第12話 再戦。鬼子姫神 対 極光。
「行くぞっ!」
自らの言葉を合図に姫神が動いた。
風を切る神速の動きで真横にいきなり飛んだのだ。
だが、驚いたのは速度だけではない。その方角もまた驚愕だった。
(――ちょ、ちょっと咲姫っ。そっちに遮蔽物なんてなにもないっ)
剛が叫ぶ。
その方向は広々とした造成地の真っ只中だった。
「仕方ないっ。ヤツの武装には遮蔽物は無意味だ。だったらいっそ……」
丸見えの方が都合がいい。
敵の動きもわかるからだ。
それに姿を隠したところでそれごと打ち抜かれるだけなのだ。それは数日前のこの地の林の中で証明済みだった。
ビリビリビリビリッ。と射線が襲ってきた。毎秒二百発のニードル弾だ。それを姫神は左右にかわす。
速いっ。
姫神の速度に翻弄されてヤクシャの群れを粉砕した極光が誇る面制圧が点制圧に過ぎなくなったのだ。
(――敵の武器は機首の下側だけか……。咲姫、同じ高さまで飛べる?)
「無理ではない。だが一瞬だけだ。指示をくれ」
剛は姫神と共有するその視界で土地を探る。すると見つけた。
(――咲姫、あの下に降りてっ)
「承知した」
高さ三メートルはある段差を飛び降りた。棚田状になっている下の造成地に降りたのだ。
(――咲姫、今だっ)
その声に姫神はほくそ笑む。
振り向きざまに姫神は地を蹴った。元の造成地に飛び上がったのだ。
そして更に飛び上がる。
すると眼前に極光の巨体が迫っていた。
極光は大地の段差を考慮にいれて逆落としに高度を下げていたのだ。
手応え十分だった。
高度は極光の真正面。剛の観察通りこの気武装隊ヘリには下方にしか武装はない。
なにしろ地にいる対鬼神専門に特化した兵器だからだ。
「喰らえっ」
姫神は左腕を繰り出した。戦車の正面装甲をも貫くかぎ爪だ。
だが……。
「なっ」
手応えが妙だった。極光の機体へと爪が迫る瞬間、空気に違和感があった。
まるで違う大気同士が隣り合ったような妙な感覚。
見ると長いかぎ爪がなくなっていた。
そしてそれだけではない。手の甲が小さいが骨張った男の手に変化していたのた。
(――ちょ、ちょ……っ、それ俺の手っ!)
剛が叫ぶ。
「くっ……」
姫神は左腕を引っ込める。
そしてなにも出来ぬまま地上へと降り立った。
そこへビリビリビリビリッと空気を切り裂く弾着が襲う。
飛沫が爆ぜた。
毎秒二百発の猛水シャワーだ。
だが姫神はそれを当然読んでいた。
着地の瞬間、機の真下をすり抜けて後方へと疾駆していたのである。
わずかだが時間に猶予ができた。極光が旋回して来るまで余裕ができたのだ。
「これが、あのヘリの正体か」
姫神は改めて左手を見る。だが今はそこに鋭く尖った姫神の五指の爪があった。
(――たぶんね。やっぱりあのヘリの周りは地磁場現象がないんだと思う)
「説明してくれ」
(――うーん。たぶんあのヘリに特別な装置が積んであるんだ。
あれには地磁場現象の影響を受けなくする特別な機械が間違いなく積んである。
だからあれの近くでは地磁場現象が発生していないんだ。その事でこんなの中でも飛べるんじゃないのかな?)
「なるほど。だからあのヘリに近づき過ぎたとき、私の腕が貴様の腕に変化したのか。
確かに理屈に合っている」
姫神を始めとした鬼神たちとは、この世の人間が地磁場現象下で変身したものだ。通
常の空間では鬼神はその姿を現すことはできないのである。
(――うん。だからあのヘリに接近した咲姫の左手だけが、俺の腕に戻ったんだと思う)
「間違いなさそうだな。だとすると……」
厄介である。通常空間では姫神はおろか鬼立咲姫すらも出現できないのだ。
(――俺の姿じゃ絶対に勝てっこないし……)
「無論だ。鬼神でも勝てぬかもしれない相手だ。生身の人間など通用する訳がない」
由々しき問題だった。
接近しなければ爪はもちろん必殺の
だが近づけば、鬼神の戦闘力は奪われる。詰みである。
(――とにかく今はあの武器を避けることだけを考えて。その間になんとかするから)
「承知」
咲姫は再び地を蹴った。
□ □
「さっきはマジでやばいって思ったスよ」
副長の古葉が呟いた。
「ああ。
段差を利用して真正面に飛ぶなんて予想してなかった。こりゃ確かに手強い」
機長の亜門は心底安堵した顔だった。
「見たかい? 鬼子姫神の爪が途中で消えたね」
「ええ。やはりこの消磁機の力はすごい。これがなければ爪の攻撃を防げなかった」
亜門は右脇の装置を頼もしく叩く。
「ああ、そうさね。これで消磁機が実戦でも通用すると証明された。
これで極光が例えやられても悔いはない」
「この極光を失ってでも、ですか?」
「ああ。ヤツを捕らえてその力を利用できれば、こんな機体はお役ご免さ。
あの鬼神にはそれだけ価値があるンだ」
亜門や古葉、そして他の搭乗員も言葉を失った。
彼らは生粋の飛行機乗りだ。
その搭乗機を失ってもいいとは本来不穏過ぎる発言だからだ。
だが、彼らのその顔に不快な表情はなかった。
英子はこの機体の生みの親なのだ。
彼らは英子がこの極光を実現化するために、どれだけ苦労してきたのを知っている。
その英子が失ってもいいと言っているのだから、それ程あの鬼神には価値があるのだろうと納得したのだ。
「確か鬼子姫神の正体は鬼立咲姫と言う少女だったはずでは?」
亜門が振り返って英子を見る。
「よく調べたね。さすがだ」
有能な男だと英子は思った。
鬼神の資料は極秘事項だ。
そのことから気武装隊の隊員だからと言っても見ることも知ることも簡単ではない。
しかも出撃前のわずかな時間の調査で、この男は鬼立咲姫まで調べ上げていたのだ。
「規律違反をちょいとやりました。……種明かしすると情報部に後輩がいるんです」
「構わないよ。アタシは別に罰しない。むしろそのくらいの機転が利くヤツを選んだつもりだ」
英子が、各方面から亜門たちを引き抜いたときの選考基準のひとつがそれだった。
これは訓練ではない。実戦なのだ。
これくらいの機転が回る者でないと、いざというときに役に立たないからだ。
「だがね、それでは五十点の回答なんだよ。……その少女は、もうこの世にはいないンだ」
「どう言うことですかね。意味がわからんのですが?」
「なあに簡単なことさ。鬼立咲姫って女の子は戸籍にも住民票にも載ってないンだ」
「つまり偽名ってことですか?」
「そうじゃない。そうじゃないンだ。
咲姫って少女をアタシはよく知ってンだ。昔いっしょに風呂にも入ったこともある」
「……」
そのときモニタを注視していた古葉が叫んだ。
「姐さん。鬼子姫神が迫ってきます」
「思い切りがいいね。だからアタシはあいつが好きなンだよ」
英子はニヤリとほくそ笑んだ。
□ □
背後に迫る何度目かの射線を躱したときに姫神は
そしてクルリと回転すると極光に向き直る。
そして再び疾駆した。
だが、速度は落ちていた。
数日休んだとは言え、姫神も完璧な存在ではない。
鬼子爬神やヤクシャの群れと戦った疲労が今でも深くが残っているのだ。
(――この作戦はかなりキツイよ。大丈夫?)
「無論だ。だがそれしか手がない」
正面からの肉薄。それは剛の発案だった。
(――咲姫(さき)がヤツの真下をすり抜けたとき気がついたんだ。ヤツには後ろを狙う武器がないんだ)
「だから再び真下をすり抜けるのだな。そして後方へと回る」
(――うん。でも口で言うのは簡単なんだけど……)
それは非常に危険であった。
正面から相手と交差する場合、確かに攻撃される時間は短い。互いに高速ですれ違うのだから射撃されるのはほんの一瞬だ。
だが絶対的に距離が近い。
敵からすれば的がどんどん大きくなるのだ。命中率は格段に上がる。
「つまりは、諸刃の剣ということだな」
(――そう言うことなんだ)
「構わない。次に決める。さもないと……」
後がない、と言うことだ。
絶対強者である鬼神とは言え、所詮は生き物。肉体には限界がある。
パラパラパラッと軽快なローター音が急接近する。
そして極光の巨体が眼前に迫った。
その途端にビリビリビリビリッと大気が震えた。
十二門バルカン砲が一斉に火を噴いたのだ。姫神の眼前で地が沸騰した。
その土塊の猛煙で極光の姿をロストする。
「ちっ……」
姫神は一瞬身を沈め軸足に力を込めて右に飛ぶ。
その直後、毎秒二百発の弾着が襲った。
「
真っ赤に焼けた鉄棒を押しつけられたような猛烈な痛みが両腕を襲った。
直径二ミリ長さ五センチのニードル弾の数発が腕を瞬時に貫いたのだ。
すさまじい威力だった。
別段、毒や炸薬が仕掛けられている訳ではなく、この弾は単なる
血潮が噴水のごとく吹き出した。
(――さ、咲姫っ)
「だ、大丈夫だ……。行動に支障はない」
だが、両腕は完全に使い物にならなくなっていた。
「まだ行けるっ」
姫神は疾駆した。
幸いなことに両足は無傷だった。
神速の原動力たるその脚力は未だ持って姫神を鬼神たらしめている。
「抜けるぞっ」
弾着が後方へと去り、極光の巨大な影が姫神の頭上を覆い始める。
そして抜けた。
(――咲姫っ。追ってっ!)
「承知!」
鬼神は足のエッジを使って
すると乾いた地面が爆ぜた。
吹き上がる土煙は姫神の背丈よりも高い。なにしろ神域の速度を瞬時に止めたのだ。
そして身を翻した姫神は猛然と頭上の極光を追い始める。
(――空気弾で行こう。それならまだ使えるよね?)
「無論だ。だが肉薄しないと……」
効き目がない。
気の爆発の必殺距離は半径三十メートル。
だがそれは生身が相手の場合だ。鉄の固まりならば触れる距離まで近寄らなければ一撃では屠れないのだ。
(大丈夫。考えがあるから)
やがて極光の速度が落ちた。
そして前のめりになって尾部と機首が回頭を始めた。急速転回しているのだ。
そしてそこは雑木が茂る森の真上だった。
(――咲姫っ。今だっ)
「でああぁぁぁ……!」
裂帛の気合い。
身の内からマグマのような熱源が生まれ、周囲の空気が熱を帯びてまとわり始める。
(――咲姫っ。森だっ。あのヘリの真下の木を狙うんだっ――!)
姫神は瞬時に剛の意図を察知する。
「ってえええええっ……!」
姫神が腕を振り下ろす。
すると唸りを上げて気が爆ぜた。
ゴオオッと言う響きとともに、巨人の拳のような空気の固まりが木々へと突き刺さる。
森が爆発した。
ドガガッンと落雷のような轟音とともに、地面を根こそぎえぐったのだ。
そして爆発の影響はそれだけではなかった。いや、それ以上の意味がその爆発に込められていた。
ガンガンガンッと堅い激突音が空に満ちた。
それは木々が鉄壁にぶち当たる音だった。
爆発した森の上には極光がいた。
急速旋回中の状態の中、爆発で吹き飛んだ一抱えはある樹木が立て続けに激突したのだ。
機体にはそれほどダメージはない。なにしろ分厚い鉄板をまとった空飛ぶ装甲なのだ。
だが極光はグラリと傾いた。
航空機にとって、その挙動は重度の危険を意味している。
重量を地に預けていないアンバランスな状態の中で、全力でバランスを取って機動するのが空飛ぶ機械の宿命だ。
それは百二十年前のアメリカで、自転車屋兄弟がわずか十二馬力のエンジンで成し遂げた快挙の頃から実は今もほとんど変わっていない。
何にせよ、地に自重を預けた地上の乗り物とは違うのである。
しかも旋回中という不安定な要素が極光に災いした。
機体は右に左にと翻弄され、立木の梢を避けきれずメキメキとへし折る。
そしてそのことで更にバランスを崩すという悪循環に振り回されていた。当然、攻撃に転ずるような余裕などない。
(――咲姫っ。今だっ。今ならっ)
やれるかもしれない……。
だが、剛の言葉はそこで途絶えた。
(――さ、咲姫っ? ねえ、咲姫?)
ガクリと身体が傾いた。
そして視界がブラックアウトする。そしてゆっくりと地に崩れた。
「剛……。すまない……。ごめんね」
姫神の意識がフッと消えた。
今の攻撃で最後だった。すでに限界だったのだ。
(――さ、咲姫っ。……咲姫ったらっ)
悲痛な声で剛は叫ぶ。
(――クソっ。今反撃を喰らったら、咲姫は……)
我が身のことなど剛には考えが及ばなかった。
今はただ咲姫の身だけを案じていた。
だが、いくら思いを込めても身体はピクリとも動かなかった。
(――なんて結末だ。クソ喰らえっ)
姫神という主電源が落ちたその肉体に、今の剛にはなすすべがなかった。
□ □
「コンチクショーっ!」
角張った顔にびっしりと汗を浮かべて亜門は操縦桿を力任せにあやしていた。
ガガガッと機体に衝撃が走る。
立木を二、三本へし折ったのがわかる。
だがやがて、フーと息を漏らす。
なんとか体勢を立て直したのだ。並のパイロットなら即座に墜落は免れない事態だった。
「やられたよ。こんなの初めてだ。……いい、とにかくいい。とんだじゃじゃ馬だな。この極光もそうだが、あの鬼神はそれ以上じゃねえかっ」
悪態を吐く。だがその表情は笑顔だ。
「ヒャハハハハ。……もう最高っス!」
副長の古葉が拳を振り上げて絶叫していた。
「ああっ。すげえぞ。すげえぞ。……姐(あね)さん。あの小娘、最高だっ。ちきしょー、俺は惚れた。
空飛ぶヘリに大木ぶつけるなんて聞いたこともねえっ」
「あんまり褒めンなよ。アタシが嫉妬しちまうじゃねえか」
英子はチッと舌打ちする。
だがその表情は満更でもないと言った感じだった。
「でもがっかりさせるようだが、もうお終いだ。
残念ながら勝負自体は引き分けなンだが、アタシたちは勝っちまったンだからさ」
モニタ画面には俯せで地に横たわる鬼子姫神が映っていた。
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