第6話 腐女子

(叔母さん!)肥満はしているが、行方不明になった叔母の緑川鈴華に、そっくりの体つきだった。近づいてきた、その女性を見ると顔は、しかし全くの別人なのだった。ただ、歩き方まで叔母にそっくりだ。もしかして整形手術をしたのかもしれない。鈴代は、その女性に近づいて、

「叔母さんでしょう?鈴代ですよ。」

「え?人違いですよ。わたしは、全然、貴女を知りませんし、」

「どうも大変、すみませんでした。」

にこりともせずに、その女性は行き過ぎた。

その女性は、田宮可奈である。可奈は(緑川鈴華に似てるわね。親戚か何かなのかしら。)と思っていたのだ。そうなら少しまずい、いや大いに、まずいとはいえ、あれが、ばれる事など、ある訳が、ないのだ。でも事実を言ってみた所で、それは誰も信じはしないだろう。又、そんな事を言えば、自分は狂人かと思われるに決まっているし・・・。実際の話、あの女性は今日始めて見たのだ。もうかなり前の出来事、ユナが生まれる前の話なのだ。

緑川鈴華の行方を可奈は知っているわけだが、それは誰にも、いう必要など、ないのだ。


浜野貴三郎は、原町田のアパートで独り暮らしをしているのだが、洗濯物が、なかなか乾かないため、コインランドリーの乾燥機に入れる事にした。(町田って、なんで、こんなに洗濯もんが乾かんのだろうか。熊本なら、すぐ乾くのに。)

東京都町田市は、まるで盆地のようなところである。

北に多摩川が東西に流れているため、というのもあるかもしれない。そこで何となく、陰鬱な感じが、しないでもないのだ。東には神奈川県の、こどもの国があり、西側には相模原市がある。

JR町田駅を西側に下りて少し行くと小さな川があり、それを渡ると相模原市だが、かなりな勾配の坂道が上へ登っていく形だ。それでJR町田駅には神奈川県相模原市からも人は電車に乗りに来るし、町田駅近辺でショッピングもしていく。

浜野は緑川鈴代というセレブと会えたわけだが、鈴代は世田谷の女性で、町田にはセレブな女性は、あまりいないというのが実情だ。

(今度、世田谷に行って鈴代さんと会いたいなー。)

と浜野は、乾燥機から洗濯物を取り出しながら思った。

(でも、会ってくれん、のじゃなかろうか。)

町田は独身女性は小中高生ぐらいで、女子大生もいるとはいえ、浜野には、もっと大人の女性が魅力的だったが、町田は既婚者が多いのである。

死んで又、この世に生まれ変わる。

それは人によって時間は、違うのだろう。死んで、いくらも経たないうちに生まれ変わる例もあるのだろう。田宮真一郎は妻とはユナが生まれて以来、没交渉となっていた。今、ユナは十九歳なのだから、それは、かなり長い期間となる。

専門学校の帰りにユナは、制服姿の女子高生に呼び止められた。暗い小道で一人歩いていたので、物陰からその少女が飛び出してきたのには彼女は、ハッとした。

「あなた、田宮ユナさんでしょ?」

「ええ、はい、そうですよ。」

「あなたのお父さんは、てとも有名な画家ですね。」

そう問いかける少女、といっても豊満な体に発育している彼女が、にこりとした。

「ええ、あなたは父のファンの方?」

「それは違うのよねー。だって田宮真一郎とは、私の父なのです。」

「ええっ?ほんとうに!」

「でもねー、あなたはですね、私の姉では、ないのです。」

「それは、どういう事ですか?」

「え?どういう事って、あなたには、もうおわかりの、お歳ではありませんか。」

ユナは頭の中に、何か人の手を入れられたような感覚がした。

「だから、だから何なの?あなたは、何が言いたいのよ。」

「あなたも真実を知った方が、いいのでは、ないかしら、うふふ。」

腐女子、という言葉が、ユナの頭の中にポカンと浮かんだ。

「何だか、面白い冗談ね。でも、私、忙しいのよ。そこをどいて、くださらない。」

「いいえ、どかないわ。あなたが、私を認めるまでは、ね。」

「え、認めるって何を?」

「私が真実の田宮真一郎の娘で、あなたは、そうでは、ない事をよ。」

「一体、あなたは、何を言っているのかしら。わたしは、わたしの父の家で育てられたのよ。あなたこそ、何よ、一体。」

「それでは、あなたには、まだ何も知らされて、いなかったって事ですね。」

「何を知るも何も、あるもんですか。そういう遊びが今、あんたたち、女子高生で流行っているのね。」

「いいえ。わたしの母は、キャバクラに勤めていたの。その時、お客さんとして父が来て、それで深い関係になり、母は私生児として、わたしを産んだのよ。ふん。」

ドーンと銀河系の最も近くのところの恒星が、突如として爆発したような衝撃をユナは受けた。

「だ、だからといって、ね。それじゃあ、あなたの苗字は、なんなのよ。」

「わたし、剣上(けんじょう)エリ、っていいます。以後、お見知りおきを。なーんてね。」

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