第17話 時の終わりの劇

 師匠のダーケスト様は反抗する訳でもなく、ただただ衛兵が持つ槍の柄で殴られ、床に伏せる。


 私はこの世の破滅を見せられたように叫んだ。


「やめて! お願い、やめてぇえ!!」


 気が動転した私が師匠へ駆け寄ろうとすると、ダーケスト様は「来るな!」と恫喝。


 わかってはいた。

 私のような非力な娘がこの身をなげうったところで、止めることはできない。


 師匠のダーケスト様は人間とは違う魚人。

 多勢とはいえ、人間の力でどうにかなるほどの存在ではない。

 ダーケスト様はあえて、人間がもたらす暴力に耐えていた。

 なぜなら、これ以上騒ぎを大きくすれば、国の法律に裁かれ、弟子の私や舞踏会へ招いたアラベラ嬢に迷惑がかかるから。


 その身を持って私たちを守っている。


 アラベラ嬢は走って子息マッテオの腕を掴み懇願する。


「マッテオ様! 衛兵の方々に止めるよう指示して下さい。お願いします!」


「うるさい!」


 マッテオは令嬢の掴んだ腕を振りほどき、説得を拒んだ。


 この惨状を誰一人、止めることが出来なかった。

 そんな時、この無慈悲な暴力を遮る声が会場に響いた。


「マッテオォー!」


「父上!?」


 思わず衛兵も攻撃を止めた。


 樽のようなお腹と軍服に身につけた数々の勲章を揺らしながら、ふてぶてしく歩く男性。

 髭を蓄えた中年はマッテオの父。

 つまりは現当主のエレメル伯爵。


 マッテオの父は厳めしい表情で子息の元へ来た。


「マッテオ。兵から話しは聞いたぞ」


「はい、あの魚人が僕に無礼を働き……」


「この恥晒しがぁ!」


「は、はい?」


「遥々、海を渡りこの場にお越しになれた客人の方々もいるというのに、心の穢れを見せつけるとは、我が一族の面汚しだ! エレメル家始まって以来の羞恥」


「で、ですが、それは僕ではなく、この魚人が怪しい魔術でたばかったもので」


「だからなんだと言うのだ! それで一族の汚名返上が成されるわけではない!」


「あ、あまりにも無慈悲な……」


「ええぃ、見苦しぞ、マッテオ!」


 この内輪もめを目の当たりにした、貴族貴婦人はヒソヒソと話を始め、次第に広がって行きます。


「以前から子息の悪趣味は度が過ぎていたからな」「いやですわ。華やかな舞踏会で、あんな穢らわしいモノを見せられるなんて」「エレメル家は息子の代で地に落ちたか」


 会場の空気を察したマッテオの父は、事態を素早く納めることに努めた。


「衛兵! その魚人をつまみ出せ。異人風情が、神聖な我が屋敷を土足で踏み荒らしおって」


 当主の指示で二人の兵士が師匠の両腕を掴み、運び出そうとするも、岩石のような重さに苦渋の色を浮かべた。


 すると師匠のダーケスト様は掴まれた手を振りほどき「自分で出て行ける」と吐き捨て、会場の扉へ歩いて行く。

 私は師匠の腕を自分の肩に回して、彼の歩みを支えた。

 マッテオはまだ不満が尽きないのか、父親に噛みついた。


「父上!? なぜ王国の兵士に突き出さないのですか? 逮捕して法の裁きを――――」


「バカ者! そんなことをすれば、王国中にエレメル家の醜態が晒される。我が軍閥の家は国王の信頼を失うかもしれんのだぞ」


「あの無礼者を見過ごすのですか!」


「いい加減にしろ! もはや子供の悪戯ではすまないからな。大体、異人を舞踏会へ招き入れた者は誰だ?」


 アラベラ嬢がすかさず話へ割って入った。


「わ、私がお招きしたお客様です」


「ヴァルトナ嬢、失望したぞ。そなたはもっと、礼節をわきまえる女性と思っていた」


「申し訳ありません……」


「残念ながら、そなたの父上との仲はここまでだ……息子との婚約も諦めてもらう」


「…………はい」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る