(三)再び鬼となり、剣を抜く

 はらりと舞う血と叫び声。福成はたった一振りの刀で集団を相手にとしていた。

 相手は多数、なのに不思議な事に傷一つ無く、それどころか疲弊している様子は無い。斬っては突き、斬っては突きを繰り返し、そうと思えば肩で相手にぶつかる靠撃こうげきのような技を繰り出し、相手の体を崩す。

 一方的とも言える戦い、いや、戦いとも言えぬその光景はあまりにも残虐的ながらも効率的であった。

「汝等のボスは何処だ。言わぬなら斬る」

 わざと一人だけ生かしておいた男に刃を突き出して脅す。その者は口を割らず、ただ顔を横に振るだけであった。

 更に刃を前に出し、首筋を軽く刺す。すると男は指で上を指した。

「そうか。時間を取らした」

 刃を離し、男が安堵したのを確認する。そしてその途端、一瞬の事であった。福成はその男の首から腹にかけて真っすぐと剣筋を入れて斬り殺した。

 今ある感情は殺すだけであった。ただ斬って殺し、必要な情報を手に入れるための行動をしてその後は殺す。友の生死を脅かした者への報復、あるいは怒りを鎮めるにはこれしか知らない。そのために福成は効率よく殺すと同時に恐怖を与えるのだ。

 息を整える。例え疲弊していなかったとしても、呼吸をあるべき仕方にと整えるか整えないかで大きく変わる。

 上へと向けて足を動かす。下と比べれば上の階層は人が居ない。それどころか廊下の灯りが付いていない。

 人気ひとけの無い階にて神経を尖らせ、気配を探る。見つけた。一部屋だけ、微かではあるが熱気と音を感じた。一番奥の部屋、人数は二、あるいは三人だろう。今の段階で福成が確信を得られるのはここまでであった。

 人数はどうでもいい。居るという事だけが重要であった。

 足音を立てず、ゆっくりと近寄る。焦る必要は無い。倒すべき敵はもう目の前にいるのだから。

 扉を勢いよく開ける。人数は三人。奥に一人、その前に左右二人。

 驚き、慌てる三人。何かやり取りをしていたように見えるがそんな事は気にも留めず、一番奥の男に向かって襲い掛かる。

 咄嗟に男が取った行動はナイフを取り、構える。だがそれで福成を止める事などできず、刀でナイフを弾き飛ばされる。そしてそれを左手で取り、彼の右肩にと刺す。

 もがく男性。それを見る二人のうち、先に動いたのは左側に居た者であった。

 殴り向ってくる者、それを刀で受け構える者。拳が後わずかで届こうとする刹那、一寸の間で避け、こちらに向かってくる勢いを逆手に取って刀で突き、心の蔵を貫く。骨と骨の間を抜いた一撃であった。

 刀を抜き取る時であった。もう片方の者が直ぐ目の前まで来ていた。

 一撃が来る、そう悟り、刀から手を離してその場を退く。攻撃は空に当たり、福成には当たらなかった。

「いい判断だ。お前、ただ者じゃないだろ。なにせここまで一人で来たんだ、分かるぞ」

 今まで相手して来た者とは何かが違った。そう分かる程にこの相手は違った。

「福成、張福成。お前の名を聞こう。それなりの武を修めていると見た」

 そうだ。ここまでの相手は何とも無かったが、この相手からは功夫を感じた。他と比べて違うのはそういった点だ。あの動きはただの喧嘩強い者の動きでは無かった。素早く距離を縮めたアレは、縮地に似た何かであろうか。

「ふん。どこのワッパか分からんが、この方は王季おうきと言って縮地の使い手よ」

 自慢げに言うのは先ほどナイフで肩を貫いた男。未だに壁を背に地に座り込んではいるが威勢は良く、二人の様子を眺めていた。

「自己紹介は旦那がした。他に聞くことはあるか?」

「ある。お前が大田を襲い?」

「そうだ。俺がやったよ。旦那に雇われ、太刀会たいとうかいの命でやった」

 太刀会、聞き慣れぬどころか聞いた事の無い名前が出て来た。だがそれも些細な事だ。これで相手から確証を得られた。それで満足だ。

「それで、聞きたい事はこれだけか?」

「ああ、そうだ」と呟く。声と、身を動かす微かな音をその場に置き去りにする。瞬きの間に季の目の前にと現れ、彼の顔を力強く掴む。

 たった半歩のように見えたその動き。何かの見間違い、そう思いたかった実際はこうだ。この縮地は自分のものよりも速い。王季が何年も亘って修得したものよりも遥かに練度が高く、完成されていた。

 掴む手を更に強める。抵抗しようにもその手から逃れることは出来ず、季を壁にと叩きつける。

 失神し、膝から倒れるのを確認する。改めて刀を抜き、ゆっくりと残った男の下へと近寄る。男は酷く慌て、後ずさりをする。もちろん後なんかに下がれるわけもなく。

「た、助けてくれ。金ならいくらでもやる。だから――」

「お前の名は?」

「わ、わ、私か。私は王天真おうてんしんだ。王季とは遠い親戚で……太刀会に紹介して貰っただけだ。つまり私は……」

「聞かれた事だけ答えろ。血の通った家族は?」

「はえ?」と間抜けな声を漏らす。

 いまいちと見解を掴んでいない天真の腕の皮を刀で掠め、ちょっとした刺激を与えて繰り返し同じ質問をする。

「三人です。妻と子、母が一人。それがどう――」

 たった一瞬のうちであった。片腕を斬り落とし、その次に残った腕に繋がる親指を斬り落とす。

 溢れる血と転がり落ちる親指。悶絶し、声にも成らぬほどの叫びが響く。

 見下ろし、苦しみ喚く者を無情の顔を向ける。

「残った四つの指は家族のためだ。だがそれは槍竜を襲った事への報復だ。大田の報復ではない」

「頼む、頼む……命は、命だけは助けてくれ。それ以外は何だって」

 涙目で懇願する。けれどもそんな事すら気にも留めない。

「お前を助けるのは我では無い。お前の家族、仲間だ」

 首下、右腕の付け根を突き、左腹部をかけて横に斬る。すればそこから血がじわじわと溢れ出る。

「三時間だ。二時間以内に助けが来なければ、お前は出血死する。それがお前の天命だ。それまでここで足掻き、苦しめ」

 おまけと言わんばかりに、刀で右足を突く、斜めにえぐる。そして壁に叩きつけられ、地に転がる季の首を斬り落とす。これで完成だ。

 久しぶりに多くの者を一日で殺した。こんなに短時間で人を殺めたのはいつぶりだろうか。詳しく覚えてないが、鬼として身を殺していた間はそんなに多くはしていないはずだ。

 外を出る頃には雨が降り出しており、雨水が地に落ちる音色が夜街を奏でる。

 静かな足取り。ずぶ濡れになっているが、そんな事は気になるものではなかった。それ以外に気に留める事があるから。やるべきことはやった、なのにどうしてか心のモヤが晴れない。未だ霧は明けぬ。

 來福の店までやって来た時だった。店前で国利が傘を差して立っていた。

「お帰り。茶が出来たとこだよ、飲んで行きな」

 そこでやっと福成は思い出した。自分は帰って来たのだ、と。

 コクリ、と頷き、国利の後ろ歩いて店の中に入る。

 店内は最低限の照明しか付いておらず、すっかり店仕舞いであった。そんな中に椅子と机が出されており、あたかも福成を待っていたかのようである。

「服の方は出来てるよ。きっと、帰り際に寄ると思ってね」

 そう言って服を一着差し出す。それを受け取る福成はまじまじとそれを見る。そして今まで着ていた羽織を脱いで国利に渡す。

「この羽織を、前に預けていた物と交換してくれ」

「そう言うと思って蔵から出しといた。下を見てごらん」

 机の下の方を指し、福成はそこを見てみる。するとそこに籠があり、懐かしい物があった。

「戻って来て、あの顔を見せた時から予感していたさ」

 籠にある物を手に取る。その羽織は父から受け継ぎ、自分の道を示す物の一つであった。自分が義和拳を使う義和団の一人としてのシンボル。

 これを身に付ける事、それが意味指すのは槍竜ではなく義和拳を使う武道の道を歩む者、あるいは義和団の一人。

「ありがとう、国利。我は貴方に助けられてばかりだ。その上で教えて欲しい。太刀会たいとうかいについて知っているか?」

「太刀会……知っている。呼ばれたのかい? 私の所にも参加しないか、との声が掛かったよ」

「いや、呼ばれたわけじゃない。大田を襲った奴がその名を口にしていた。何なんだそいつらは?」

「私が知っているのは武道家たちを集めているってことくらい。かつて義和団であった者たちを主にね。最近になって現れたにしては妙に勢力のある武力派だよ」

 武力派、その言葉を聞いて少しは納得した。あの時に戦った者が武道に通じていたわけを。武力派の組織の殆どは武術を嗜んでおり、流派の家門から生じたものもある。

 赤雲会は太刀会と何らかの関係を持っていた。そして太刀会の命で大田を襲った。それらの事を考えるのなら敵は太刀会だろう。義和団の者たちを主に集めていると言ったが、それは何故だろうか。福成は皆目そこが分からなかった。

「悩んでるね。頼むのであれば、探るよ」

「太刀会について調べてもらえるか。我は山東省辺りに行ってみる」

「分かったよ。あそこなら多くの同胞たちがいる。恐らく太刀会もいるだろう」

「うむ。会いたい人も居るからな」

 互いにやる事を決め、目標も定まった。また別れる事となるが、今度は前とは違う事があり、同じこともある。違う事は、明確な敵がいる事だ。同じことは、再び鬼となる事だ。太刀会がこれ以上に槍竜と関りを持つ前に。

 戦う事は慣れている。だが、一人で組織を相手取って戦うのは初めてだ。長く、果てしない戦いになるだろう。覚悟は出来ている。とっくの昔に、大田に拾われた時から。

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