第8話 この神聖なお転婆娘
「へ? し、師匠……今、なんて?」
「我は人がゴッタ返す場所は苦手でな。そもそも、貴族という人種が嫌いなのだ」
目の前に貴族の令嬢がいるのに、よくもまぁ、ハッキリと言ったものだわ。
「師匠は何で貴族が嫌いなんですか?」
「連中は研魔士を下郎の仕事と見下している。お前の世代は知らんだろうがな、その昔――――」
目上の昔話が始まったら老害の入り口だわ。
私は魚人である師匠の首に視線を移す。
後ろのアゴの下に亀裂があり、退化したエラが垣間見えた。
私は、そのエラに下から手刀で片手を突っ込む。
「えい!」
「グボォオ!?」
師匠の呼吸が止まり魚眼は飛び出しそうなほど見開かれ、今にもこぼれ落ちそうだ。
私は掴んだエラを少しだけ引っ張ると、声を失った師匠の口はパクパクと動き、それに合わせて腹話術をカブせる。
「アリガトウ。絶対、必ズ、命ニ変カエテモ参加スルヨ」
令嬢はこの茶番劇に唖然としつつも、返答に喜んでくれた。
「お、お受けくださり感謝いたしますわ」
舞踏会は夜始まるので、日が暮れる頃に工房の仕事を切り上げ、令嬢から借りたドレスとタキシードを慌ただしく着る。
よく研磨された立ち鏡の前で何度も確認。
夏に咲く
こんなにフリルだらけの服を着るのは生まれて初めて。
まるで太陽を編み込んだ布に包まれた気分になる。
肩も露出させて、ちょっと落ち着かないけど、今日くらいは大胆に立ち回りたい。
スカートは長くて床に裾が着いているから、歩く時は掴んで丈を上げないと。
靴はドレスの色に合わせた黄色のハイヒール。
初めて履くから歩きがギコチない。
貴族の人はいつも、こんな感じで歩くのかな?
かなり歩きにくい気がするけど。
いつもはお団子を作って桜を咲かせたヘアースタイルだけど、今日は下ろした髪を耳の後ろで一束にして、ハーフアップで淑女に近づけるよう仕上げる。
頭の右側にライトピンクに染まるバラのコサージュを乗せ、さらに気品を備えた。
すっかり気分はお姫様。
弾む心が自然と浮き足立たせる。
「ルンルンル~ン」
「お前は毎日が楽しそうでいいな?」
私がやっとの思いで着せたタキシードを、窮屈そうにしてボヤく魚人の師匠。
私は優雅に踊りながら返す。
「舞踏会、いつだって女の子の憧れの場所! 平民生まれの私には、行こうと思っても行けない場所なんですよ? 楽しいに決まってるじゃないですか~」
「貴族の社交場がどんな所か知っているのか?」
「もっちろ~ん!」
「知らぬが
「イヤなら師匠は来なくいいんですよ~」
「お前が必ず行くと言わせたんだろ? それに、せっかく令嬢殿が服まで貸してくれたのだ。今さら無下にはできん」
師匠の愚痴を流して、私は身を包んだドレスで一回りして見せた。
スカートは咲いた花ビラのように広がり、生地の光沢で薄暗い室内を照らした。
「見て見て、師匠! ちょっと大人な雰囲気に仕上がってませんか?」
「いや、別にいつもと同じに見えるが」
気分が一気に冷めた。
「師匠……女性にモテないでしょ?」
「そういう考えで生きてきたことがないな」
ダメだコイツ…………。
舞踏会が開かれる屋敷への足は、迎えの馬車で行く。
時間になると執事らしき人が工房を訪ね、付いてくるように言われた。
ダーケスト様の工房は町外れの小高い丘にあるので、馬車は入り込めないから、離れた場所に停車した馬車まで歩く。
「スゴい、スゴい! 師匠、カボチャの馬車みたいですよ!」
「馬車なんぞ珍しくも何ともないだろ」
馬につながれた箱馬車は、外観が丸みを帯びた形で、絵本で読んだ魔法の馬車がそっくりそのまま出てきたようだった。
馬車の扉を執事が開け、中から美しく着飾ったアラベラ嬢が顔を出した。
「お待たせしました。それでは参りましょう」
アラベラ嬢は窓に席を移し、私がステップに足を置いて、車内へ乗車して真ん中へ腰を下ろす。
車内は高級感漂う張りのある革で出来た座席と、暗金褐色の木材で囲まれた壁がもてなしてくれる。
木目は渦を巻き、空に浮かぶ雲が漂っているように見え、上質な木で作られたのが肌で解った。
最後に師匠が乗り私の隣へ座ったけど、魚人の体は大きいので急に狭くなった。
「しーしょぉ~。じゃーま~」
「ふん! 人間の馬車は魚人のサイズに合っていない。文句を言うな」
令嬢が申し訳なさそうに話す。
「申し訳ありません。もっと大きな馬車でお迎えに上がれれれば……」
「イイんですよー。師匠は仕事以外、ウドの大木なので、何も気にすることはありません」
師匠は鼻を鳴らしソッポを向くと、執事が綱を引いて馬を走らせた。
いざ、舞踏会へ!
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