第6話 研魔術 ポリシング・マギ
円卓にワックスが広がると、ダーケスト様は作業に取り掛かりながら、説明する。
「この円卓を支える柱は二重構造になっておる。柱の中にもう一本、柱がありロープが蛇のように巻き付いているのだ。ロープの端々は天板とペダルにつながり、ペダルを踏めば連なるロープに引っ張られ、天板が回転する。とどのつまり、原理はおもちゃのコマと同じだ」
私は円卓の上と下を交互に見て仕組みを理解しようと努める。
「円盤と柱の間に遊びがあり、ペダルを踏めばしばらく回るが次第に止まる。その間に中の柱は反対向きにロープが巻き付き、再びペダルを踏むことで、今度は反対方向へ円盤が回転する」
師匠は手に持った黒い石をワックスの塗った円盤へ押し当てる。
鉱物と金属が擦れる甲高い音が薄暗い工房に響いた。
それはまるで、持ち主が何かを叫ぶような、小さな悲鳴にも似ている。
「ワックスを塗らずに宝石を削ろうとすると、摩擦で宝石を円卓の回転に持って行かれる。ワックスを塗ることで、円盤と削る宝石の摩擦を無くす効果があるから、心得ておくのだ」
「はい」
「よいか? 荒削りのコツは親指だ」
「親指?」
「宝石が当たる親指には力が入りやすく、指圧で円盤に強く押し付けられる。親指が当たる箇所は一際削られるゆえ、
「わかりました」
削られた黒い石は表面から黒い粉を放出し、粉は空気と混じり消えていく。
「この飛散する黒い粉が心の穢れだ。削られた穢れは空気と交じり浄化され、自然と消えたいく」
荒削りで表面を削がれた黒い石は、その色を濁りのある白い石へ変えた。
「では、仕上げにかかろう。弟子よ、棚から"ペースト"を作る材料を持ってくるのだ」
「はい」
私は再び瓶の列へ立ち、下の段から二種類の小瓶を掴んだ。
一つは油のような粘度がある液体。
もう一つは粉末。
粉末は日差しに当てると、水面のような輝きを見せる。
円卓を離れた師匠は白い宝石を持ち歩き、別の台座に移る。
「師匠、持って来ました」
「うむ」
師匠は台座に置かれたトレーに白い宝石を丁寧に置くと、空いた手でスリ鉢を持った。
「この配合が肝だ」
そう言うと師匠は瓶のコルクを開け、先に粉末を鉢の底が埋まるまで投入。
「これはな、岩山で採掘された天然のダイヤを、細かく砕いた粉末ダイヤだ」
「この粒、一つ一つがダイヤなんですね……」
「言っておくが、価値がないクズダイヤだぞ?」
「わ、わかってます」
次はスリ鉢に粘度を持つ液体を入れた。
「今、入れたのはオリーブオイルだ。目分量で測って投入していく」
「なんか、雑な感覚ですね」
「素人がやれば雑になるが、職人がやれば至極の材料に生まれ変わる。それが一流の妙技だ」
その言葉に思わず感心してしまう。
師匠はヘラを持ちスリ鉢をかき混ぜる。
「二つの材料をひたすら混ぜ、ペースト状になるまでかき回す。オイルが多ければダイヤの粉末を加え、粉末が多く固ければオイルを継ぎ足す。そうやって理想の配合を目指すのだ」
師匠は器に指を入れて配合された物を確認、指を上げた時にペーストが垂れる早さを観察した。
ペーストは焼きたての餅みたいに伸びきり、途中で千切れた。
魚の顔をした職人は鋭い魚眼で、粘度を確かめ、納得したようになめつづり。
「これでよかろう」
灰色のクリームが出来上がると、師匠は鉢を持ちながら、革のベルトを貼った台座の前に立つ。
坂道のように角度がついた平たいベルトに、配合したペーストをヘラで塗りつけていく。
ある程度、ペーストが広がるとスリ鉢を脇に置いて私に指示。
「宝石を持って来てくれ」
私は台座の上にある白い石を乗せたトレーを、師匠の側まで運んだ。
職人は手袋をした手で石を掴むと、平たいベルトの前に構えて、石をベルトに押し当て、泥のようなペーストの上で滑らせる。
上から下へ流しては、同じ動作を繰り返し続けた。
「どこぞの古代帝国の名を借りたこの技法は、"ムガールカット"と呼ばれている。オリーブオイルに混ぜられた粉末ダイヤが、宝石の表面を細かく、ゆっくりと削っていき仕上がりが良くなり、美しい輝きへと近づく」
ずっと同じことの繰り返しで退屈になった私は、もう集中力も途切れ、立ったままウトウトと眠くなってしまう。
それとは逆に師匠は、まばたきすることなく、ひたすら白い石の動きを見つめ、延々続くのではないかと思われる作業を繰り返す。
すごい集中力。
この人は今、何を考えているのだろう?
作業に取り組むその横顔は、人とは違う別種族とは言え、とても凛々しく遠い存在に感じた。
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