第6話 異世界トリップ(人間だけとは言ってない)

「学校ごと?えっ学校の校舎ごと?!こういうのって人間だけトリップするんじゃないの!?」


予想の斜め上をいった出来事に、ヒロはプチパニックに陥った。

窓から飛びださんばかりの勢いで外を見るが、どれだけ目を凝らしても周囲に広がる森以外のものが見えることは無い。


「い、いつの間にか学校が森の中に・・・!?そもそもどこなんですか、此処!?」

「まさか本当に異世界に来たっていうの?えっ・・私達こんな森の中でこれからどうするの?」


涙ぐむまほろと青い顔をする亜紀をひとまず安心させようとするヒロだが、ヒロ自身がまず困惑している。


(まさか本当に異世界に来ちまうなんて!)


助けを求めるように3人の先輩へと目を向ければ・・・


「不幸中の幸いとはこの事ですね。もし知らない土地に単身放り出されていたら、それこそ危険でした」

「そうだねえ。慣れ親しんだ学校と一緒なら、少なくとも安全地帯は確保できるね」

「・・・・雨風が凌げるならいい」


この事態に落ち着きすぎだろう、と内心突っ込みつつも、言っている事はどれも正論なので何とも言えない。

ヒロのパニックはすっかりなりを潜め、「あ、そうッスよね・・・」と乾いた笑いと共に同意の言葉がこぼれた。

さすが先輩たち。自分たちとは着眼点が違う。


「あくまで憶測だけど、僕達は皆学校の地縛霊・・・もう土地と同体みたいなものだからね。僕達と一緒に学校も引きずられちゃったんじゃないかなあ」


マイペースに考察する八雲だが、そうなると不安な事が一つある。


「って事は、元の世界では大騒ぎになるだろうなあ・・・」


ただでさえ元々(自分達が主な原因で)いわくつきになっていた学校が、今度は一夜にして消えたとなれば、きっとマスコミが連日報道してえらい事になるだろう。

まあもう自分達には関係のない事ではあるのだが。


「でも・・・これってつまり、私達この世に留まり続けられるって事じゃない?」


亜紀の言葉に、全員がはっと目を見開く。


「そうですね。此処が異世界だというのなら、この学校が取り壊されることは無いはずです」

「ヒッヒロ先輩!という事は、私、まだヒロ先輩と・・・先輩達と別れなくていいって事ですよね!?」


双樹言葉にうなずきながら、まほろが嬉しそうにヒロを見上げる。


「そ、そういう事になるな」

「よかった・・・!本当に、よかったあぁ~!」


心からの安堵に涙を流しながら、まほろがヒロに抱き着いた。

ヒロもまた嬉しさのあまりまほろの体を強く抱きしめる。が、すぐに我に返った。


「わ、悪い!俺も嬉しくて、つい!」


潮時かと考えていたとはいえ、ヒロも内心仲間たちと離れるのは寂しかったのだ。明日へ進むための卒業になるとはいえ。

でもそうではなくなった。その安堵と嬉しさが、後輩に抱きつくなんて軽率な行動を起こしてしまった事にさっと顔色を変える。

慌ててまほろから距離を取り、どう取り繕うかと考えを巡らせた。


(衝動に任せて何やってんだ俺!


いかん、可愛い後輩にセクハラだって嫌われたりしたら生きていけない!もう生きてないけど!)


「い、いえ・・・」


しかしヒロの心配に反して、もじもじと両手の指を合わせながら俯くまほろは、恥ずかしがってはいるが嫌がっているようには見えない。

むしろどこか嬉しそうだ。


「嬉しい・・・そうですね。えへへ、私も嬉しいです」


はにかんだ笑顔は、どこまでも無垢で。


「―――先輩?」


反応が無いヒロを不審に思ったまほろが、こてんと首を傾げて声をかける。

それを目にして、さらに「んぐう」とくぐもった声を漏らしたヒロは、身の内で暴れる様々な感情を抑え込もうと必死だった。


何だこの可愛い生き物。

あ、俺の後輩か。

これが俺の後輩か。こんな後輩を持ってるのか、俺。

俺ってやべえな。


「ちょっと、いつまで固まってるのよ」


横から亜紀に小突かれて、ようやく我に返ったヒロはどことなくいたたまれない気持ちになり、亜紀から顔を背けて吐き捨てるように言った。

今の心情はなかなか人に悟られて良いものではないという自覚はある。


「べ・・・別に何でもねえよ」

「フン。どーだか」

「何でそんなにぶすくれてるんだよ」

「誰がブスですって!?」

「痛だだだやめろ!入ってる!入ってるから!!」


誰もそんな事言ってねえ!と亜紀の鮮やかなヘッドロックを受けながら猛烈に抗議するヒロ。

バシバシと亜紀の腕を叩くが力が緩む気配はない。


「あらあら、相変わらず仲が良いですね」


じゃれているように(双樹には見える)後輩達とはまた違い、上級生3人は既に次なる課題を直視していた。


「で、この後はどうするんだ」


一覇の鋭い一言に、ヒロと亜紀の動きも止まる。

『本当に異世界に行けるか試してみようぜ!』という気持ち一つだったため、いざそうなった時の事を誰も何も考えていなかった。

いささか痛い沈黙が降りる。


「うーん・・・これまでも、特段何か明確な目標とかあった訳じゃないしねえ」

「ですがせっかく別の世界に来たのなら、この世界ならではの体験をしたい気はありますが」


気持ちとしては双樹の言うとおりだが、現実を考えるなら八雲の言うとおりだ。


「これが王国のお姫様とかが俺達を召喚した~とかだったら、指針も立てられるんだけどな」


ヒロのぼやきは最もだ。

学校の七不思議を利用した、なんて特殊ルートで異世界に来てしまったがために、自分達にはいわゆるナビゲーターもアドバイザーもいないのだ。

さらに言うと『魔王を倒す』とか『国を救う』とかいった目的も無い。今後どうするかという予定を立てるに必要な行動理由がまるで思いつかない。

とはいえ、やはりこのままいつも通り校舎内に籠っていては、せっかく異世界に来た意味が無い。


「とりあえず、学校の外に広がる森を捜索してみませんか?」

「・・・えっ」

「ああ、でも俺達学校の敷地内からは出られないんだよな・・・いや、でも此処は異世界だし、もしかしたら今なら可能かも・・・」

「・・・・・・嘘」


ぶつぶつと一人で呟くヒロに、ちょくちょく入る周りの声。だがそのどれもが、決してヒロの呟きに応えている訳ではない。


―――正直言うと、全員今はそれどころではなかった。


「あー、ヒロ君?」


眉間に皺を寄せて悩んでいるヒロに、恐るおそる声をかける八雲。

そこでようやく考える事を中断し、ヒロは顔を上げた。

見れば、全員が自分を凝視している。

普段は我関せずといった態度の一覇でさえ、驚いた様子でこちらを見ていた。


「・・・・・え?」


明らかに異様な雰囲気。

しかし今最も気にすべきは、全員からの視線ではなく、背後の気配だ。


何かが、いる。

それも、これまで感じた事の無い悪寒とともに。


ギギギ、と錆びついたブリキ人形のようにヒロが振り向く。

全員が自分を見つめていた理由が、ようやくわかった。

正確には、自分の後ろのこいつを見ていたのだ。


背後に佇んでいたのは、自分の伸長をゆうに超えた、巨大な蜂―――



いうなれば、まさに異世界らしいモンスターがそこにいた。



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