第9話 創世記 ザ・ジェネシス

 日も暮れて場所を運転する執事は、ランプで馬の先を照らしながら、夜道をのんびり進んでいた。


 アラベラ嬢の馬車は鉄柵の門で警備する衛兵に止められる。

 馬車の窓からアラベラ嬢が衛兵に挨拶をした。

 鎧を着て背丈よりも倍近く長い槍を持つ衛兵は、アラベラ嬢と私へニコやかに挨拶を返した後、奥の席へ座る師匠へ目を移すが、その態度が急変。

 厳しい口調で言う。


「おい、そこの魚人。ここは貴族と関係者しか通れん。"異人"は帰れ」


 衛兵の目は師匠に対して明らかに敵意を示してる。

 アラベラ嬢が割って入り、場を納めようとする。


「ワタクシがご招待したお方です」


「貴女の?」


 衛兵は困り顔を見せたものの、態度を変えなかった。


「残念ですが異人を通す訳には行きません」


 師匠は「令嬢殿、我はここまでのようだ」と言い、馬車のドアへ手をかけた。

 ここまで一緒に来て帰らせるなんて、こっちの方が困る。


 どうしたらいいのか解らず、私がオロオロしていると、アラベラ嬢が「お待ち下さい」と言って衛兵を説得する。


「ワタクシ、ヴァルトナ男爵の娘、アラベラと申します。婚約者候補と言えばお分かり頂けるかと?」


 それを聞いて衛兵は再び困り顔を作り、どう対処していいのか、別の衛兵を呼んで相談し始めた。

 アラベラ嬢が囁くように言葉を挟む。


「ワタクシがお呼びした大切な御人ですわ。ここでお帰り頂くなど、それこそ無作法。ここはワタクシの顔に免じて、お通し下さい」


 衛兵は折れたのか、別の兵士に通すよう一声かけて、無事に馬車は進みだした。


 去り際、別の衛兵が「面倒が起きても知らんぞ」と言う愚痴が聞こえた。


 軽快なひづめの音に、しばらく間を持たせた後、アラベラ嬢が心苦しそうに師匠へ謝罪した。


「申し訳ありません、ダーケスト様。ワタクシの配慮が足りず」


「気にするな。ある程度、解ってはいた事だ」


 師匠が気にしなくとも、弟子の私は気になるんだけど?


「さっきのはなんですか? 異人がぁ~とか」


「お前は何も知らないのか?」


「知りませんよ」


「弟子よ。もう少し、学びの視野を広げたほうがいいな」


 馬車が目的の場所へたどり着くには、まだ時間がかかりそう。

 その時間が退屈しないよう、師匠は語り始めた。


「人が住む世界には魚の顔した者達もいれば、牛や羊の顔をした者もいる。それらは人と同じ言葉を喋り、時には人以上の知力を発揮する。種を区別する為に人間があてがった名こそが【異人】だ」


 歴史にそこまで興味ないから、知らなかった。

 それに牛や羊の顔をした人たちは、町で出会うと挨拶もしてくれるし、楽しくお話もするから、人間とか異人とか気にしたことなかった。


「だが、どんなに人の言語を喋り、持ち前の技術で世の中に貢献しようと、人間と見た目が違う異人は人の社会に受け入れられなかった」


 言われてみると、私もダーケスト様の元へ弟子入りする前は、魚の顔をして言葉を喋る師匠を怖い人だと思った。


 食べられるんじゃないかって。


「なぜなら、人の創世記に記された内容に、神は世界を作った後、最初に人間を創造し、その次に異人を作ったとあるそうな。人からすれば、異人は後から来た世界の居候。それゆえ、先に住んでいた人間達へ、何でも明け渡さないといけないと記されている」


 私は我慢できずに師匠の解説を遮る。


「そんなの変です。全部、人間が師匠のような異人に一方的に押し付けているだけですよね?」


「そうだな、お前の言い分は芯を食っている。だから一世紀近く前に人と異人の争いがあった」


「戦争ですか?」


「戦争か……そうかもしれんな。大昔の異人達は生きる権利を勝ち取る為、人間、主に貴族や王族に対し抵抗運動を起こした」


「師匠もその運動に参加したんですか?」


「我は仕事が忙しかったのでな……」


 妙に歯切れの悪い言い方で返された。


「それで師匠は貴族のことを、あまり良く思ってないんですね?」


「あぁ、それを語ろうとしたが、お前にエラを引っ掴まれたのでな」


「えぇ~と……ごめんなさい」


 アラベラ嬢が表情に影を落としながら言う。


「大変、申し訳ありません」


「なぜ、令嬢殿が謝る?」


「私達、貴族が異人の方々を迫害した歴史は拭えない事実です。それが先ほど門で起きた出来事ですから」


「アナタが気にやむことはない。すでに過ぎ去った遠雷えんらいのような話だ」

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