第7話 彼女が兜を脱いだなら

 小一時間、作業が続くと師匠は手を止め、白い石を高らかに掲げ、出来映えを確認。

 白い表面が脱皮するように剥がれていき、隠れていた宝石の輝きが強さを増す。


 穢れが全て削ぎ落とされると、心の宝石は太陽のような光を放った。

 この輝きを最大限、確かめる為に工房の中は薄暗く小さな窓から、日の光をわずかしか取り入れない作りになっている。


「弟子よ。見ろ、この無垢な輝きを」


「キレイ……」


「宝石の持ち主の心が現れている。この輝きの中には言葉で言い現せない、秘めた気持ちがあるに違いない。純粋に何かを信じ、大切にしている過去の記憶があるのだろう」


「素敵ですね」


「こんな女性に愛される男は幸せだな」


 師匠は宝石を、お日様の光に当てて透明度を確かめる。


「イイじゃねぇか」




 客間に戻ると兜の令嬢は座ることなく、工房にある数少ない窓に足を止めていた。

 小さい窓口には一つの花瓶があり、一輪の白い花が生けてある。

 私は得意気に語った。


「それ、私が生けた花なんです」


「美しいエーデルワイスですね」


「この工房の裏にエーデルワイスの花畑があるんですよ」


「まぁ、ステキですわ」


「ウチの工房は見ての通り薄暗くて、根クラで性格がヘソ曲がりで口が悪いので、少しは華やかな作業場にしたいと思いまして」


 後ろから師匠のダーケスト様が、すかさず口を挟む。


「弟子よ。早口で何かを愚弄ぐろうしたな?」


「いーえ、何も~」


 私が気に止めないでいると、師匠は鼻を鳴らしてから、トレーに乗せた燦然と輝く宝石をアラベラ嬢の前に持って行く。


 師匠はトレーから慎重に心の宝石を手に取ると、着席した兜の令嬢の前にかざす。

 心の宝石は持ち主がわかるようで、共鳴するように点滅を繰り返した。


 点滅する宝石はわずかに宙へ浮き、鱗の手から離れ、朝霧の滴が地に吸い込まれるように、令嬢の胸へ戻って行く。

 輝く宝石が令嬢の胸に半分まで埋まると、心の宝石はより輝きを増してから取り込まれた。


 何度見ても、この瞬間だけは感動的。


 アラベラ嬢は片手を胸に添えて、今体験した不思議な経験を受け入れようとした。

 心があるべき所へ戻ったことを実感したのか、おもむろに兜へ両手を添えた。


 それは自然に起きたことだった。

 令嬢は厳めしい兜をゆっくりと脱ぎ取る。


 私は思わず「わぁ」声が漏れ出てしまうほど、鉄の兜を脱ぎ棄てたアラベラ嬢の素顔は美しかった。


 頭から肩までかかる栗色の髪は柳の葉のように風情があり、髪を外側へ追いやるように跳ねさせたリバース巻きで仕上げている。

 押さえつけていた兜を脱ぎ捨てたことで、巻き髪が鳥の羽のように広がり、美しさに輪をかけた。

 薄暗い部屋でも影を落とさない白いバラのような美白に、目が釘付けになる。


 肌が白いバラなら滑らかな唇は赤いバラ。

 幼さが残る顔立ちを、赤く実り艶を醸し出した果実が魅惑的だ。

 アゴのラインは墨を着けた針先で書いたように細く、容姿の至るところが、繊細な線でつながれた美しさだった。

 整った目鼻立ちは、世の女子なら憧れる理想の顔そのもの。

 パッチリ開かれた二重には宝玉のような目。

 青い瞳は太陽の光を反射させたサファイア。

 この驚きを言い現すなら、枝につくサナギから生まれたのは翼を生やした妖精。

 醜いなんて捨てセリフとは程遠い、美の女神が目の前にいた。


 令嬢は忘れていた笑顔を取り戻したように、ニコやかに礼を述べる。


「ありがとうございます。曇りがかった胸の内が晴れたようです」


「礼には及ばん。これが我の仕事でね」


「いいえ、心より感謝いたしますわ。言葉では言い表せないほどに」


 アラベラ嬢は小さな拳を細いアゴに当て、視線を反らすと、何かを思案する素振りを見せた。

 答えがまとまったのか、こちらへ視線を戻して、ある提案をした。


「代金のお支払いとは別に、ささやかなお礼として、舞踏会へお招きしたいと考えています」


 令嬢の提案に浮かれて、私は思わず魚人であるダーケスト様の頭に生えた、ヒレを掴んで激しく揺さぶる。


「きゃー! 師匠、貴族の舞踏会ですよ! 私、平民の生まれだから社交界とか一生縁がないと思っていたので感激ですぅ! し~しょぉ~。一緒に行きましょうよー」


「やめんか!」


 師匠の頭から手を離すと、彼はその心意気を踏みにじる言動を放つ。


「お気持ちはありがたいのだが、お断りさせて頂く」


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