醜悪。

「どうして同じマフィアでもある赤雲会を? 政府の狙いがマフィアの一掃なら赤雲会も同じく一掃しようと考えるはず」

 赤雲会もまた槍竜と同じく裏社会に巣食う黒組織。けれど今回標的となったのは槍竜。

 劉玄は裏社会の構造を良く知らぬ。けれども、国利と福成の言う事から太刀会を指示する政府が黒組織を一掃したいと考えている事くらいは察せられた。だから分からない。どうして此度が槍竜であるのか。

「武力を持つ太刀会であれど、パッと出の組織では槍竜を相手にする事は難しい。なにせ、人脈、地脈は我らにある。対峙するには赤雲会のような既存の敵対している組織が必要」

 何故、赤雲会に力を貸して粉をかけて来たかの答え言う。これに関しては凡そと分かっていた。また、過去にそういった模範例を福成は見聞きしていたが、終ぞ前まで忘れていた事だった。

 その模範例はまだ暗殺者として生きていた頃。西の方に居た頃だ。あちらの方のマフィアとマフィアの抗争にて、これに似た事があった。そしてそれを思い出したのは、アンナと再会した時に断片としてであった。

 もう一つの疑問、どうして槍竜なのか。これに関しては絶対的な考察はない。けれども、ひとつの仮説が正しければ筋は通る。

 槍竜を知り、裏社会を長年と生きる彼の仮設。決して珍しいことでは無い、よくある事だ。それは、

「周天、中国に出回る麻薬の何パーセントが槍竜の出所か知っているか?」

「詳しくは、分からない。でも、多くが槍竜である事は」

 突如の問いに困惑する周天。槍竜がどの程度の麻薬を出し、ルートを確保しているかなどの詳細は知らない。ただ、漠然としたイメージで、大きい事は分かる。

「これを機に覚えておくといい。約三十二パーセントだ。数あるなかで、一つの組織が持つには大きすぎるだろ」

 彼の口から出たその数字は、この世界に入って日の浅い周天でも分かる。その値が大きすぎる事くらいは。

 初めて耳にする劉玄、漠然としたイメージは持っていた国利。二人は明確なその数字を聞き、互いに異なる表情を浮かべる。劉玄は驚き、国利は感情を表には出さない。

「これは手始めだろう。先に槍竜を潰し、後に赤雲会等の組織も潰す。――政府の狙いも見えて来た」

 国利の方を見つめる福成。彼もまた政府の狙いが分かって来たのだ。

「マフィアをあらかた一掃し、一掃したマフィアから麻薬のルート等を取り上げ、それを資金源とする。その先始めとして大半を占める槍竜。理にかなっているね」

 第二次世界大戦が終わり、三十年以上の月日が流れた。それでも未だ混沌と不安定な政治の中国。それを安定させ、膨大な力を得るには多大な資金が必要になる。

 大きい金となるもの。それは幾つもあるし、それを得るには様々な手段があるだろう。そんな中で一番簡単なのは、誰かが積み上げた既存の物を取り上げ、己の物としてしまうこと。

「一手、こちら側も攻め手を決める時か」

 一つ思案し、打つ手を考えた。今の状況を打開、とまでは行かないが、相手の選択肢を狭める方法。

「天。大田から此度の出方、赤雲会の対処をどう言われている?」

「……『怪我は事故として扱い、福成を動きやすくするために赤雲会への事は大々的にしない』とのこと」

「うむ。では、槍竜の幹部である我から周天に命令を下す」

 福成は初めて己が槍竜の幹部である自覚と、その責を以って一人の仲間を見つめる。

「大田殿に言伝を『赤雲会を一掃する事を所望する』と趣旨を。また、我の責任で赤雲会の一掃を開始することを部下に伝令して欲しい」

 その場に居た全員が目を見張った。

 いま彼が口にしたのは一つの組織を解体するとの趣旨だ。それをする事が何を意味するのかを当然と皆は知っている。多くの血が流され、裏社会から一つの組織の名が消えること。

 微かに震える身体。福成から下されたその命令がどれほど重いものであり、重責を負う事を周天は知っている。本来は福成がするはずの号令を、代わって彼がするのだから。まだ入って日の浅い少年が。

「まずは大田の所から行け。汝の言葉では仲間は動かぬが、大田の力を借りれば動く。それにこれは我の声であり、それを汝が伝えるのだ」

 あくまで言葉は福成からのもの。

 頷く周天。

 一同が見守るなか、劉玄が唯一と口を開いた。

「一組織を潰すこと、それが困難である事くらい分かります。それに、どうしていま赤雲会を相手に?」

「意味はある。勝算無くして考えた案では無い。言っただろ、太刀会は赤雲会があるからこそ槍竜とやり合える」

 太刀会が槍竜と戦うなかで必要な組織が赤雲会。であれば、その赤雲会を先に潰してしまえば、太刀会は使える一つの戦力を失う。

 劉玄の心配に対し、ぶれる事無く筋の通った目と声で言う。

「赤雲会を一掃する計画自体は、槍竜は随分前から計画していた。それに、着々と潰しはしていた。総戦力で掛かれば容易い」

 日本で姿を隠していた期間においても、そういった情報は部下や暗号化された手紙で把握していた。

 相手との戦力差を知っているからこその判断。だからこそ意味のあり、勝算のある案。

 皆が黙り込む。理由はそれぞれであるが、一つだけ共通している事はある。それは、誰も福成の案を否定しよう、との意が無い事である。

「李さん。上海で太刀会が根城にしている場所は?」

「前に赤雲会が集会場としていた旧道場で、『武崑崙』があったね。今は太刀会が使っているよ」

 頷きで返す福成。

 武崑崙、との名の道場はかつて様々な流派が集まり修行をする、といった珍しい道場であった。しかし今では朽ち果て、管理者も居ない旧道場となった。一時期は赤雲会が集会場として使っていたが、それが太刀会の場所となったのであった。

 椅子から立ち上がり、出口の方へと向かう福成。彼がこれから何をしに行くのかを問わなくとも、それはここに居る皆が分かっていた。

 けれども一人、彼の名を呼んで呼び止める者がいた。それは周天であった。

「福成。アンタにはここで一つ答えてもらわなきゃいけないことがある。――アンナとは、彼女とはどういう関係で、どんな付き合いをしてたの?」

 足を止め、後ろの方に居る周天たちには振り向かない。方向は変えず、背を向けたまま。

「答えてくれないと、仲間として僕は、オレはアンタを信用できない」

 初めてであった。周天は初めて福成に対し、砕けた一人称で問うた。

「そろそろいいんじゃないかい福さん。私も君の過去を知りたいし、少年の言う通りだよ」

 国利にまでも言われ、福成は黙り込むに黙れなくなった。

 向きは変えず、背をむけたまま。けれど口を開ける。

「アンナとは、彼女とは仕事仲間だった。我がまだ暗殺者、――マッド・ラインと言う暗殺組織に居た時に知り合った」

 マッド・ラインでのこと。それはまだ福成が槍竜に加入する前の事であり、西の方、つまりは中国では無く西洋にて活躍していた頃であった。

「刀の事を教えて貰った。日本好きで、腕の立つ殺し屋で、何より面白き人だった」

 周天からは福成の表情は良く見えぬが、ふと笑みを浮かべているように見えた。

「では、行ってくる。天、大田によろしく頼む」

 有無を聞かず、彼は行ってしまった。

 まだ彼に聞きたいことはあったが、それ以上を聞く必要は今では無い気がした。それがどうしてなのか周天は分からないが、不思議とそのような気がしたのだ。

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