太刀会を探れ
(一)強襲
受け取った服、そして羽織を身に付けて福成は駅に向かう前にホテルに向かっていた。
ここを去る前に会っておきたい、との想いもある。久しぶりの再会であったのに、また別れるのは辛い。でも、それと同時にそうしていいのか、との迷いもある。
赤雲会、そして太刀会の一人でもある男を殺めた。近いうちに報復しにやって来るのが筋だ。大田から自分に標的が映るようであれば助かるが、更に大田に脅威が向くようであればそれは誤算であった。
陽が上がり始めていた時であった、ホテル前に辿り着いたのは。その頃には既に雨は上がっており、地面にはいくつもの水溜りがあり、佇む福成の姿を朧げに映していた。
「帰って来たか。兄ちゃんが勝手にどっか行っちまったからボスも心配してるよ」
出向かいをしていたのは
「暫らくの間ではあるが、我は槍竜から離れる。大田の事は汝に任せる」
「それは出来ない。ボスから言われた。福成の傍にいろ、って。だから俺は何と言われようとついて行くよ」
自分がしようとしている事、危険な事、敵対勢力を追う事などと、それらをどこまで大田は知っているのだろうか。また、それらを理解した上で天にそのような事を命じたのだろうか。福成は彼ではない。そのため何を、どのような意図でそのようにしたのかは分からない。でも、きっと何か狙いがあるはず。
天を見つめる。見れば何らかの強い意志がある事は分かった。覚悟、とでも言うのだろう。
福成は考えた。この場合はどうすればいいか。これまで部下や付き人など持った事がなかった。ましてや大田の命を受けた者だ。故にどうするべきかが分からない。
「いくつか約束してくれ」
「うん。それでいいのならする」
頷く天。嘘偽りでないことを確認する福成。眼差しや姿勢からはそのようなものは感じられない。
「戦いには関わるな。この戦いは汝の身を守る事は難しい」
「それくらい分かってる。領分ってものだろ」
「そうだ。次に、我の言う事は絶対に聞け。その二つだ」
「え、その二つだけでいいのか?」
「ああ。汝の性格からして、縛られる事は嫌だろう。できるだけ善処した結果だ」
ある程度の性格と人物像を見抜いた福成なりの優しさであった。これから長く共にいるのだから、ある程度はこちらも許容しようとの事であった。故に最低限の二つまで絞った。
福成の言いつけを聞いて天は思った。彼はただ硬いだけでは無いことを。必要最低限の事しか言わないが、そこには確かに彼なりの優しさがあるのだと分かったのだ。
自分の成すべきことはしっかりと分かっている。ボスの命じた事を果たす事だ。けれど、それと同時に彼を知りたくもなったし、彼を彼として成り立たせている義和拳について個人的に知りたくなった。大田が口にした命とは別に。
「どうした。約束するか、否か」
「あ、うん。するよ。約束する」
言質は取った。とは言え、過酷な状況が続けばいくら彼でも根を挙げるだろうと福成は考えていた。そう、付いて来る事は許したが、どこかのタイミングで天を離すつもりだ。理由としては、足手まといだ。
「これから何処に行く?」
「山東省の方だ。泰安市の方に行くつもりだ。途中までは列車で行き、歩いて向かう」
「泰山駅まで乗らないのか?」
「ああ。色々とあるからな。行くぞ」
有無は言わせず、駅の方へと向かって歩き出す福成。それを追いかけるようにいそぎ足で彼の隣を歩く。
駅へと向かって歩く福成の顔を隣から天は見上げてみる。何か目的がある目つきだ。考え無しで行動をしているわけではなさそうだ。彼なりに何らかの策があるのだろう。
途中までは列車、と言ったものの実はどこで降りるかは考えていない。行き当たりの行動となるが、それにはしっかりと訳がある。それは相手に目的地を気取られないためだ。途中で下車すれば、それだけで目的地を誤魔化すことが出来るほか、尾行があったとしても巻くことが容易くなる。だからこそ行き当たりの行動をする。
駅に来た。別段と変わった様子もなく、切符も無事に買えた。行先は泰山駅となっている。
「ふーん。取りあえずは泰山駅を買うんだな」
「ああ。尾行が無ければそのまま行ってもいい。とは言え、途中で降りるつもりだ。ちょうど列車も来た、乗るぞ」
タイミングが良かった。列車が止まり、その方へと向かって歩き出す。早朝のためか人はまばら、それでもそれなりの人数がいる。人々の流れにつられて列車に乗る。
車内を見渡し、座れる場所を探して座る。付けられている様子は無い。流石に警戒し過ぎている感じもするが、太刀会がどのような組織か分からない今は如何なる場所でも気を張っているに越した事は無い。いや、むしろそうした方が得策であると福成は判断している。
二人は窓際に対峙するかのようにして座る。天は窓の外の風景を眺め、福成は人々の流れを見る。普段の流れ、いつもの日常を過ごしているようだ。
動き出す列車。風景が流れ行く窓の景色を眺めるなかで天はふと福成を見る。相変わらず何を考えているか分からない、というより感情が分かりにくい顔だ。
「なあ、アンタは槍竜にいる前はどうだったんだ?」
視線を天の方へと合わせる福成。「どう、とは?」と質問の意図を問う。
「アンタもボスに拾われたんだろ。その前のこと、拾われる前は何を?」
「詳しくは伏せるが、暗殺者として生きてた。依頼されれば殺し、見合った報酬を受け取る。そういった生き方をしてた」
「じゃあ、どうして槍竜に。アンタ強かったんだろ」
「……詳しくは伏せる、と述べた。だが、言うなれば心が弱くなった。それだけだ」
その言葉の通り詳しくは言わなかった。だがここで退かないのが天であった。
「今はどうなの。弱いまま? 今ならアンタに勝った相手に勝てる?」
今度ばかりは福成も睨みを利かせた。
「負けた、と言った覚えは無い」
「ご、ごめんって」
腰を屈め、顔を俯かせて言う。だが直後に福成が付け加えるように「そうだなぁ」と言い、目を瞑った。
今の自分と相手を比べる。状況がどうとか、腕がどうとかの前に、相手を前にして斬る、殺す、といった選択が出てくるだろうかを考えた。
「勝つ事に意味なし。意、心の内なら義に歩む」
意味の分からない言葉、真意の分からないそれに困惑を見せる。そしてそのような事を感じ取った福成は付け加えるようにして言う。
「いずれ分かる。それに、分からずとも我の意は汝の及ぶ所にあらず。理解できずとも仕方の無いこと」
会話をしているはず。それなのにどうしてだろうか、上手く会話が出来ているかどうか天は不安だった。でも、こうして質問には答えてくれる。確かな、小さな実感と彼の力を今は信じるしかない。
二人の会話はそれっきりであった。列車が走り出して、それらの会話の後は互いに口を開ける事は無かった。天は再び窓越しの風景を眺め、福成も再び辺りに気を配る。
周りと比べれば酷く静かで近寄りがたい空気が覆う。けれども他の乗客たちはそのような事など気にしない。なぜなら皆の多くが自分の事を気にするので頭がいっぱいなのだから。
ガタゴト、ガタゴト、と列車が疾る音を奏で、身体を揺らす。だがそれも駅に停車すれば止む。そう、停車した。
止まった事に対し、福成は外の様子を見た。確かに駅だ。
「暫らくは停車したままだと思うよ。最近こうなんだ。荷物車を先に行かせるために泊まるんだ。でも、荷物車が出発する時間はいつも不明確。いつ出るか分かんない」
「そうか。情報助かる」
「それくらいいいさ。俺はちょっと降りるけど、アンタは?」
「ここに居る。何しに行くつもりだ?」
天は福成に近寄り、彼だけに聞こえるくらいの声で言った。
「俺ってば手癖が悪くてさ。でも、それが俺の天命だと思うわけ」
大体の事は分かった。手癖が悪い、つまりはスリとかの類だ。福成は大きなため息を吐く。そういった事を咎める身では無いが、いささかどうかと思った。けれどもそのような事は口にせず「ほどほどにな」とだけ言って見送った。
自分が正義を語れるほどの者でなければ、そのような身で無いことくらいよく知っている。だから裏社会で生きている。でも、たまに思う事もある。自分の歩む道、生きる場所はここなのだろうか。そしてそういう事を考える時に限っていつも、福成の身の回りには何かが傍に居る。あの時もそうであったように。
大田はどうして天を拾ったのか、どうして彼は死にかけていた自分を拾ってくれたのか。深く考えるつもりなど無いが、福成は彼の事を知りたかったし、同じ目線で見たいと思う。そして彼が成そうとしているものを全て観たい。
絡まった糸をほぐすように、深い湖を泳ぐように物事を考えていたからか、突如と眠気が襲って来た。
何かが匂う。妖艶で、魅力的な。でもそれでいて危険な香り。
どこかでこの香りを嗅いだことがあるが、福成は思い出せない。思考を駆け巡らせるが、それも段々と鈍くなる。
視界がグラつく。身の回りをどうにか確認しようとするが、よく分からない。だが、感覚で分かった事がある。人の気配が殆どしない事だ。
前のめりに倒れ込む福成。どうにかして抵抗しようとしたものの、抗えなかった。
誰かが自分の前に立つのを感じた。けどそれが何者か分からず、直ぐに暗転した。
経った時間は一瞬の事、そんな風に感じ取れた。けれど実際はもっと経っているだろう。
福成はよくわからない場所で椅子に拘束されていた。
視界は薄っすらだが分かる、暗い。身体は、後ろで腕が縛られている。
声がする。聞き慣れた、どこか最近聞いた声。
「おい、おい、ってば。兄ちゃん大丈夫か」
少しずつ明確になってく。天が居た。
「ここは?」
「荷物車だ。兄ちゃんが何者かに運ばれているのを見て追って来た。何があったんだよ?」
思考を巡らせることは出来る、そこまでは回復している。この感覚は確かに知っている。名は覚えていないが、義和団、正確にはその前身組織の
「恐らく麻酔にやられた。天、紐を解いてくれ。少しではあるが、まだ麻酔が効いている」
「ああ。待ってろ、これくらいすぐに解ける。――ほらな」
喋る余裕すら見せ、天はあっという間に紐を解いてみせた。その速さは正に早業の名の通り。
立ち上がり、五感を整える。少し鈍いが支障はない。
「御香に薬を雑ぜ、匂いで眠らせた後に神経を麻痺させる。相手を拘束させるには最善手だろう。荷物車、という事はどこかに向かってるな」
「うん。今も走ってるけどよく分かんないんだ。兄ちゃんを乗せてから直ぐに出したんだ」
「最初から我を狙ってた、という事か。そして義和拳に通ずる者を仕向けた……妙手だな」
辺りを確認する。自分の武器である刀は見当たらない。羽織もない。刀はともかく、羽織を取り上げるという事は、大体の事は知っているとの事だろう。
麻酔の効果が途切れる時間は知っているはずだ。であれば早急に動き、先手を取る、取れずとも少しでも有利に動くようにしなければいけない。
「天、お前は我の刀を探せ。我はここに来るだろう相手を迎え撃つ」
「は⁉ 武器なしでどうするつもりだよ」
「元来と我は拳で暗殺していた。刀を使い始めたのは、暗殺の手段を更に効率化させるためだ。それに、命令は絶対のはずなり」
約束したことを思い出した。そしてそれと同時に疑問の念も晴れた。
天が探し始めようとした時だった。扉が開き、明かりが射した。そして人影もまた現れた。
「わ~。可愛らしい方がいるようですね。もしかしてお仲間だったりしますか?」
身長は福成より少し上か、あるいは同じか。長い髪を後ろで一つに留め、綺麗に整われている。
逆光でよく見えないが、右片手には身丈を越えた偃月刀を携えている。そしてそれは一目で分かる、彼が使う武器だ。
「んー、この場合はどうするんでしたっけ。まあ、いいですか。一人増えても変わりはありませんので」
歩み、近寄って来る。そしてそこでやっと顔立ちが分かって来た。
中世的な顔であり、女性と言われても疑いようの無い。それでいてしっかりと男性的な面も持ち合わせている。またそれ以上に綺麗に整った輪郭は実年齢よりを若く見せていた。
「天、探せ。偃月刀では分が悪い」
声色が怖いものに変わった。そして今どれだけ危険な状況にいるかについても分からないほど天は馬鹿では無かった。
刀を探すために動き出す天。それを見る謎の男。見逃すという事は、それほどに余裕と実力を持っている事だ。
「名をなんと言う。あの香といい、羽織を取り上げるという事は汝もその者だろう」
顔は笑みを浮かべている。それは敵に向けるものではなく、好意を向けるようなもの。
「僕ですか。僕は
「我を、か。だが、我は汝には従わぬ。従わせたければ、言わずと分かるだろう」
構え、迎え撃つ姿勢を取る。相手もその事の意味を汲み取り、偃月刀を構える。
「力で解決だなんて野蛮ですね」
拳で偃月刀と渡り合う、なんて発想は間違っている。まずリーチで負けている。こちらが拳を当てる前に斬られているだろう。
互いに相手の動きを待つ。どちらが先に動くかで戦いの流れが決まる。
先の一手を打ったのは継であった。
瞬く間に距離を詰める。縮地であった。
距離としては福成のすぐ隣。前では無く横に立つのは咄嗟の行動をしにくくさせるため。
横に振るわれる偃月刀。秒で行動を判断し、決行しなければならない。
ほんの僅かにある刃と持ち手の方へと繋いでいる柄の先端。そこに対して両手で張り手をするかのように押す。
ほんのちょっと、少しだけ後ろへと下がった。その隙を追撃しようと前へ出る。
「ん~。大胆ですが悪手ですよ」
喋る余裕と共に来たのは足蹴りであった。
初めから押される事を想定していたのか、福成の追撃の拳が届くより前に継の蹴りが腹部に当たる。
瞬時の受け身は間に合わず、後ろへと飛ばされる。軽く足蹴りされたように見えるそれは、致命傷では無いが確かな一撃を福成に与えた。
膝を着き、立ち上がる。
こちらの行動に合わせての反撃、あるいは見据えた行動。この感覚が何であるかくらいは分かった。
「なるほど。
「褒めてくれるんですかー。嬉しいですね。受け身のついでに覚えたものなので自信が無いんですよ」
自信が無い、そんなはずは無い。もしも無自覚で言っているのであれば恐ろしい。反とは相手の一手先を読むか、その場で瞬時に最善手を決行する技である。だが継の反は二手先の事を読んだうえで瞬時に最善手を考え、決断した。最初の一撃は恐らく、福成が拳であるため反撃をして来る事を読んだうえで仕掛け、この状況を作ったのだろう。
「できれば無傷がいいんですよ。それに、報復が目的じゃありませんよ」
「ならば尚更。仲間を思わぬ者たちに協力しようと思うか?」
縮地であれば負けぬ自信があった。
距離を詰める。反撃されにくい一撃をするために。
福成の縮地。それを見抜くことは出来ず、継は背後を取られる事を許してしまった。
背中に拳を優しく据え、吹き飛ばしの一撃を入れる。
背後の攻撃に成すすべなく、大きく後ろにと吹き飛ばされる。受け身を取るにも衝撃は強く、壁にとぶつかる。
埃や煙が上がると同時に天が福成の視界に現れた。
「刀と羽織、見つけたよ」
よく見れば右手に刀を、左手には羽織を持っていた。
相手とは十分な距離がある。退くか、追撃するかを選ばなければならない。
刀と羽織を取り戻したとは言え、今の段階ではどちらが有利なのか眼で見るよりもはっきりしている。故に決断は。
「天、行くぞ。ここに留まる意味は無い」
「で、でもどうやって。だってここは――」
その先を言う前に福成は天を抱え、今いる部屋から抜け出す。そうすると外の風景が広がる。
さっきまで居た所はどうやら車両の一番奥。今いるのは車両と車両を繋ぐ間であり、外に居る。
流れ行く風景を見て、タイミングを計って飛ぶ。
飛び立ち、荷物車から去って行く二人をただ傍観する継。
任務は失敗に終わったが、彼の顔はそのような事を気にしているようなものでは無かった。彼は終始と福成の事を考えていたのだ。
あの縮地は、見破れなかった。あらゆる攻撃を見極め、あらゆる最善手を決めて来た。それなのにあれだけは出来なかった。
「ん~、楽しかった。任務は失敗でしたが……些細な事ですね」
福成を連れてくる、それが当初の目的であり、継の任務であった。それがどうしてなのかは詳しく教えて貰えて無いが、問題なのは彼が殺されるか、殺されないかだ。あれほどの力と技量を持つ者を失うのは、継にとっては悲しいことに思えた。
まだ視線は福成が飛び降りた場所にあった。
次に会って戦う時は万全な状態で、お互いに本気を出して戦い、比べ合いたい、と継は思ったのであった。
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