第37話 空白に
「電話で言った通りだ。儂、雛菊、飛鳥は国外。舞衣、蝶々は国内を捜索してくれ。舞衣には夏凜たち『チーム』を、蝶々には『立花財閥』をバックアップとして使う」
「え。……あいつと蝶々を一緒に行動させるの……?」
舞衣ちゃんが臭い物でも嗅いだように顔をしかめた。
立花くんと言えば、愛染さんたち不良チームを裏で操っていた黒幕だったんだよね……。根性を叩き直すという名目で、夏休み中はおじいちゃんの稽古に付き合っていて……、なんだかんだと用事がなければ毎日顔を出していた。
あたしも毎日神谷家に通っているので、顔を合わす機会も多かったから。
叩き直された気はしないけど、最初の頃よりはやっぱり角は取れてると思う……丸くなったとは思わなかったけど。
「儂からすれば、録助と蝶々の相性は良いと思っているぞ」
舞衣ちゃんはその意見に納得いってなさそうだったけど、あたしも実は合っていると思っていた方だ。立花くんの方が蝶々ちゃんを苦手としている感じが出ているから……蝶々ちゃんが傍にいれば、彼は無理をしないんじゃないかって気がする。
あと、ぶつくさ文句を言いながらも蝶々ちゃんを、ちゃーんと、守ってくれそうだし。
立花くんに必要なのは、年下の、静かだけど気が強い女の子なのかもしれない。
「わたしは気にしないよ」
「なら、変更はなしだ」
「――あのっ!」
あたしが手を挙げると、みんなが視線を向けてくれた。一斉に注目してくれたので驚いた。
……ぴりぴりしているせいか視線に圧がある……っ、引いちゃダメだ!
あたしも、できることをしたい――――だから言わないと!!
「あたしはっ、どこを探せば……?」
「客人に手伝わせることではない。深月は、もう家族のようなものだ、と言いたいが……実際の家族ではないからな……。本当に危険なことには巻き込めない。たとえ片割れと精神で同居していた当事者だとしてもだ」
言いたいことを全部先回りされて、潰された……そう言われてしまえば、あたしに言えることはなにもなくて……――でも。でもっ!!
「……知って、じっとしてることはできないよっ!」
「――深月」
おじいちゃんの真っ直ぐな目。
「お前が怪我をすれば、儂はお前のご家族になんて言えばいい。責任を問われるのは儂だ。そして、取返しのつかない怪我を負ってしまえば、儂もその家族も責任は取れんのだ。……分かってくれ。だからと言ってお前の自己責任で探せとも言えんしな。……認められない。深月のことはうちの者が面倒を見る。家でじっとしていてくれ……すまない。頼む……これは、後生の頼みだ」
頭を下げられた。
おじいちゃんにここまでされたら……、頼まれたら断れないじゃん……っっ!
「――――ぅ、っっ!!」
「ごめんね、深月ちゃん」
「……ふぅ。はぁ…………――ううん、いいの。だってあたしの、わがままだし……」
雛先生にまで謝らせてしまった。先生の困り顔を見たかったわけではないのに……。
今回、あたしにできることはなさそうだった。
できることと言えば、おばあちゃんのお手伝いくらいで……。でもこれって、お手伝いという名目で、あたしが勝手な行動をしないようにおばあちゃんに見張られてるってことだよね……?
おばあちゃんの目を盗んで神谷くんを探しにいくこともできない。
ここは素直に、みんなの成果を待つしかないのかな……?
「すぐに出発する。タイムリミットはそう長くないかもしれん」
おじいちゃん、雛先生、飛鳥さんは飛行機で海外へ。
舞衣ちゃんは愛染さんとその仲間たちに連れられて……バイクに跨り移動してしまった。
蝶々ちゃんは立花財閥――その権力を使って、高級車で移動。その後、ヘリコプターに乗って怪しい場所を探すらしい。
その間、あたしとおばあちゃんは神谷家の家事を任された。敷地が広いのでやるべきことを探せばいくらでも出てくる。
たとえば庭の雑草を抜くだけでも一日かかるんじゃないかな? お風呂掃除だって隅々までやろうと思えば小一時間では足らないし……。
家事手伝いに夢中になっていれば気になることも忘れることができる……。手が動けば仕事が捗り、作業が進めば頭の中は家事で独占されて――――なんてことはなかった。
……気になる。忘れられない。今すぐにでも神谷くんを探したいと思ってる――。
だって。
きっと、黒冬さんはあそこにいるだろうから。
飛行機もバイクも車もヘリコプターもいらない。あたしの足で、すぐに辿り着ける。
……あの場所は……、黒冬さんにとっては、思い出の場所なのだから。
おばあちゃんの監視の目は厳しくて、なかなか抜け出せなかった。
もしかしてこのまま神谷家に監禁される? のかと思えば、時間になったら家に帰してくれた。……あれ? このまま心当たりがある場所まで神谷くんを探しにいけるんじゃ……
「深月ちゃん。信じてるからね」
――帰宅する時に言われた一言。
あたしは「うんっ、裏切るわけないよ!」と勢いで言ったし、そう言うのが正解だったと思うけど……これは言わされたようなものだった。一度言ってしまえば、これが枷になっている。
仮に探しにいくとしても、やっぱりおばあちゃんには一言でいいから言っておかないと……。
「え?」
ゾッとして、反射的に振り向く。夕暮れの下、あたしが歩いてきた道には誰もいない。
……尾行、されているような気がしたんだけど……勘違いだったかな……?
まるで、おばあちゃんの監視が今もまだ続いているような気がして――――。
「…………」
今日はもう外に出られない。
明日……、もしくは明後日。
早く探しにいかないと、黒冬さんも神谷くんもいなくなってしまう気がした。
――夏休みは残り三日だった。
いや、今日はもう終わっちゃったから、残りは二日だ。
二日しかない。
楽しかった夏休みが、もうすぐ終わる。終わってしまう。
――楽しかった夏休みの最後がこんな終わり方だなんて、絶対に嫌だっ!
雛先生は海外にいっちゃったけど、日課になっているので今日も神谷家に顔を出した。
「おかえり、深月ちゃん」と、玄関でおばあちゃんに迎えられた。
「おはよう……ただいま」と苦笑しながら返す。
ほんとに、あたしを家族のように出迎えてくれるのだ。
当然だけどいつもいるみんなは誰もいなくて……。ちょっとだけ期待したのは、黒冬さんと神谷くんが、居間で雑談でもしているんじゃないか……なんて。
そんなことはなかったけど。
しん、と。家の中はとても静かだった。
「そうだ深月ちゃん。雛ちゃんから預かっている課題があるわ。家事の後で一緒にやりましょう」
料理、家事スキルは随分と上がっていると思う。ただ最初がまったくできなさ過ぎただけで、成長の幅は広いけど、できる人からすればまだまだなのだと思う……。
雛先生よりも経験豊富なおばあちゃんが『先生』をしてくれるなんて……。
「厳しくしてもいいかしら?」
「は、はいっ!」
覚悟したけど厳しくなかった。いつものおばあちゃんよりは、比べたら厳しいけど……過保護なのがすぐに分かった。
雛先生もとても優しいし、おばあちゃんの優しさが充分に受け継がれているのかもしれない。
だからかな? 飛鳥さんは神谷くんに、特に……。――厳しい中に優しさがある。分かりにくいけど、飛鳥さんにもおばあちゃんの優しさが受け継がれていたのだ。
飛鳥さんは厳しく見えて優しい。さすがにあたしには、分かりやすく優しいけど。
それから、出された課題に悪戦苦闘していると……気が付けば今日もまた終わっていた……。
太陽は西へ傾き、夕暮れとなっていて――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます