第18話 戦士の休息

 マッテオの父は舞踏会の来客達へ呼び掛ける。


「エレメル家主催の舞踏会へお越しの皆様。大変、お見苦しい物を見せてしまいました。今宵はまだ、月の女神も楽しんでおられる。お帰りの際は手土産もありますゆえ、この宴を存分にご賞味下され」


 それを聞いた貴族達は見てみぬフリなのか、何事も無かったように散り散りになり、談笑し出した。

 貴族の父は息子の肩に手を置くと、一言添える。


「マッテオ。後で話がある」


「しょ、承知しました」


 立ち尽くすマッテオを置いて、父は来客へ笑顔で挨拶に回る。


 私たちは知らなかったけど、この状況を見て自身を奮い立たす者がいた。


「アラベラ……コレば、いげねぇだ」




 来客や兵士に白い目で見られながら屋敷の外へ出ると、師匠のダーケスト様は門の側で崩れ落ちた。


「師匠ーー!? やだ! 師匠が、師匠が死んじゃう! いやぁあ!!?」


 夜は深まり、傾く三日月が他人事のように見ていた。

 ダーケスト様は手で静止してから口を開く。


「落ち着け……人間の力でやすやすと冥土に送られるほど、やわではない」


 アラベラ嬢も駆け寄り心配する。


「ダーケスト様!」


「すまんな、アラベラ嬢。借り物のタキシードをダメにしてしまった。後で弁償を」


「そんなことはどうでも良いのです! お体は?」


「大丈夫だ。見ての通り、ウドの大木は頑丈だけが取り柄でな」


 彼の皮肉に私は涙をぬぐいながら笑う。

 一人で立ち上がるとダーケスト様の左腕が、振り子のようにフラフラと左右に揺れていた。


「コレは、いかん……肩が外れたか」


「いやぁああ!!? しぃーしょぉ~~!? 師匠の腕が外れたぁあー! もう、研魔職人の仕事ができなぃー!  私が師匠を養わないといけないよぉー!! アダヂがんばりまずぅー!!」


「ええぃ、黙らんか!? これぐらい……ふんぬ!」


 師匠は右手で脱臼した左腕を掴み、持ち上げて力ずくで関節をはめ込んだ。

 拳を握ったり腕を曲げたりと、はめ込んだ腕の調子を確認している魚人へ、令嬢は聞いた。


「どうして? なぜですか? ワタクシの為に、ここまで身を投げ出し下さるのですか?」


「アナタは我の大切な顧客だ。ただ、それだけのことさ」


「ダーケスト様……」


 魚の顔に似合わず、キザなセリフを言い終えた師匠は、私へ魚眼を移し。


「弟子よ。祭りは充分に楽しんだであろう? 家に帰り早く床に着きたい。明日も仕事だからな」


「はい!」


 アラベラ嬢が気を利かせて待つように言った。


「今、帰りの馬車を用意いたしますわ」


 小走りでその場を去る彼女の足を、静止する男性が現れる。


「ア、アラベラ!?」


 そこには、痩身で肩幅は城壁のように広い、たくましい男性がいた。

 黒い短髪は宝石のオニキスに見えるほどつややかで、日焼けした肌は夜でも日差しのような明るさを蓄えている。

 顔は岩の彫刻で作られたかと思えるくらい、強い男性の理想的な造形だった。

 子息マッテオもそうだったけど、高貴な軍服を着ていることから、身分の高い軍人の家柄に違いない。

 何より、その黒い瞳を持つ目は自信に満ち溢れ、情熱的な眼差しで令嬢を見つめていた。

 長身の彼をアラベラ嬢はいぶかしげに見返す。


「どなた?」


「そうだよね……覚えでないよね。オラのごど……」


 アラベラ嬢は視線を反らす彼の顔をマジマジと眺め、驚きを隠すように手を口に添えて聞いた。


「まさか、ズデンカ? ズデンカ・マンドリカ?」

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