第12話 師弟の対決。響 VS 影郎。

 

 シンシアとロバートは双主の里を横切り、そして抜けていた。

 チュパカブラの群れを追跡したら、里を越えてしまったのだ。

 だが里を抜けたことで霧は薄くなり、かなり遠くまで見通せるようになっている。

 

 

 

 敵を見えない位置から観察をしているのだが、今のチュパカブラたちには警戒心もなにもないようで、二人に気がつくこともなく、ただフラフラ歩いている。

 

 

 

 規律も規則もないバラバラな足取りのこの集団だが、脇目も触れずに進んでいるのことから目的地が共通なのは判った。

 

 

 

 やがて大亀池の湖面に面した斜面を降りた群れは、暗がりの中に消えていく。

 

 

 

『洞窟に入って行くわね』




『ああ、たぶん元々あった洞窟を利用した施設なんだろう』




『確かに空からは見えないわ。カムフラージュとしてはまずまずね』




 二人はそこで適当な場所を見つけて身を隠した。

 

 

 

『こんな見晴らしがいいんじゃ、この先へは進みづらいな』




『しかたないわね。夜まで待ちましょう』




『そうだな。やつらのメンテナンスは半日かかる。

 夜ならちょうど熟睡している』

 

 

 

『実験体はすべて処分。証拠として施設の一部を持ち帰る。

 プランはこの通りにするわよ。これ以上は望まないし、これ以下なら許さない』

 

 

 

『持ち帰るって、いったいなにを持ち帰るんだ? 

 ……まさかやつらの水槽を持って帰るって言うんじゃないだろうな?』

 

 

 

『命令なら従う?』




 シンシアはにやりと笑った。

 

 

 

『冗談じゃねえ、百キロはあるんだぞ。

 マニュアルとかストレージとかにしてくれ』

 

 

 

『わかったわ。……まかせる』




 霧が流れる斜面の上で二人は暗くなるまで待つことにした。なにもせずに警戒しながら長時間待機する。こう言うことも二人は慣れていた。

 

 


 ■

 

 


 シャワーを浴びた僕は二階に降りた。

 悟郎さんと沙由理さんは、すでに降りているようで外から話し声が聞こえてきた。

 見ると食堂の向こうにベランダがあり、二人はそこにいた。

 

 

 

「龍児、亀の背中が見えるぞ」




 悟郎さんはしきりに撮影していた。

 言われてみると目の前は大亀池だった。

 島は池のほぼ正面にあり、霧にかすんでいるお陰で本当に亀の背中に見えた。

 

 

 

「へー。目指していたものを目にするのは、やはり感動しますね」




 僕はスマホを取り出した。

 画面を見れば圏外だったが、撮影するだけなので気にはならなかった。

 

 

 

 ふいにエンジン音に気がついた。

 下を見ると車がやって来るのが見えた。

 管理人の車――つまり佐藤さんが帰って来たのだ。

 

 

 車は社名が入ったちょっと古い大きな四輪駆動車で社有地専用なのかナンバープレートがついていなかった。 

 そして乗っていたのは佐藤さんだけではなかった。ぜんぶで合計七人も降りてきた。

 

 

 

 降りてきたのはすべて男性で僕たちを見て軽く会釈した。

 その格好は作業着姿だ。

 そしてまもなく佐藤さんが階段を登って来た。

 

 

 

「料理の準備とかがあるんで応援を呼びました」




「すみません。そこまでしてもらって」




 代表して答えるのはすっかり悟郎さんの役目になっていた。

 

 

 

「いえいえ。その他諸々の雑務もあるんで、私ひとりでは無理なんです」




「あの人たちはこの里にいる人なんですか?」




 沙由理さんが質問した。

 

 

 

「いえ。ウチの社員ですが、ここに常駐しているのは私ひとりです。

 彼らはこの里からだいぶ離れた敷地の入り口近くにある宿泊棟にいるんです。

 あそこは例の法律が適応されないので、大きめの建物が作ってあるんですよ」

 

 

 

 準備があるからと佐藤さんが管理人室に姿を消したあと、沙由理さんが話しかけてきた。

 

 

 

「ねえ、料理とかの手伝いにしちゃずいぶん頭数が多いわね?」




 僕は頷いた。

 確かに僕たちたった四人の応対のためには多過ぎる人数だと思った。

 

 

 

「……もしかしてエリーさんたちのことと関係しているのかもしれませんね?」




「……どう言うこと?」




「監禁されていると考えるのが普通だ。

 ……だとしたら俺たちが来たのだから、居場所を移すのかもしれないな」

 

 

 

 悟郎さんの言葉に僕は深く頷いた。

 

 

 

「ええ。僕もそう思っています。

 もしかしたら……、そのための人数かもしれないと思いました」

 

 

 

「……あり得るわね」




 そのときだった。

 声を潜めて話す僕たちの背後から声がしたのだ。

 

 

 

「……私、里を探ってみる」




 響だった。

 驚いたことに姿は頭上の枝にあった。

 そして薄手のジャケットを羽織っていた。そして耳にはイヤホン。

 

 

 

「この里……。なにかあるのは間違いないの」




「だ、大丈夫なの? ひとりで……」




 沙由理さんはそう言った。

 だが、大丈夫なのは響の方で、あぶないのは僕たちの方だ。

 だから僕は頷くことにした。

 

 

 

「案外時間がかかるかもしれない……。

 仮に夕食の時間に戻れなくても心配しないで」

 

 

 

 響は続ける。

 

 

 

「……とにかくみんなは下手に動かないで。

 佐藤はただ者じゃないわ。でも、なにもしなければ、たぶん無事にいられる」

 

 

 

「ど、どう言うことだい?」




 悟郎さんが尋ねた。

 だが……、その瞬間、響の身体はすうっと霧に吸い込まれるように見えなくなっていた。

 

 


 □ □ 

 

 


 日が落ちかけた霧の里を響は疾走していた。

 視界不良のために速度は落としているが、それでも陸上世界記録より明らかに速い。

 

 

 

 走りながら響は思考を巡らせる。

 調べるべきものはいくつもある。

 獣の所在、そしてシンシアたちの位置、エリーたちの安否、霧島のこと、そして……佐藤の正体。

 

 

 

 そんな中、響が最初に向かったのは無線小屋だった。

 自分たちにしか聞こえない高周波を出すこの機械を停止させ、音の自由を取り戻そうと考えたのだ。

 

 

 

 天狗堂へと続く二股の道で立ち止まった響は、茂みをかき分け小屋へと近づいた。

 響は苦悶の表情を浮かべた。

 

 

 

 無線機は今も作動している。

 だがイヤホンから流れる音楽で音を相殺していることから、それほどダメージはない。

 

 

 

 鍵がかかっているドアノブを響は力業で解錠した。

 ノブごと鍵を引きちぎったのだ。

 身体能力の高さはなにも敏捷さだけではない、腕力も常人とはまるで違うのだ。

 

 

 

 室内に入った響は目を見張った。

 そこには多数の機器が並んでいた。

 

 

 

 幾重にも積まれた機械がすべて動作していて発狂しそうなほど暴力的な音をまき散らしている。

 響は機械操作には長けてない。

 だからこれらを沈黙させるべく最短の方法を選んだ。

 

 

 

 ……つまり破壊だ。

 

 

 

 両手を一閃させた。

 無数の殺し紙が襲撃するスズメバチの群れのように黒い機械に殺到した。

 ガラスが割れ、ヒューズが飛んだ。

 

 

 

 そこかしこに火花とノイズと基盤が焼ける焦げた臭いが発生した。

 そして沈黙が訪れた。

 

 

 

 イヤホンを外した響がホッとため息をつく。

 耳のつかえが取れたみたいに周囲の音が鮮明に飛び込んできた。

 

 

 

 ……遠くに聞こえる龍児たちの声、シンシアやロバートの気配、そして消え去りそうなエリーたちの気配……。 

 そう言うものが一斉に感知できるようになった。

 

 

 

 そしてその声も聞こえてきた。

 

 

 

「……なるほど。やはり同類だったって訳だな」




 響は振り返ると同時に身構えた。

 そこには佐藤が立っていた。

 

 

 

「……そう言うことになるわね。で、あなたは何者?」




 響が質問すると、その返事の代わりに鞭のようにしなった右足が飛んできた。

 響の瞬殺を狙ったするどい蹴りだった。

 

 

 

 グッ……、と、うめきながらも響はとっさに両手でガードした。

 だが勢いのすべてを止めた訳じゃない。

 その反動で棚に重ねられた無線機に飛ばされた。

 

 

 

 身体がつぶれたかと思うほどの激しい衝撃が来た。

 背後の無線機の金属ボディがひしゃげた。

 そして足下にバラバラと無線機の残骸が崩れ落ちる。響の背中のすべての骨が悲鳴をあげた。

 

 

 

「……小娘。お前、霧島の身内か?」




 佐藤がゆっくり近づいてきた。

 響は悟られぬように息を整えた。

 

 

 

「……乱暴ね。女性にものを尋ねる態度じゃないわ」




 響は目の前の残骸を蹴った。

 それは無線機の筐体のなれの果てだった。

 ものすごい風圧でそれは佐藤に向かった。

 

 

 

 だが佐藤は頭を傾けてそれを交わす。

 無線機はそのままの勢いで半開きのドアごと吹き飛ばし地面に突き刺ささる。

 その瞬間を狙って跳ね起きた響は窓に向かった。両手で顔をかばいガラスを突き破って脱出する。

 

 

 

「ほう……」




 宙を舞う響に感心する佐藤の声が届いた。

 地面に着地した響は瞬間に向きを変え頭上の枝に飛びついて佐藤の行方を捜す。

 

 

 

 最悪……。

 

 

 

 立ちこめる霧の中で響は小さく舌打ちした。

 佐藤を完全に見失っていたのだ。

 

 

 

 ひゅッ! と、音がした。

 

 

 

 黒いなにかが霧の中から飛んできた。

 身を伏せてかわした響の背後でなにかが突き刺さり、ぶらついた。

 見るとそれは無線機のレシーバーだった。プラグが幹に埋没している。

 

 

 

 響はふわりと地に降り立つ。

 だが休む間もなかった。

 回転しながら飛んできたドアの破片を避けると次にはちぎられた枝が足下に突き刺さった。

 佐藤は高速で移動しながら手につくものを投擲しているのだ。

 

 

 

 いた……! 

 

 

 

 気配を察知した響は身構えた。

 薄くなった霧の中で佐藤の影が太い幹の向こうに消えるのが見えたのだ。

 響は両手を一閃させた。

 

 

 

 殺し紙に遮蔽物など意味はない。

 宙で向きを変えた無数の紙がうなりをあげて霧に溶けた。

 まさに一撃必殺のはずだった。

 

 

 

 うそ……! 

 

 

 

 しかし、嫌な汗が流れた。

 手応えがまるで感じられないのだ。

 

 

 

 来る……! 

 

 

 

 殺気を感じた響は大地を蹴った。

 そして着地する瞬間、無数の風切り音を察し殺し紙を投げる。

 

 

 

 だが乾いた音をたてて紙は落ちた。

 そのすべてには落ち葉が突き刺さっていた。

 驚いたことに響の殺し紙はことごとく落ち葉で受け止められていたのだ。

 

 

 

 ……な、なぜ? 響の額に冷たい汗が浮かぶ。

 

 

 

「……なるほど。お前、響か」




 ゆらりと佐藤の姿が現れた。

 この相手の異常なまでの投擲能力。……響は記憶の中にある男の名前を呼び起こした。

 

 

 

「……あなた、影郎かげろうね。あんまりにも変わっていたから、わからなかった」




 影郎は顔も声も変えていた。 

 それなのに響がわかったのはその力であった。

 響をはるかに上回る投擲能力を持つ人物は、そうそういないからである。

 

 

 

「……大きくなったな」




「あれから十年経っているわ。今は十七歳よ」




「少しは女っぽくなったか?」




「お陰様でね。でもボディサイズはご想像に任せるわ」




 影郎は笑顔を見せた。

 だがその姿勢に隙はない。

 こちらの出方をうかがっているのだ。

 

 

 

「霧島叔父さんを殺したのは、あなたね?」




「……それでお前が派遣されて来たのか? 白露しらつゆ爺さんたちはどこまで掴んでいる?」




「まだこれからよ。

 でも霧島叔父さんが絶えて、私がここに来たのは知ってるわ」

 

 

 

 響は正直に答えた。

 隠していても意味がないからである。

 

 

 

「ほお……。ではそろそろ潮時だな。名残惜しいが仕方ない」




「あなた……なにを企んでいるの?」




「霧島の兄ちゃんも同じことを訊いたな……。

 ここは霧島の故郷なだけでなくて、俺の故郷でもあったんだがね」

 

 

 

「……」




「不在の間に故郷は売られてしまっていた。

 ……ま、それはどうでもいいんだが、ここに趣味で残した植木サボテンがあってね。

 それで一山当てようとしただけだ」

 

 

 

 ゆっくりと影郎は近づいて来る。

 

 

 

「……草玉ね。あれは門外不出のはずよ」




 響は呟いた。

 悟郎の車で見たチラシでそのことはすでに察しがついていた。

 

 

 

「ほう……、博識だな。

 警察のやつらはあれが南米産だと勘違いしてるがね。……ま、そう言うことだ」

 

 

 

「で、私をどうするの?」




「知れたこと。

 お前は知りすぎたからな、生かして帰すほど、俺はお人好しじゃない」

 

 

 

 響はそれが本気だと思った。

 幼い頃にかわいがってもらった従兄弟の霧島を殺める男だ。響が例外になるはずがない。

 

 

 

 くッ……! 

 

 

 

 響は両手を一閃させた。

 薄い紙切れが一枚一枚意志を持ったかのように影郎に殺到した。

 

 

 

「笑止の至りだな。

 お前に投擲を教えたのは俺だぞ。殺し紙しか使えんお前には、勝ち目はない」

 

 

 

 目の前を覆い尽くすほどの落ち葉が舞い上がった。

 葉は殺し紙をすべて飲み込み逆流する津波のように響に襲いかかる。

 次々と襲いかかる無尽蔵の葉の大群は、響の顔を切り、腕の皮膚を刺し、足を裂いた。

 

 

 

 ……ちッ! 

 

 

 

 舌打ちして響は走り出した。

 茂みを飛び、枝を蹴り、地を疾走した。

 影郎の投擲は休む間もなく続く。

 

 

 

 響の足下に風を切って飛んできた枝が連続して突き刺さった。

 被弾した岩が砕け、倒木が木っ端に割れて、破片がうなりをあげて飛び交う。

 響はそれらを身をよじって紙一重でかわす。

 

 

 

 ……投擲で勝てず、組み手でも男の影郎にかなうわけがない。

 だが身の軽さだけは上回っていた。

 

 

 

 やがて立ち止まった響は湖畔に到着していた。

 そして背後に影郎の気配がないことを悟る。

 

 

 

「……くうッ」




 苦悶の表情を浮かべた響は左の二の腕を貫通した枝を引き抜いた。

 痛みで目がかすみ涙が止まらない。

 

 

 

 桁外れの身体能力を持つ『風の民』も痛覚は常人のそれと同じだからだ。

 やがて響はへなへなと倒れ込んだ。

 

 

 

 そして途端に空腹と渇きを意識する。

 ポケットを探るとミカンが出てきた。龍児にもらったものだった。

 わなわなと震える指で皮をむこうとすると果汁が飛んだ。

 

 

 

「……!」




 響はそれを食べるのをやめた。

 それは、ふとした考えが浮かんだからだった。




 ■


 

 

 ひんやりとした冷気が伝わってきた。

 日が暮れるのだ。

 山の温度が下がり始めた。

 

 

 

 厨房からは、まな板の上で包丁を叩く音、肉や野菜を油で炒める音などが賑やかに聞こえ、食欲をそそる匂いが漂う。

 食堂に入るとすでに悟郎さんと沙由理さんが席に着いていた。

 

 

 

 僕と目が合うと二人は無言で頷いた。やはり響は戻って来ていないのだ。

 

 

 

「女の子はまだ戻らないんですか?」




 料理を運んできた佐藤さんが僕たちに尋ねる。

 

 

 

「ええ、まだ戻らないんです」




 悟郎さんが代表して答える。

 その顔には不安が浮かんでいた。

 

 

 

「それは心配ですね……。

 道に迷ったんでしょうか?」

 

 

 

「かもしれませんね。

 探しに行こうかと考えていたところです」

 

 

 

「こんな時間にですか? もう真っ暗ですよ」




 皿を並べる佐藤さんが、ふと手を止めて僕たちを見た。

 ……僕は立ち上がった。やはり居ても立っても居られない。

 

 

 

「僕、やっぱり探して来ます」




 だが、その腕を佐藤さんが掴んだ。

 すごい力だった。

 

 

 

「やめたほうがいい。君まで道に迷うことになる」




「で、でも……」




「幸いこの季節です。万が一野宿になっても凍えることはない。

 明日の朝にした方が間違いがない」

 

 

 

 顔は穏やかだったが、その奥に有無を言わせぬ迫力があった。

 

 

 

「け、警察とかに連絡できないかしら?」




 沙由理さんが小声で呟いた。

 ささやくような声だった。

 

 

 

「残念ですが……、それは無理です」




 佐藤さんが向き直る。

 

 

 

「どうしてですか?」




 悟郎さんが不思議そうに尋ねた。

 

 

 

「先ほど本社に電話をかけようと思ったのですが、どうやら断線しているみたいなんです」




「断線?」




「ええ、よくあるんです。

 風とかで枝が折れてしまったりしてケーブルを切断していることがあるんです。明日確認してみますけどね」

 

 

 

「そうですか……。スマホも使えないですし、明日にするしかありませんね」




 悟郎さんがため息をついた。

 僕は佐藤さんの言葉が嘘かもしれないと思った。

 

 

 

 でも電話はこの管理棟にはなく、佐藤さんが寝泊まりしている管理人室にしかなかった。

 それが使用可能かどうかを確認する術はない。

 

 

 

「ここ山の中よね? 無線機とかないのかしら?」




 沙由理さんが俯いたまま言った。

 ……まずいと思った。僕と悟郎さんは目が合った。

 

 

 

 僕たちの方から無線小屋に触れるのは得策ではない。

 佐藤さんは同類だと響は言っていたのだ。

 

 

 

 それはたぶん、僕たちには考えられない戦闘能力を持っていることを意味する。

 だからあまり深入りするのは危険なのだ。

 でも……、そんなことは沙由理さんも百も承知のはずで、その上で質問したのだから沙由理さんの不安はよっぽどらしい。

 

 

 

「ええ、実はあるんです」




 佐藤さんがさらりと言った。

 

 

 

「えッ……!?」




 沙由理さんが思わず声を漏らす。

 

 

 

「ですが先ほど確認したところ不思議なことに壊されていたんです」




「こ、壊されている?」




 沙由理さんが呻いた。

 

 

 

「ええ、誰がやったのか、みなさん心当たりありますか?」




 佐藤さんは無表情で僕たちを見た。

 それは僕たちが、どこまで知っているかを試しているみたいだった。

 

 

 

「さ、さあ……、見当もつきませんが。それが?」




 悟郎さんが惚けた。

 

 

 

 ……僕には、わかっていた。

 無線機を壊したのは間違いなく響だ。

 彼女にしか聞こえない、はた迷惑な音の根源を壊したに違いない。

 

 

 

 そしてたぶん、そのことに悟郎さんも気づいている。

 佐藤さんは悟郎さんの回答に満足した様子はなかったのだけど、この話はそこで終わりとなり夕食のメニューがテーブルに並べられるのであった。

 

 

 

「あり合わせですので、お口に合いますかどうか?」




 佐藤さんが用意してくれた料理はすばらしいものだった。

 パンにシチュー、そして新鮮なレタスが盛られたサラダなどなど……。

 

 

 

 それはもちろん都内の一流レストランと比べたら申し訳ないのだけど、こんな山の中で、ふいに訪れた招かざる客が食べられるとは思えないほどの料理だった。 

 佐藤さんはビールやワインも勧めてくれたが、さすがに飲んべえの悟郎さんも断った。

 

 

 

 食後、僕たちはロビーにいた。

 厨房に誰もいないことを見届け、管理人室に明かりが灯って、この管理棟に僕たち以外いないことを確認すると悟郎さんは置かれていたコンポのスイッチを入れた。

 

 

 

 ノイズ混じりだがラジオ放送が受信できた。

 悟郎さんはボリュームをあげる。

 もちろん佐藤さんに僕たちの会話を聞こえないようにするためだとわかった。

 

 

 

「さて、これからどうするかだ」




 悟郎さんがソファに腰かけた。

 

 

 

「そうね。響ちゃんが、なによりも心配ね」




 沙由理さんの言葉に僕は頷く。

 

 

 

「確かにそうだ。それにエリーたちのこと、シンシアたちのこともある」




「でも……、それらは僕たちには難しいですよね。

 歩き回って探すしかないけど、効率が悪いです。

 こればっかりは、響がいないことにはどうしようもありません」

 

 

 

 僕たちの間に一斉にため息がもれた。

 

 

 

「やはり明日しかないか……」




「そうね。明日の朝から取材を装って響ちゃんを探しましょう」




 窓の外は相変わらずの霧だった。

 

 

 

 いったい響は……。

 僕は心配だった。

 あの笑顔と声にもう一度会いたいと心底から思っていた。……が、思いと裏腹に大きなあくびが出た。

 

 

 

「……仕方がない。寝るか」




 悟郎さんが立ち上がりかけた。

 

 

 

「ちょっと、まだ九時前よ」




「うん。そうなんだけど……。どうしたのか、猛烈に眠いんだ」




 悟郎さんは大あくびをしていた。

 本当に眠そうだった。

 

 

 

「そうね、そう言えば私もなんだか眠いわ。

 疲れちゃったのかしら?」

 

 

 

 沙由理さんは口を押さえた。

 

 

 

 それから僕たちは響のこと、そして明日のことを話し合ったが、次々とあくびが出て会話にならなくなった。

 そして僕たちは九時を過ぎるとロビーを後にした。

 

 

 

 個室に入り、鍵をかけると僕はそのままベッドに倒れ込んだ。

 そして天井の照明を見つめていると猛烈な眠気に襲われた。僕はその睡魔に疑問を感じた。

 だが……、そのまま睡魔の誘惑に墜ちてしまったのだった。


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