第6話 希美と別れ、影と出会う。

 希美を先頭にして建物を出たカフェの被災者たちは、無事に隣ブロックの避難壕へと到着した。

 そして地下への扉の前で希美が尋ねてきた。




「いちおう聞いてみるんだけど、咲姫ちゃんもいっしょに避難しないの?」




 咲姫の答えはもちろんノーだ。




「私は自分の身は自分で守れる。

 それにだ、私が避難壕で戦いに入ったら、今度こそ絶対に貴様たちを巻き込む。だから断固拒絶する」




 自分ではかなり強い口調で言ったつもりだった。だが希美は嫌な顔どころか満面の笑顔になっていた。




「やっぱ思った通りの答えだね。ひとつ聞いていい?」




「な、なんだ」




 予想外の希美の反応に咲姫は戸惑った。

 いったいこの女は……。




「私と咲姫ちゃんて、どっかで会ってない?」




「いや今日が初対面だ。それは確認済みだ」




「確認済み? 誰と?」




 咲姫は狼狽える。




「いや、なんでもない。もういいだろう。早くその扉を閉めるんだ」




「わかった。じゃあまたね。いろいろありがとう」




「またはない。もう私とは関わるな」




 ぶっきらぼうにそう言って、咲姫は分厚い超硬質セラミックの扉を押した。




「どうかな? また絶対に会えそうな気がするな。

 なんかね、私と咲姫ちゃんってどっかに接点があるような気がするんだ」




 バタンと扉が閉まる寸前に希美がそういった。

 咲姫はしばらく閉じられた扉を見つめていた。




(――咲姫、どうしたの?)




 あまりにも咲姫が動かないことで剛が尋ねてきた。




長良ながら希美のぞみか。あの女、あのときの剛と同じだ。やっとわかった」




(――なにがわかったの?)




 咲姫は口を強く結び額に指を当てる。

 これは咲姫が強く考え事をしているときの癖だ。




「似ているのだ。あの事件のときに私と出会ったときの貴様そっくりだ。

 他人に対して心があまりにも無防備だ。初対面の相手にあまりにも隙がありすぎる。好意的すぎる。

 こういう性質は鬼神につけ込まれやすいのだ」




(――なに? じゃあさ、咲姫は俺につけこんだの? 

 じゃあさ、咲姫も俺の身体目当てで近づいてきたのか?)




「茶化すな。下衆げすなことをいうな。それでは私がいやらしい女みたいではないか」




(――茶化してない。下衆なつもりもない。いたってまじめな質問のつもりだ。

 あのとき俺は六歳だったんだぜ。もっと大人と同化していたら戦いだって楽なはずだ)




 咲姫はハッとした。剛の口調は強かったからだ。

 いつもは軽くて思慮などない発言ばかりの剛なのだが、ときおりまじめで強い男が出る。

 そんなときだけは咲姫は剛を見直す。やはり自分の判断は間違っていなかったんだと。




 わかった、と答えて咲姫は歩き出す。

 行き先は決まっていた。剛がこれから暮らす湖水見高校の寮である。




「私は自分が実体化できる宿主として確かに貴様を選んだ。あのとき私は追われていたこともあり時間がなかった。

 だから選り好みなどできた状況ではなかった。とにかく宿主として同化できる人間ならば、男でも女でも大人でも子供でもよかった。

 それは間違いない――」




 誰もいない。なにも動かない。

 完全なる白昼のゴーストタウン。そんな湖水見市の中心街を咲姫は抜けた。




「しかしだ。私はあのとき判断した。貴様は将来絶対に強い男になると目星をつけた」




(――俺が強い男? 意味わかんないな。俺はあのときも今も小柄だ。

 これはじいさんや親父譲りだから遺伝だ。こればっかりは仕方ない)




「そういう意味ではない」




(――じゃあ、どういう意味だ。

 ……そりゃ俺だってちょっとくらい背が高いやつが相手で、しかも素人だったら絶対に負けない自信はある。

 だけど俺と同い年でも、中にはもう下手な大人よりも背が高くて力が強いヤツは大勢いるぞ。

 そういうやつがボクシングとか空手とか、とにかく、そういう格闘技をやってたら絶対に勝てないぞ)




「違う。そういう意味ではないんだ」




 今度は咲姫の口調が強かった。




「私が言いたいのは、肉体の強さ弱さという意味ではない。貴様がいう強さは肉体の強弱の意味だ」




(――だって、それがすべてだろ?)




「違う。断じて違う。

 肉体の強さとは言うなれば武器の差だ。人間が持つ本来の強さとは異なる。わからないのか?」




(――なにがいいたい?)




「私が言いたいのは武器の差とは見せかけの差だ。そういう意味のことを言いたいのだ。

 例えばだ。貴様が二メートル百キロのプロ格闘家と戦うことになったとしよう」




(――瞬殺されるな。絶対に)




「そう。そうなるだろう。だがそれは武器の差だ。大きくて強い身体と言う武器を持ち、更に鍛えた肉体が加わった恐るべき武器だ。

 だがな、そのときの貴様が相手とは違う武器を持っていれば形勢逆転になる」




(――どんな武器だよっ)




「ナイフ、刀、拳銃、機関銃、それで勝てなければミサイルでもいい」




(――そんなら勝てる。っていうか卑怯過ぎるし)




 剛は笑う。だが咲姫は真剣だった。




「なぜ笑う? 持っている武器の差の話だろう」




(……)




「私が言いたいのは、そういうことだ。

 武器の差などそれ以上の武器を用いれば簡単に力の違いなど覆せるということだ。だから、それよりもだ」




(――それよりも? なに?)




「それよりも大事なのは意志の差だ。

 例え自分が死んでも相手を倒す。例え自分が倒れても誰かを守る。

 そう言う意志を持つ者が、いちばん強いのだ」




 咲姫は剛の返答を待たなかった。たたみかけるように更に告げる。




「忘れたとは言わせぬぞ。

 あのとき貴様は私を助けようとした。両手を広げてヤクシャに立ち向かった。

 わずか六歳の小生意気な小僧がだ」




(――小僧で悪かったな)




「茶化すな。私は真面目にいっている」




(――ごめん)




「まあ、いい。とにかく私はそれを含めて貴様を見込んだ。

 今現在までそれは間違っていないと自負している」




(……それを含めてって?)




「う……。うるさい」




 咲姫は俯いてそっぽを向く。




(――ねえ、咲姫?)




「な、なんだ?」




(――おかしくない?)




 言われて咲姫も気がついた。

 最近咲姫は自覚し始めている。自分は話し込むと周りが見えなくなる性格だと言うことを。




「確かにな」 




 市役所はとうに過ぎた。

 そしてその間に人間はおろか、プラズマ放電にもヤクシャにも出会わなかった。




 咲姫が言うにはヤクシャたちは異世界へ帰った訳ではなく、遠巻きに機会を窺っているらしい。

 鬼神を恐れて登場したくても登場できない状態なのだ。

 だから剛が言うおかしいとは別のことだ。




「磁度七? どういうことだ」




 咲姫は道路脇に設置された地磁気計を見て疑問を浮かべる。

 先ほどヤクシャたちと死闘を繰り広げたときでさえ、磁度は五であった。

 それでも異常なことである。日本全体を見ても磁度五は年に一度あるかないかのレベルだからだ。




(――新記録だね)




 剛は緊張を隠したつもりで言った。だが声が震えてしまっていた。




「剛。かまわないな」




(――当然。って言うか頼む)




 答えた瞬間には、咲姫は背のバッグを放りだし、すでに変身を開始していた。




(ちょ、ちょっと俺のバッグがっ!)




 剛の悲痛な叫びは当然無視された。二転三転してバッグは歩道のすみでくたっと潰れる。

 そして咲姫は鬼子姫神へと変身した。




 その長い頭髪が総毛立ち炎のように舞う。

 ピンととがった耳は角を思わせ、あご先まで伸びた牙は獣のごとく、そしてゆっくりと開かれた五指の爪すべてがピキピキと音を放ちながら猛禽の様なかぎ爪へとその姿を変えたのである。




 そして爪先をカチカチとリズミカルにならしフッと微笑む。

 楽しんでいるのだ。




 鬼子姫神は戦いの女神。これから起こる異変に高揚しそれが笑みとなって現れたのだ。

 身の中からふつふつとわき出す余りある力に満足するその顔はある意味神々しい。

 だがそれは慈悲深い善神のものではない。

 まごうことなどないまがまがしい鬼神の力であった。




 見た目にはこの市役所通りはなにも変化はない。

 他の気象警報と違って風が強くなったり大雨や大雪が降っている訳ではないからだ。




 だが、なにかが違っていた。

 まず風がなかった。先月上旬には見事な花を咲かせたであろう街路樹の桜木たち。

 その通りに張りだした葉の一枚一枚が停止していた。まるで時間が止まったかのようだった。




 そして目を細めて遠くを注視していた咲姫だったが、やがてハッと目を見開く。




「……来る」




(――来る、ってなにが?)




「わからない。だが来る」




 角のようにつきだした長い耳に咲姫は手を当たる。

 そうするとよく聞こえるのだと言っていたのを剛は思い出す。




 聞こえた。

 ゴゴゴゴゴッと遠くから地鳴りに似たとても低く広い音が響いてきたのだ。

 むろん人間の聴力ではとうてい捉えることのできない遙か先の異変だ。




(――なんだろ?)




「手強い相手だ」




(――手強い? どんなやつ?)




「……鬼神だ」




姫神がぽつんと呟いた。顔は瞬時に引き締まる。臨戦態勢だった。

 先ほどのヤクシャとの戦いのときに見せた顔には余裕があった。

 まるで降りかかった火の粉を払う程度の煩わしささえも含んでいた。




 だが、今は違った。

 笑みこそ浮かべてはいたが油断も隙もない緊迫が伝わってくる。




「来たっ」




 視線の先の大気が歪んだ。

 通りの向こう。かすかにアップダウンした直線道路の先に大型家電店がある。

 その大きな看板と三階建ての建物の輪郭が、一瞬崩れる。




 そして次の瞬間には形を戻すが、今度は手前のファミレスが歪んだ。

 次はバス停、その次は信号機とぐんぐんとやって来るのだ。




 速い。

 その速度は人を遙かに凌駕していた。とんでもない速度でなにかが迫ってくる。




(――影……?)




「そうみたいだな」




 近づくにつれて徐々に正体がわかってきた。

 影だった。




 路面を這うように、いや、流れるように墨色のなにかが迫ってくる。

 その姿に厚みはない。だから影なのだ。




 しかもである。

 影ならば、それを作り出す日差しを遮る物理的ななにかあるはずだ。

 そのなにかとは実体。

 光を通さないそのものがなければならないはずだ。だが、それが見えない。




(――影だけ?)




 剛が尋ねた瞬間だった。




「ぐっ……」




 姫神が呻いてその身体が翻弄された。

 まるで突風にあおられた紙くずように、宙に高く飛ばされたのだ。




 軽量が災いした。

 接触に備えてそれなりに身構えていたのだが、まったく効果がなかったのだ。




 鬼子姫神は咲姫が変身したものだ。咲姫はそのスレンダーな肉体から容易に想像できるように、かなり軽い。

 まして母体となった剛も身長だけでなく、体重も学年最軽量ランクなのだ。

 だから身のこなしの速さは人外の鬼だが、質量だけはそこらの少女と変わりない。




(――咲姫、大丈夫?)




「不都合はない」




 姫神はとっさに桜の木の太い枝に、その長いかぎ爪を引っかけた。

 枝がわさわさと揺れ、木の葉が舞い散る。




 影の仕業だった。

 だが攻撃ではない。影が作った歪んだ空間に巻き込まれただけであった。




(――な、なんなんだよ。、これ……)




 剛が絶句した。

 眼下は片側一車線の都道だ。歩道を除けばその幅は七メートルはあるだろう。

 だが、その幅はすべて暗黒一色に塗りつぶされていたのだ。




「まるで川だな」




(――墨汁の川だ)




「うまいことをいう」




 そして姫神は鉄棒逆上がりの要領で勢いをつけると、民家の二階の屋根へと飛び移る。

 距離を取ったのだ。

 すると墨汁の川の全容が見えた。




「身の丈三十メートルといったところか」




 影の最後尾が通り過ぎたとき姫神が呟く。




(――ねえ、咲姫。あれはなんの鬼神なの?)




「わからん。私とて、すべての鬼神と顔見知りというわけではない」




(――そうなんだ)




「当たり前だ。貴様だって、通っていた学校のすべての生徒の顔と名前を知っていた訳ではないだろう。

 それと同じ理屈だ。……だが、しかし……」




(――しかし?)




「気になるのだ。やつは間違いなく鬼神だ。あの存在感、そして空間に与える影響力から、それは絶対に間違いない。

 だが……、敵意がない」




(――敵意がない? つまりあの影だけの鬼神は、咲姫を襲って来ないってこと?)




「そういうことだ。だが、鬼神が鬼神と接触しそのまま行き過ぎるということは、あり得ない。

 なにかの理由があるはずだ……」




 すでに墨色の影は過ぎ去った。先ほど咲姫たちが歩いてきた街への方向へと姿を消しつつある。




「ん? 影だけ? ……し、しまったっ!」




 姫神がチッと舌打ちした。

 それと同時に民家の屋根を蹴る。哀れなのはその屋根瓦だった。二十三センチの足跡のままボカンと陥没してしまったのだ。




 そして姫神である。両膝をクッションにして着地の衝撃を緩めると、そのままの勢いでアスファルトの上を疾駆する。

 その方向は街。

 つまり影を猛然と追い始めたのだ。




 誰もいない無人の街。

 そのことから姫神は鬼神本来の力を発揮した。走りながら剛の通学靴を脱ぎ捨て靴下も後方へと手放した。むろん素足の方が速いからだ。




(――ちょ、ちょっと咲姫っ。俺の靴と靴下がぁ……!)




「案ずるな。後で拾う。貴様の持ち物など好んで拾う物好きはいない」




(――そういう問題かよっ)




「そういう問題だ。私の真骨頂は軽さだ。だから戦いに適さぬ物は、この際後回しだ」




(……だったら服もいらないんじゃない? 数百グラムは軽くなるよ)




 ゴツンと衝撃が来た。




(――痛えなっ。今のは本気だろっ?)




「バ、バカなことを言うからだ。は、破廉恥にも程があるぞ。

 わ、私はな、貴様たちの世界でいう嫁入り前の身だ」




 憮然とした態度で姫神が言葉を吐き捨てる。

 器用なことに鬼子姫神は、全力疾走しながら拳で自分の頬を殴ったのだ。




 剛と咲姫、そして鬼子姫神は一心同体だ。だから痛覚も共有している。

 だから姫神がダメージを受けると、剛も痛みを感じる。

 だが、痛覚は表に出ている側に多大なのは当然のことで、今のは姫神の方がダメージがある。




 しかし、存在としての力が違うことから、痛みの度合いはかなり違う。

 剛にとって失神クラスの痛みでも咲姫、そして姫神にとっては軽く叩かれた程度の感覚にしか感じない。




(――悪かったよ。冗談だ)




「そうか。だとしたら過敏に反応しすぎた。すまない」




 咲姫、そして鬼子姫神が未だ人間世界に馴染めぬものがそれだった。

 冗談、ジョークと呼ばれるわかり合える者たちだけの、軽い言葉の掛け合いの加減がわからない。

 互いに心を許せるそれまでのコミュニケーションから生じたその場の雰囲気を察するような、微妙な空気感が読めないのである。




 これは仕方のないことだった。

 咲姫、つまり姫神が生まれた世界は修羅の世界だ。そこにあるのは常に生か死、勝つか負けるかの白黒はっきりとした二者択一の世界なのだ。




 だが最近になって、咲姫は剛に対してだけは冗談を言えるようになっていた。

 それを咲姫は信頼関係ができたからだと思っている。

 しかし、そのすべてに適切に対処できるわけではない。今のように注視すべき他の項目が生じた際には、まだまだ対応不可能であった。




 姫神は走る。素足が地を蹴る。つま先が大地を噛む。

 圧倒的な走行フォームのまま、トップスピードに達していた。

 その加速はチューニングされたスポーツカーと匹敵していた。




(――さ、咲姫。それにしてもいったいどうしたんだよ?)




「迂闊だったのだ。これは私の失態だ」




(――だ、か、ら、ど、う、し、て、な、ん、だ?)




「あの鬼神だ。やつはまさに影。つまり実体がない。

 やつがこの磁度七の乱れた地磁場に誘われて、あちらの世界から具現化したのは間違いないのだ」




 姫神は剛に答えながらも、更に加速した。

 その長い髪が、吹き流しのように真後ろではためく。




(――うわっ!)




 身体が宙に舞う。

 地磁場警報のために放置された路線バスを、走り幅跳びで飛び越えたのだ。

 バスの全長は十二メートル。それを水たまりを越えるか程度の感覚で乗り越えていた。




(――つ、つまり……?)




 着地の衝撃で剛の言葉がかすれる。




「鬼神が鬼神たるのは、なにもヤクシャとの力の差だけではない。

 この世界の人間と同化して、この世界でも生き続けられるかどうかも明らかな違いなのだ」




(――い、意味わかんねぇ)




「想像しろ。やつは十年前の私と同じだ。あの日貴様と出会ったときの私と同じなのだ。

 つまり、やつは宿主を捜しているに違いない」




(――そ、それって……)




 剛は愕然とした。その意味がわかったからである。

無論、鬼神にとって相性がいい宿主は、そうそう見つかるものではない。咲姫が剛と出会ったのは運がいいからだ。

 

 だが鬼神の中には、目の前の誰にでも同化できるものもいる。

 咲姫はそのことは触れなかった。相棒に余計な不安材料を増やす必要はないからだ。




(――あのさ。

 つまり、宿主を見つけた場合は、咲姫と同じ力を持つあの鬼神が地磁場現象の度に現れるってことだよな?)




「そういうことだ。つまり地場が乱れる度に、私と死闘を繰り広げることになる。

 互いのどちらかが死ぬまでな」




 背に悪寒が走る。

 今の剛には実体がないのだが、明らかに寒気を感じていた。




 長いこと咲姫と同化してきた剛にはわかっていた。

 咲姫は特殊なのだ。

 最初は価値観の違いから、咲姫と剛は対立して口論したことが多かった。



 だが、咲姫はこの世界に順応した。

 未だ足りない部分は確かにあるが、少なくとも他人を巻き添えにしてまで本懐を遂げるという行動は、すでに取らなくなっていた。




(――でも、さっきの影はどうなんだ?)




 鬼神の覇を争うという本来の目的のためには、弱者の犠牲などまったく歯牙にもかけないかもしれないのである。




 条件さえ整えば、単独の存在で空を舞う最強フル装備の戦闘攻撃機や、完全装備のイージス艦とガチに戦えるのが、修羅の世界の王である鬼神なのだ。




 それらが全力を尽くして雌雄を決したとき、その場に残るのは瓦礫の山と死屍累々とした地獄絵図になるのは容易に想像ができる。




「追いついた」




 姫神がそう告げた。

 墨色の影の尻尾を視界に捉えたのだ。

 神速極まれり。これこそ軽量軽快の真骨頂。まさに鬼子姫神のみがなせる業だった。




(――ど、どうするんだ?)




「知れたこと。同化する前に、殺す」




 その姫神の冷えた口調に剛は内心ぞっとする。姫神の言葉に慈悲も慈愛もない鬼を見たからである。




「でああぁぁぁ……!」




 裂帛の気合いを発した鬼子姫神が、利き足で地を踏み抜いた。

 そして宙を舞った。右手のかぎ爪の研ぎ澄まされた先端が、日の光を浴びてキラリと光った。

 剣豪の刀の切っ先にも似たそれは、微塵の迷いもなく地を這う影の尾へと迫った。




(――縫い付けるのかっ?)




「むろんだ」




 路面に爪を刺しその行動を封じるのが姫神の作戦だった。

 そしてその判断は正しい。




 咲姫、つまり鬼子姫神ほどには届かぬとしても、この正体が知れぬ影の動きは驚愕すべき速度だからだ。 

 まずは動きを止めなくては戦いようがない。




「なっ……!」

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