第11話 人為的に発生させられた地磁場現象。

(――あちゃー……)




 剛が落胆の声を漏らした。

 

 

 

「えっ? 咲姫ちゃん、咲姫ちゃんなんだよね?

 ……でも、その制服は湖水見高校の男子用だし、安全ピンは私が剛につけてあげたもの……。

 えっ? えっ? えっ? これって? なに……? どういうことなの……?」

 

 

 

「いや、の、希美。冷静になれ。早まるな。こ、これには訳がある」




 咲姫が狼狽えた。

 

 

 

(――ごめん、咲姫。これは俺の失態だ。本当にごめん……)




「えっ? どうして剛の声も聞こえるのっ? でも……。えっ?」




 希美は慌てて周囲を見回す。だがもちろん剛の姿はない。

 

 

 

 ――そのときだった。

 

 

 

「お嬢ちゃんよ。探しても小形おがたつよしはいねえンだよ。なんせ、目の前の少女が小形剛と同じなンだからさ。

 ……もっともアタシもたった今、わかったンだけどね」

 

 

 咲姫は振り返る。

 そしてその聞き覚えある声に身構えた。

 

 

 

「な、なぜ貴様がここにいる?」




「寝ぼけたこと訊くンじゃねえよ。お前さんたちを捕まえるのがアタシの仕事だからさ」




 不敵な声が響き渡る。

 声の主はこげ茶色の制服の上に長い白衣をまとった寝癖全開のザンバラ髪。

 薬師寺英子だった。

 驚いたことに単身、しかも……。

 

 

 

(――どういうことなんだ? 耐地磁気プロテクターも着けていないって?)




 剛は強く疑問を感じた。

 この地磁場現象下で生身で無事でいられるのは咲姫たち鬼神やヤクシャたち、そして剛のような鬼神を宿す特異体質の者だけだからだ。 

 だが咲姫には、その疑問よりも薬師寺英子に問いただしたいことがあった。

 

 

 

「なら問う。だったらなぜ、ヤクシャたちを先につぶさなかったのだ。

 ここには無関係の市民が多数いるのだぞ。貴様たちの本来の役目は、そこにあるのではないのか?」

 

 

 

 咲姫が顎で指し示す先には気を失っている湖水見高校の生徒たちの姿がある。

 

 

 

「無関係な市民の中に、関係者が姿を隠して紛れ込んでるンだ。こうでもしなきゃあぶり出せる訳がないだろうよ。

 それに異世界の怪物さえ現れなければ市民に被害は出なくなるってもンさ」

 

 

 

「い、異世界の怪物って……? それに、あの人は誰?」




 希美が怖々と小声で言葉を口にする。 

 希美の頭の中では今様々な疑問が浮かんでいる。だが大きな声で尋ねるには憚られたから小さく呟いたのだ。

 利発な少女である。

 咲姫と白衣姿の女性との関係に余人が口を挟めないなにかを感じたからであった。

 

 

 

「この女が言う異世界の怪物とは私のことだ。そしてヤツは気象庁の気武装隊きぶそうたいの指揮官、薬師寺やくしじ英子えいこと言う執念深い女だ」




 咲姫が英子を見据えたまま説明した。

 

 

 

「さ、咲姫ちゃんが、……怪物って、どう言うこと?」




「お嬢ちゃんよ。悪いことは言わないから今の内に逃げンだな。その少女は人間じゃねえ。

 鬼子姫神きしひじんって言う化けモンでアタシたちの敵だ。つまり人間の敵ってことになる」

 

 

 

「に、人間の敵……」




「そうさ。更に言えば今の姿のときは鬼立きりゅう咲姫さきって名乗っているンだが、それも間違いだ。

 そんな名前の少女はこの世にはもういない。その少女が勝手に自称してるだけなンだよ」




 咲姫の肩が震えた。怒りで自制が効かなくなっているのだ。

 

 

 

「わ、私は鬼立咲姫。そして鬼立咲姫は私だ。貴様になにがわかる」




「バカぬかせ。鬼立咲姫は、もう死んでンだよ」




 咲姫の瞳が大きく見開かれた。感情が爆発したのだ。

 

 

 

「や、薬師寺っーーー。きっ、貴っ様っーーーーーーーーーーっ!」




 咲姫が吠えた。

 そして瞬時に鬼子姫神へと身を変える。

 

 

 

 長い頭髪が総毛立ち炎のように舞う。

 尖った耳は角を思わせ顎先まで伸びた牙は獣のごとく、そしてゆっくりと開かれた五指の爪すべてがピキピキと音を放ちながら猛禽のかぎ爪へとその姿を変えたのである。

 その穂先はとがれた刀のごとく。

 

 

 

 そして気が歪む。

 ゴウッと唸りを上げて姫神の周囲で空気が泡立つ。あまりの怒りに急速に収束した気が飽和しきれなくなっているのだ。

 

 

 

(――さ、咲姫っ。落ち着けっ)




「黙れ黙れ黙れっ。これが落ち着けるかっ。瞬きの間もなく殺してやるっーーーーーーーっ!」




 完全に血が上っていた。

 目の前に憎き敵がいる。しかも自分を愚弄したのだ。誇り高い姫神が落ち着ける訳がない。

 

 

 

 だが、眼前の英子は余裕の笑みを浮かべている。

 しかも単身、無防備だ。まずはそれを疑うべきなのだが、沸点に達していた怒りは抑えきれない。

 そして姫神は右手を振り上げた。気を爆ぜて宣言通りに瞬殺するつもりなのだ。

 

 

 

 だがガキンッと音がした。

 

 

 

「な、なにっ」




 驚くべき事態が起こっていた。

 鬼子姫神の左手が右腕を受け止めていたのだ。つまり、我が身が我が身を封じていたのである。

 

 

 

(――咲姫。ごめん。

 わかってると思うけど、ここで気を爆ぜたら、希美もあそこで倒れてる生徒たちも、ただじゃすまないから……)

 

 

 

「ぬうっ……」




 姫神は絶句した。

 剛が言ったそれは本来言われるまでもないことだからだ。

 

 

 

 気の必殺距離は半径三十メートル。

 無論、英子は瞬殺できる。肉も骨も血液も瞬時に塵芥となり風の中に霧散するのは間違いない。

 そして剛の言葉通り、希美も他の生徒たちも同様になる。

 

 

 

 だが、姫神が動きを止めたのは威力があり過ぎる己の力を改めて理解しただけではない。

 内包する鬼神の力をも押さえる剛の器の力に戸惑ったのだ。やはり剛は成長している。

 

 

 

「あはは。これはおもしろいね。これこそ正真正銘のひとり芝居、ひとり相撲だね。

 いいもン見せてもらったよ」

 

 

 

「き、貴様っ。私たちを愚弄するのかっ」




 姫神はかぎ爪をカチンと鳴らした。

 

 

 

(――ちょっと、咲姫っ)




「案ずるな。気は飛ばさない」




 爪で刺し殺すつもりだった。

 相手はわずか数メートル先の標的だ。苦痛の声もなく瞬時に命を奪うのは容易い。

 それは英子もわかっているはずだ。

 だが、それでも英子は笑みを崩さない。

 

 

 

「私を殺そうってのは無理な話さ。この場ではな、驚くかもしらんが私が鬼神なンだ。

 お前さんは、そうさな、ヤクシャ程度に過ぎないのさ」

 

 

 

「貴様ごときが鬼神だと。笑止。いや、なんたる屈辱……。その減らず口、叩き潰すっ」




「ほお、やるのかい? 無駄だと思うンだけどね」




 姫神は地を蹴った。だがそれは冷静さを欠くあまりにも無謀な行いだった。

 

 

 

(――おいっ、咲姫っ。やめろバカ女。これにはなにかあるぞっ)





 剛が叫ぶ。

 だがもはや勢いは止まらない。姫神は右腕を繰り出した。

 遠慮もためらいもない瞬時で英子の頭蓋を砕くもくろみだった。

 だが……。

 

 

 

「痛ってええっ!」




 勢いが止まり、高さ二メートルの空中からアスファルトに叩きつけられて転がったのは剛だった。

 激しい痛みが全身を襲う。それでも五体満足だったのは剛が軽量だったからだ。

 

 

 

(――な、なにが起こったのだっ?)




 剛の身体の中から咲姫が驚愕の声を漏らす。

 避けられたり防がれたりするのなら、まだわかる。鬼神と人間との力の差は歴然だが鬼神とて生き物なのだ。だからし損じることは限りなくあり得ないが、ないこともない。

 

 

 

 だがこれは違う。

 防がれたとかいうレベルの話ではない。鬼神の存在が消されたのだ。

 

 

 

「空が……。そうか、そういうことか」




 仰向けの姿勢で剛が呟く。見上げた先には抜けるような青空が広がっていた。

 

 

 

(――ど、どう言うことだ?)




「これはあの人の仕掛けた罠だったんだよ。たぶん地磁場現象が消されたんだ」




(――消された? 意味がわからん)




「おそらくなんだけど、あの人の仕業だろう。

 ほら、少し前に気武装隊のヘリと戦ったよね。あのときヘリは地磁場現象の中なのに平気で飛んでいた。あれにはなにか秘密があるはずだ。あれと同じような原理かも」

 

 

 

(――そんなことができるのか? だとしたら由々しき問題だぞ、なぜなら……)




 人間がヤクシャどもを操れることになるからだ。

 いや、それだけではない。鬼神すらも英子の手のひらの上の存在になることを意味する。

 

 

 

「おめえさん、小形剛って言ったな。久しぶりと言いたいがアタシのことは覚えちゃいないンだろうね。

 ……まあ、いい。冷静かつ情報分析がするどい。いいもん持ってンよ。

 ……と、するとなるほどね。それが姫神の強さの秘密ってことなるンだね。

 単細胞のバカ女にしては今までの戦いはずいぶん知恵が回っていると驚いていたンだが、お前さんの入れ知恵だったンだね。そういう訳か。納得だ」




 英子はうんうん頷いた。表情は笑顔だ。

 

 

 

「気に入った。確かにお前さんの言う通りさ。……亜門っ、出ておくれ」




 英子が叫ぶ。すると背後の森に爆音が轟く。立木が激しく揺さぶられ木の葉が狂ったように舞い飛ぶ。

 そして浮かび上がる鉄の固まり。

 

 

 

 ――極光オーロラ!。

 地磁場現象下で飛行できる気武装隊の攻撃ヘリ。

 

 

 

「お前さんもわかるだろ? モーターに電流を流せばモーターは回る。そしてモーターを空回りさせれば今度は逆に発電する。

 ま、簡単に言っちまえばそういう原理さ」




 ダイナモやオルタネーターと原理と基本は同じなのであった。

 極光の最大の武器である消磁機イレーサー。英子はそれを逆回転させたのだ。

 すると効果が入れ替わり、通常空間に地磁場現象を生じさせるのだった。

 

 

 

「で、俺たちをどうしようと……」




 訊くまでもなかった。

 剛に向けて極光が誇る毎秒二百発のバルカン砲がピタリと照準を合わせていたからだ。

 鬼神ではない今の剛に、それを避ける術などあるはずがない。

 

 

 

「安心しな。命を取ろうって訳じゃない。ただアタシん家に招待するだけさ」




 すると極光の機体からハッチが開き、するするとロープを使って隊員たちが降りてきた。

 先頭は副長の古葉だった。

 

 

 

「姐さん。じゃあ連行するっスよ」




「ああ、構わないから、ちゃっちゃとやっちゃってくれ。だけど丁重にな」




「了解っス」




 屈強な古葉ともうひとりの隊員は小柄な剛の両脇をその太い腕でがっちりと掴んだ。

 こうなってはどうしようもない。

 

 

 

「ん? ちょっと待っとくれよ」




 英子がそう告げた。そして未だ呆然としている希美の前に立つ。

 

 

 

「お嬢ちゃんよ。お前さんも、そう言えば湖水見高の寮生だったね?」




 そしてポケットからなにかの機械を取り出した。

 体内を調べるスキャナーだった。

 

 

 

「んー。思った通りだ。あんとき消えた黒い水たまりみたいな鬼神ってヤツは、これだね」




 ピッと電子音がした。そしてはじき出された計測結果に、英子は満足げに微笑んだ。

 

 

 

「や、やめろっ。希美は関係ない。

 希美はまだ一度も鬼神に変身していないっ。だからなんの罪もないだろっ」




 剛が叫ぶ。

 

 

 

「私の中に鬼神……?」




 力なく希美が呟く。

 己の身になにかが起こった事を理解したのだ。

 

 

 

「悪いけどさ。これもいちおう決まりなんでね」




 自らの事態の意味がわからずに、希美はただ唖然として隊員たちに腕を取られるままだった。

 

 

 

 悔しかった。

 剛はあまりもの無力さに思わず歯がみする。だがそれを堪えた。

 ここで暴れてもなんの打開策にもならないからだ。

 だったら少しでも情報収集に努めるのがせめてもの得策だ。

 

 

 

「あのっ。ひとつ質問いいですか?」




 古葉たちに引きずられるままの状態で剛が英子に尋ねた。

 

 

 

「なンだい?」




「あなたは罠を仕掛けた。でもどうしてこの場所を選んだんですか?

 って言うか、どうして俺が咲姫と同化しているって、わかったんですかっ?」

 

 

 

 英子はしばらく考え顔だった。だがやがて口を開く。

 

 

 

「いろいろ調べて鬼神が出没する街と、その住民を徹底的に調査したンだ。

 すると、ある一定の法則がわかった」

 

 

 

「一定の法則?」




「ああ。鬼神が現れる街には、この湖水見で十年前に起こった事故の生き残りの少年少女が多いンだ。

 彼らの多くは親を失った孤児だ。だから経済的に困窮してる」

 

 

 

「も、もしかして……?」




「そうさ。湖水見高校の中途入学の寮生の制度は、そんな子供たちばかり集めるようにしてアタシが作らせたンだよ」




 剛は歯がみした。

 咲姫がこの街に初登場し暴れたのは剛が湖水見高校の寮へ入寮する日だ。因果関係を突き止めるのは、そう難しい話ではない。

 

 

 

 見ると希美はホバリング中の極光から降ろされた縄ばしこに登り、姿を機内に消すところだった。

 そうなると次は剛の番である。

 

 

 

 なにか、手はないか……?

 

 

 

 ――そう思ったときである。頭上を見上げた剛は思わず息を飲んだ。

 

 

 

 血のような真っ赤な空。飛び交い始めたプラズマ放電。

 そして、ウーウウーウと響くサイレン。

 

 

 

「地磁場現象っ!」




 剛は叫んだ。

 それは紛れもない、本物の地磁気の乱れの発生だった。

 先ほどの極光が生み出した小規模なものではない。街全体に響くサイレンがその証明だ。

 

 

 

「咲姫っ」




(――承知)




 次の瞬間だった。

 剛の両腕を固めていた二人の気武装隊隊員が吹っ飛ばされた。

 もちろん突き飛ばしたのは剛ではない、瞬時に変身した鬼子姫神である。

 

 

 

「場所を変えるぞ」




 地を蹴った姫神は、その勢いのまま木々を飛び越え崖下へと跳躍した。

 

 

 

(――咲姫、どうして今ここで戦わないんだっ?)




 剛の疑問は当然である。今の極光ならば動けないも同然だからだ。

 だが、

 

 

 

「私は薬師寺英子とは違う。卑怯な手は使わない」




 つまり、正々堂々と雌雄を決しようというのである。

 

 

 

(――目には目を歯には歯を、って言葉もあるんだぜ。あの場なら一撃で倒せたのに)




「なんとでも言え。私は戦いたいのだ」




 これが鬼子姫神の心意気であった。

 相手が強敵であればあるこそ、正面から挑みたいのである。

 

 

 

(――でもまあ、あそこだったらバスに乗っていたみんながまだ倒れたままだから、そこで戦えば確かに危険だね。

 だとすると咲姫のその判断も間違ってはない)




「なるほど。そう言う風に答えれば、お前に褒められたのだな。失敗した」




 咲姫はそう軽口で返答した。余裕が出来てきた証拠である。

 

 

 

 そして降り立ったのは、住宅建設予定の造成地であった。

 数日前にヤクシャの群れが跋扈し極光に粉砕された、あの場所である。

 

 


  □□



 背後にローター音が迫ってくる。

 むろん、この地磁場現象下で飛べるヘリは極光しかあり得ない。

そして次の瞬間だった。バリバリバリッと毎秒二百発、合計十二門のバルカン砲が発射されたのだ。




「くうっ……」




 と呻きを上げたかと思うと、姫神は弾着よりも速く地を蹴っていた。

 まさに神速である。

 

 

 

 そして、素早く立ち止まると、すっかりほっくり返した畑地と化した造成地に直立する。

 数日前にヤクシャが跋扈した開けた場所である。

 そして鬼子姫神が鬼子爬神と戦った戦場でもあり、更に言えば、極光がその威力を見せつけてヤクシャの群れを瞬く間に虐殺した土地でもあった。

 

 

 

(――おい咲姫。このバカ女っ。気武装隊の新鋭機の真っ正面で止まるなんて、なに考えてんだよっ!)




「なんとでも言え。私はあの女が嫌いだ。純粋に嫌悪してる。あの女は邪悪だっ!」




 姫神は叫んだ。

 

 

 

「薬師寺っーーー。きっ、貴っ様っーーーーーーーーーーっ!」




 姫神の身体には過去に英子に受けたすべての古傷が疼いていた。

 かつてのその痛み、かつてのその屈辱、そういう過去のすべての感情が堰を切ったかのように吹き出したのである。

 

 

 

 そして姫神は、地に両足を屹立させ胸を張り両手を腰に添える。

 風が吹き、その長い髪の毛先までも翻弄する。

 さらに頭上の敵を射落とすかのような強い視線で捉える。まさに仁王立ちであった。

 

 

 

 一方の極光も静止していた。

 まるで宙に縫い付けたような微動だにせぬホバリング。

 だが十二門の火砲は、ぴたりと照準を合わせている。むろん標的は鬼子姫神だ。

 

 

 

 この宙に浮かぶ存在、まさにオーロラそのものだった。

 地上からは届かぬ遙か高みに位置し圧倒的な存在感を見せつけている。

 異世界の破壊神のひとりの鬼子姫神と、人類最強の武装である十五試強襲機「極光」が正面から相対した初の瞬間だった。

 

 


 □ □




極光の機内では乗員が二名ほど少なくなっている。

その二名は気を失っていたバスに乗っていた湖水見高校の生徒たちを守るために英子が現場に残してきたのだ。

 その二名は通信や整備担当として搭乗している隊員なので鬼子姫神との戦闘には差し支えないからだった。

 

 

 

「避けたよ。へえ、うれしくなっちゃうな。本当っスか?」




 副長の古葉は感嘆の声を上げた。

 自分の射撃が躱されたにも関わらずである。

 

 

 

「当たり前だ。相手は鬼子姫神なンだ。

 そんじょそこらの鬼神と違ってとにかく速い。そして思い切りがいい。おまけに美人の三拍子そろってンのさ」

 

 


 モニタには眼下の敵が映っていた。

 角のように尖った耳、顎まで伸びた牙、二の腕よりも長いかぎ爪のその姿は、異形だが容姿は同姓の英子でさえ見とれるほどだ。

 

 

 

あねさん、ずいぶん詳しいな。ひょっとして昔からの顔見知りか?」




 機長の亜門が問う。

 

 

 

「ああ、そんなトコさ。手合わせするのは今日で三度目か四度目か……。

 もっとか。まあとにかく目下熱烈片思い中のアタシの相手なのさ」

 

 

 

「そいつは豪勢だ。鬼神ハンターの姐さんでも、敵わなかったって訳かい?」




 亜門がヒューと口笛を吹く。

 

 

 

「恥ずかしいこと訊くンじゃないよ。

 ……まあいい。生半可な攻撃じゃ、こっちがやられちまうからね。あいつには煮え湯を飲まされ続けて来たんだ。あいつ相手にアタシの部隊は壊滅させられてきた。前回はセラ戦車を使ったんだが、やられた」

 

 

 

「セラ戦車を? マジっスか?」




 副長の古葉が驚きのあまり振り返る。

 セラ戦車とは超硬質セラミック装甲を持つ気武装隊の主力戦車だ。その性能は陸自の最新鋭戦車とガチに殴り合いができる程だ。

 

 

 

「ああ、正面装甲を、あの爪でぶち抜かれた。

 なにしろ対人レーダーを振り切って接近して来たンだから、アタシにも対応できなかった」

 

 

 

 機内が静まった。

 しわぶきひとつない。

 そして英子の言葉を疑う者はひとりもいなかった。今眼前でバルカン砲の一撃を躱した動きを見ていたからだ。

 

 

 

「だが、恐れることはないよ。こっちは距離を保っていればいいンだ。上空からの攻撃に徹底するよ。亜門っ」




「了解」




 機長が即座に答えた。

 

 

 

「消磁機のボリュームを目一杯上げな。ヤツの攻撃はこっちに届くンだ」




 亜門は機器を操作した。キーンとした高周波ノイズが機内を満たす。

 モニタ画面が一瞬歪み瞬いてから戻った。そして機体とその周囲に外とは異質の空間が発生する。 

 消磁機がフル回転を始めたのだ。

 

 

 

 これこそが英子の切り札であり、金属の固まりである極光をこの磁界の地で飛ばせる仕組みだった。

 機体表面の金属板はただの装甲ではない。これこそがその発生装置そのもので機の周囲を通常空間にさせているのだ。

 つまりここは強地磁場影響下とは異界なのだ。

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