エンジニア女子が飛行艇になった挙句空中で爆発四散する

境 仁論(せきゆ)

第1話

「いい? ジャック。今回の機体は特に頑丈に作ってるけどあくまで輸出用。爆弾も搭載してないから、もし襲撃されたとしても退避すること。機動性もあなたの腕に合わせてあるから」


 操縦席で各機能を確認している彼は振り向き、「やれやれ」と言った風に返した。


「もう何度も聞いたよエリ。大丈夫。俺はもう軍を退いて、今はただの運搬屋だ。あのころのような馬鹿な真似はしないさ」

「そうはいっても……」


 彼がそう諭したところで無理をしてきたことを私は知っている。F国との戦争でジャックはエースパイロットとして、燻ぶる煙と雲が混ざり浮かぶ空中を駆け抜けた。その手は見えない兵士を殺め、その度に自身の心身も蝕んでいった。現役時は「鬼」と称される彼だったけれど、本当はそんな謂れをされるような男性じゃない。


「私は、優しいあなたが好き。戦争の中でも優しさを見失わなかったあなたを愛してる。怪我をしたって聞くたびにどれほど心配したか」

「……エリ」


 彼の胸元に顔を埋めた私の髪をジャックは撫でた。


「俺が今まで生きてこられたのは、いつも君が機体を整備してくれたからだ。今回は特に頑丈なんだろ? 大丈夫さ」


 彼は私の肩を掴み、ゆっくりと離した。


「……やっぱりカッコいいな。君は」


 嘆息される。何度も、再会するたびに言われることだった。


「煤まみれのブロンドの髪も、ボロボロの作業服も、花のような顔立ちも全部カッコいい」

「よく言われる。あなたに。でもたまには別の表現もしてほしい」

「はは……カッコいい以外の言葉が見当たらないからね」


 するとジャックはポケットから小箱を取り出した。そして目の前で開き、銀色の煌めきを私に見せてくれた。


「俺はもう死なない。だから———」


 その後に続いた言葉を私は忘れない。目頭が熱くなって、立っていられなくなったことは死ぬほど恥ずかしいけれど。

 そうして空に旅立つ彼を私は見送った。いつものように。でも今回違うのは、再会が約束されているということだ。


 指に嵌められた宝物を握りしめ、いつのまにか私は、爆炎に包まれていた。





 ———あれ。

 私はさっきまで滑走路の上に立っていたはず。でもなんで、飛行艇の中にいるのだろう。

 ———ジャック?

 操縦桿を握る彼の後ろ姿を俯瞰している。まるで私は浮かんでいるようで、地に足がついていないような……。

 あれ。


「よし、ここで旋回だな」


 ジャックが操縦桿を右に回す。すると、私の身体が右に傾いた。

 彼に、動かされている。

 嫌な予感がする。多分夢だろうけど、でも身体にかかる力は本物で、これは、まさか。

 

 私、


 大体一時間ほど経った。どうやら私の思うままに、機内、そして前方の空の景色へと視点を変えることが出来るらしい。自分の体内を覗いているようで少し気持ち悪さを感じるが、今は納得するしかないだろう。

 飛行艇内にはジャック以外に複数の搭乗者がいる。それぞれ持ち場で作業をしていたが、機体が安定すると自由に行動し始めていた。


「調子はどうだいジャック」

「ああ、順調だよ」

「さっすが、愛しの彼女が整備しただけのことはあるな」


 えへへ。


「そうだな。その分丁寧に扱わないと」


 えへへへ。


 この機体自体、運用されるのは今回が初めてだ。まるで我が子を褒められているようで面映ゆいと同時に、そういえば今は自分の身体そのものだったんだということも思い出す。

 船員たちは暇を持て余しているのか、カードゲームとか、談笑とかで時間を潰している。私はその様子をただただ眺め続けた。


 大体二時間も立つと彼らは娯楽に飽きてくる。そして段々とおかしなことを口走るようになる。


「青の反対は水色。どうしてかわかるか」

「なんでだ?」

「海の上には空があるからさ」

「なるほど」


 ……。

 前方を見る。

 曇っているので黒と灰色だった。

 というか海の色は空を反射しているからで別に反対でもないのではと思った。

 おかしな会話というのは気が狂ったということではなく、他に何も思いつかないので思ったことが駄々洩れになってしまうという意味なのだった。

 

 私は変わり映えもしない空の世界を飛行している。曇り空を越えて今は快晴だ。鳥のように羽根をパタパタと揺らすでもなく、後方から噴き出る推進力だけを頼りに、形を変えずに私は進んでいくのだった。中では船員たちが昼食を取っている。しかしジャックだけは持ち場を離れず、真っすぐに進むだけの機体のハンドルをそれでも握り続けていた。


「オート機能はついてないのか? 一応最新鋭の機体だろ」

「そうだな。ついてはいるよ」

「それなら任せて食堂にでも行かないか? みんなお前の話を聞きたがってるぜ。たった一人で十機を越える戦闘機を撃墜した伝説のパイロット、ジャックの武勇伝をさ」

「どうせ酒でも呑むんだろ?」

「御明察」

「昼間から……仕事中だぞ」

「うお……鬼のお叱り来たな」


 ジャックは困ったように笑った。背後に立つ同僚の顔を窓越しに見つつ、その手を離すことはない。


「武勇伝なんて大層なものはないさ」

「と、いうと?」

「戦争で活躍すれば英雄になると言うが、俺は名誉なんてものを貰ったことはない」

「そんなバカな。結構いいところまで行けたんだろう?」

「結果論さ。戦って嬉しいと思ったことは一度も無いよ」


 少しだけ静かになった。ジャックの同僚は鼻で深く息をつく。


「腹は減るだろう? 手頃なおにぎりでも持ってくるよ」

「ああ、助かる」


 ドアの音が鳴り渡り再び操縦室にはジャック一人が残された。彼は安心したように、誰にも聞こえそうにない声で呟いた。


「だって、エリの機体なんだ」


 冷たいはずの鋼鉄の身体が、熔けてしまいそうになった。

 私の中で発せられるあらゆる音を私は拾うことが出来る。話し声も、エンジンの駆動音も、ネズミの走る音も。

 音にもならない呟きも。


「これから手を離すなんて……俺にはできないよ」


 彼に、生きて帰ってほしいと思った。例え今これが夢物語だったとしても、私は絶対に彼らを生かすことを約束しよう。



別室にて情報部が神妙な面持ちで話し合っていた。


「本部と連絡が取れない」


 その一言で何人かが脱力し息をついた。中には呻く者もいる。


「で、では。爆撃されたという通達は誤報ではなく……」

「事実だろうな。それも我らが離陸した数分後に……」


 オレンジの照明一つだけが頼りの薄暗い室内に暗い雰囲気が立ち込める。情報部の人間たちは全員口を抑え、しばらくの間言葉も発さなかった。


「どうする。この件は」


 ようやく一人が声を出したかと思うと誰かが声を荒げた。


「すぐに戻るべきだ! 私には家族が……」

「危険すぎる。それに今の任務はアレの輸送だ。この機体だって武装はついていないんだぞ」


 重苦しい空気の中一人が手を挙げる。


「他の船員に、この事実は」


 再びの静寂。

 情報部の部長は低く呟いた。


「どうせ着陸したらわかる。今は……知らせるべきではない」


 この会話は夜の出来事だった。誰もが寝静まり、これを聞いていたのは、機体そのものである私だけ。

 やっぱり、これは夢でもなんでもなく、現実なんだ。

 私が目覚める前に見たあの爆炎は確かに、私自身が浴びたものだったんだ。人間の私は、もう———。



 目的の大陸までは数日。船員たちが事実を知るまでのタイムリミットがある。朝がやってくると船員は起き、気怠く作業を始める。情報部の人間たちは引きつった笑顔で一日を始めることになる。

 なんて残酷な話だ。故郷に残した家族がもういないことを知らないまま、私たちは悠々と空を飛んでいるのだから。この先に待ち構える失意を、私だけが知ってしまっている。

 本当に私の役目は、そのゴールまで彼らを運ぶことだけなのだろうか。私が言葉を紡げる生き物であったならば、もっと違う道を———。

 私は、逃げるように操縦室を覗き込んだ。


 夜間飛行担当の操縦士と交代したジャックは今日も座席に座る。交替前のパイロットはオートモードに切り替え本を読むなどして過ごしていたが、ジャックはすぐにマニュアルへ戻しハンドルを握ったのだった。今日の予定も真っすぐに飛ぶことだけだ。それでも彼は操縦桿を掴み、前方の変わらぬ空景色を視野に入れ続けたのだ。

 私と同じ景色を、彼だけが見ている。彼の見る景色を、私も共有している。整備士とパイロット。地表で待つ私と空を駆ける彼。同じものを見れるなんて思ってもみなかったけれど、もう死んでしまった私の唯一の幸福を、今はただ享受するだけだ。

 だから、あんな悲しい真実なんて忘れて……。


「———エリ?」


 彼がふと顔を上げ、オートに切り替えた。そして咄嗟に背後を見る。


「……」


 無言のまま、自分一人しかいない部屋を見渡す。


「……幻聴か」


 マニュアルに戻し、彼は空に向き直した。

 とても、澄んだ水色の景色だった。



 一日、また一日と過ぎていく。その間何も変化はなく、船員たちも飽き飽きとした日々を過ごしていた。誰もが早く着きたいと。もしくは着きたくないと思っていた。私は着きたくない派だ。できることならずっと、彼の手で私の行先を定めてもらいたい。

 でもジャックは仕事熱心だから、絶対に着陸する。戦争の時だって、絶対に敵を落として絶対に生きて帰ってきたんだ。私の機体に一切の損傷もないままで。

 だけど、この旅が終わってしまったらジャックはどうなってしまう。彼が飛び立った後に何が起きたのかを知ってしまったら、ジャックのこれからの人生はどうなってしまう。

 私は、嫌だった。できることなら彼には何も知らず、絶望もしないままの人生を生き抜いてほしい。そのために今の私ができることは、こうして跳び続けることと、もしくは———。


 ああ、今私は。空飛ぶ機械として。エンジニアとして。人間として。彼の恋人として。

 思ってはならないことを、願おうとしてしまった。


 ……途端、私の中でけたたましいサイレンの音が響いたのだった。


「なんだ……?」


 ジャックが言うと次に、機内にアナウンスが響き渡った。


『後方から戦闘機が数機……F国の機体です!』

「まさか……!」


 私は視点を後ろに向けた。確かに物凄いスピードで黒い何かが私に近づいていたのだ。あれは恐らく、私たちと襲ったのと同じ軍勢……まさか追ってきたの? ただの輸送機に、何の目的があって?

 咄嗟に情報部の室内を見る。案の定、彼らは一カ所に集まり話し合っていた。


「この中にアレが積み込まれているのがバレたのか!?」

「そうでなければ輸送機でしかないこれを狙う理由が」


 ……なるほど。つまり敵側に都合の悪いものが積み込まれていたというわけね。それが何かはこの際どうでもいいけれど、わが国ならやりかねない。根っからの隠蔽体質で蔓延るこの国なら、それくらいのことはしてみせるだろう。そして当然、裏切り者のリークでバレてしまうところまでもセットだ。

 ジャックは私を加速させた。限界の速度まで推進する肌に海の風が針のように当たっていく。


「全員構えろ!」


 彼が叫んだ瞬間、敵勢力は銃撃をしかけてきた。一回り大きい飛行艇は大きく傾き何とか迫りくる火花を躱していく。

 この飛行艇の大きさでは戦闘機ほどの機動力を出すことはできない。しかしジャックの手にかかれば、如何なる攻撃も先回りして回避できる。

 常備されている装置を巧みに操作し自在に私を動かすジャック———しかし相手もしつこく、執拗に穂先を向き続けるのだった。

 彼、いや私たちは必死に射線から外れ、青しかない世界を縦横無尽に駆けまわる。時折空と海が逆転し、平衡感覚もおかしくなってしまいそうだった。いやそれ以前に私はそんな挙動ができるように設定をしていない。ジャックは本当に無茶なことしかしない。


「ちっ……逃げてばかりじゃ払いきれない! 武装も無いし、どうする……?」


 この機体に武装はない。攻撃を受けてもすぐに大破しないようにはしているが、これほどの数相手は想定していない。仮に対応できるように設計したとしたら、それはもう輸送船ではなく戦艦だろう。

 しかし何かしないと、いずれ落とされる。燃料にも限界がある。


「考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ」


 ジャックは脂汗を額に浮かべながら連呼する。

 私は、初めて見たかもしれない。戦っている彼の姿を。心優しい彼の顔が、こんなにも鬼のように豹変するだなんて。


「機体の外装から考えるに相手の武装以上の硬度はあるそれなら回避行動と見せかけてあえてぶつけて墜落させる救命ボートを常備不時着しても大事には至らない」


 高速で唱えたかと思うと彼はマイクを引っ張った。


「全員、救命ボートの用意! この船は不時着させ……!」


 しかしジャックは動きを止めた。

 ジャック、一体、何を……?


「……エリ」


 彼の手は、震えていた。


「君の機体を、こんなことで傷つけるなんて、俺は」


 ……どうしてそんなことを。

 生きるためなら私はいくらでも傷ついてもいいだからあなたは!

 私を、自由に飛ばし続けて。

 でも、私の言葉は届かない。そしてジャックはずっと歯を食いしばり、決断しかねていたのだった。

 この逡巡を断ち切ったのはドアが勢いよく開かれる音だった。


「ジャック! 爆弾だ!」

「なんだって!?」

「ここの積み込まれてたのは新型の爆弾! それで、なんとかならないか!」


 ジャックの同僚が席に捕まりながらも説明する。

 機体に積まれていた輸送物……それは、秘密裏に製作されていた爆弾だった。これを目的である同盟国———絶賛戦争に参加している———に輸出することで効力を試す、というのが粗方の大筋だろう。情報部全員がこの情報を持っており、挙動不審な素振りを見せていたところを問い詰め、吐かせたらしい。


「これをなんとか落として、威嚇すれば……」

「ダメだ」


 ジャックはきっぱりとその提案を拒否した。私も、同僚の意見には賛成だったのだけれど……。


「はあ? どうしてだよ」

「明らかな軍事行動だ。今新型の爆弾を降ろして威嚇したら、この輸送船は軍機と認識される。それで敵の一機でも落としてみろ。情勢が一気に危うくなるぞ」

「現に今襲われてるだろ!? 今更そんなこと言ってる場合か!」

「爆弾で撃退すれば増援が来る! そのまま同盟国まで逃げたらどうなる? 火の海は免れない」


 ジャックの勢いに押され、彼は黙った。


「……今の操縦士は俺だ。明確な敵対行為は絶対にさせられない」

「それは、戦争帰りの驕りか? 戦争の悲惨さを知ってる人間しか持てない使命感か」


 今も尚揺れ続ける操縦室の中で二人の男は対峙する。ジャックは、窓に映る同僚を見るばかりだったが。


「残念だが俺は戦争になぞ行ったことがない。他のやつらもそうだ。俺たち全員をお前の勝手なプライドのせいで死なせるのか」

「そんなことは絶対にさせない」

「どうやって?」


 ジャックは口を開く。


「救命ボートの準備をしてくれ。この機体を、回避すると見せかけて敵にぶつけて撃退する。エリの作った機体だ。そう簡単に……壊れはしない」


 苦虫を噛み殺したようにジャックは答えた。同僚の男は呆れるように溜息をついた。


「よっぽど危険じゃねえか」

「一人も死なせない」


 ジャックの言葉を最後まで聞いていた男は部屋を後にしようとする。


「ボートは用意する。あまりヘタなことするなよ」

とだけ残して。


 私は高く空を舞った。ジャックの目論見通りに敵はついてくる。超高速で迫ってきていることを確認するとジャックは速度を緩めた。案の定、戦闘機は私の身体を掠め、真下へと落ちていった。途中、コックピットから人が飛び出し、パラシュートを開いたのが見えたのだった。続く機体も同様に落とし、そのほとんどを戦闘不可能の状態まで追い込んだ。

 流石としか言いようがない。ジャックは確かに一切の攻撃をせず、受け流すように全ての戦闘機を落として見せたのだった。


「エンジンも限界だ。予備は……ちっ、使い切ったか」


 ジャックはアナウンスする。


「不時着する。伝えた通り、全員救命ボートで脱出せよ」


 そして海上に飛沫を上げながら降りていく。下部の扉が開き、次々と小船が発進していく。


「俺も出るか」


 席から立ち上がるジャック。

 少し寂しく思った。この船から全員がいなくなる。ジャックも私を捨て、海に出るんだ。これが私たちの別れと言うことになる。名残惜しいけれど、仕方ない。全然ロマンティックなお別れにはできなかったけれど、ジャックが生きてくれるなら———。

 しかし、またサイレンが鳴る。

 ジャックが戻りレーダーを見た。


「……まさか、増援?」


 さっき以上の数の戦闘機が迫っていた。恐らく救援要請を出されてきたものでは無い。あらかじめ出されていたものだ。


「はは……とんでもない厄物を乗せたものだな」


 ジャックは、再び座席に座る。

 そして———海上に自分以外の全員が出たことを確認すると再び浮上した。


「悪い」


 そう言い残して。



 わけがわからなかった。私を置いて彼は逃げるべきだった。でも、ジャックは船を回して敵勢力に突っ込んでいた。

 読めない。彼の考えが。

 ジャックは何も喋らずに進んでいく。

「エリ。すまん」

 これだけ残して。

 でも私は。その一言で察しがついてしまった。


 ジャック。あなたは、特攻するつもりなの?



 私は進む。抵抗できない。彼の手に導かれるまま進む。死ぬのはいい。一度死んだ身だから。でも彼と一緒に死ぬのは———。


 僅かに、アリだと思ってしまった。

 彼が、私が死んだことを知る前に死ぬのなら、一番の幸せな結末かもしれない。それも私たちが同時に死ぬのなら。

 いいのかもしれない。ジャックの考えを受け入れても、私は悲しくはない。

 悲しくは、ないけれど。

 ジャックを見る。

 彼は、指輪を外した。


「俺は……国に殉じる」


 その言葉は、私の琴線に触れてしまった。

 私よりも、国。自分よりも、任務。優しさ故の、自己犠牲。

 ああ、それは。

 私がもっとも、あなたにしてほしくないことだった。

 私は、ジャックの命令に背いた。





「……なっ」


 操縦桿が動かない。故障した? それに他の機能も計器が妙な数値を出している。これは異常だ。まさかこんな時に。だが、それでも俺がやらなくて、は———!?


「ぐああああああ!?」


 座席が急速に後ろに下がっていく。ドアを破り、廊下を越え、俺はいつのまにか救命ボートのある部屋にまで引っ張られていた。

 そして緊急用のパラシュートをいつのまにか装備させられ、空中から———落とされた。


 落ちていく最中、俺の手を離れてなおも進む飛行艇を見上げる。それは一切の銃撃をも跳ね返して邁進する。

 ああ、やっぱり、エリの整備した機体は強いな。

 そう、不意に笑ってしまったのも束の間————

 機体はあの大群に突っ込み、爆発した。


 大きな爆発だった。

 全ての敵を巻き込んだ特攻だった。しかし敵兵一人殺していない。何層にも重ねられた装甲が爆発を抑え、戦闘機の飛行を不可能にするだけの勢いに留まったのだ。

 全ての機体からパイロットが飛び出し、空中にはたくさんの風船が浮かび上がる。

 俺はその様子をただ見ているだけだった。

 そしてなぜか、思い出したかのように、手に握っていた婚約指輪を見つめた。

 あの火の塊の中に、エリの全てが凝縮されていたような気がして———俺は、目を離すことが出来なかったのだった。


 


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エンジニア女子が飛行艇になった挙句空中で爆発四散する 境 仁論(せきゆ) @sekiyu_niron

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