第13話 婚約者アベンジャーズ

「きゃー! もう、ヤダー」


「弟子よ。なぜ、お前がはしゃぐ?」


「だってぇ~、人の恋バナを聞くのってぇ、楽しいじゃないですかぁ~。自分も恋愛してる気分になるじゃないですかぁ~」


「お前はお手軽なヤツでいいな?」


「アラベラさん! 本当に素晴らしいお話です。なんだか切ないけど心の奥が暖かくなって、スゴく特別な気持ちになりました。宝石のように大切にしたい思い出とか、変えがたい物と言うか」


 私は気持ちの高ぶりを言葉で言い表せなかった。


「あーもう! 師匠。上手く言語化できません。こういうの、なんて言うんですか?」


「あ?」


 師匠のダーケスト様は私が言わんとしていることを読み取り、代弁しようとしてくれる。


「お前が言いたいのは、つまり――――」


 そこへ唐突にやって来たのは。


「おやおや? これはバナナ男爵の娘、アリババじゃないか」


「ヴァルトナ男爵の娘、アラベラですわ」


 アラベラ嬢の前に現れた若い貴族の男性。

 金銀に飾られた軍服を着て、腰には複雑な装飾が施されたサーベルを携えている。

 他の貴族とは存在感が違う。


 金色の髪はマリーゴールドのように全体が跳ねており、毛先の遊ばせた方からナルシストな性格をニオわせた。


 刃物のような鋭い切れ目に、緑色の瞳を持ち合わせているものの、その色は翡翠ひすいの美しさとは程遠い、底がどこまでも深い、濁った沼のような緑色に見えた。


 頬からアゴにかけたラインはワイングラスのように整っているものの、真っ白な頬はガラスに思えるくらい、冷たく固い張りを見せる。

 薄い唇は女性のようにしっとりした質感を持ち、その潤いに嫉妬してしまいそう。


 つまり、道の通りすがりに出会えるような、イケメンではないということだ。


「あぁー、失礼。僕としたことが名前を間違えてしまった。何せ、君みたいな婚約者候補は星の数ほどいるからね。彼女達はまるで、過ぎ去る流星のように、僕の前に現れるものだから、覚えてられなくてね」


「ダーケスト様、クラヴィス様。ご紹介します。こちらエレメル伯爵のご子息、マッテオ様ですわ」


 エレメル伯爵。

 この舞踏会を主催した軍閥の一族。

 私は恐縮しながら深く頭を下げて挨拶してるのに、隣にいる師匠は指で頭をつっつかれた程度にしかお辞儀をしなかった。

 それが気に触ったのか、早速、貴族の子息に目をつけられる。


「なぜ魚人が貴族の舞踏会に参加している? 汚らわしい異人風情が」


「ワタクシがお招きしたお客様です」


「君が? どういうつもりだい?」


「どうとは?」


「エレメル家主催の舞踏会だ。僕や親類の許可なく、得たいのしれない者を招くとは、随分と偉くなったものだ」


 それを聞くと一村娘の私は、急にこの場に招かれたことが、恥ずかしくなってきた。

 身分をわきまえることなく浮かれて、この場所がどういう集まりか知らずにいた。


 ここは貴族の社交場。

 生まれた時から平民とは違う世界に身を置き、贅沢を飽きるほどたしなみ、国の政治に影響力がある。


 おなじ人間ではないことを痛感した。

 どんなに着飾っても、兼ね備えている物が違い過ぎる。

 貴族の子息マッテオは嫌味ったらしくアラベラ嬢に詰め寄る。


「勘違いしないでほしいな。婚約者ではあるが、君は僕の妻になったわけではないのだ。我が一族の令室に収まる資質を試されているに過ぎない。いわば小手調べというところか。勝手が過ぎると我が一族に泥を塗る」


 貴族の子息マッテオが指を鳴らすと、その後ろにズラリと女性が並ぶ。

 みんな、赤、青、緑、黄色、各々の個性を彩ったようなドレスに身を包み、造園の花を思わせた。

 まるでマッテオを彩る背景だ。


 それを見た師匠が私へ耳打ちして聞いた。


「弟子よ。あの群れはなんだ? 婚約者アベンジャーズか?」


「何わけわからないことを言ってるんですか? ちょっと黙ってて」


 子息マッテオは両手を広げ、背にならぶ彼女達を見せびらかし、まるで唄うように語った。


「見ての通り。君だけに婚約者が限定されているわけではない。もっと、わきまえてくれないか?」

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