第31話 神谷の剣

 じいちゃんのスパルタ稽古で全員が道場の床に倒れていた。

 ……昔よりも随分と力が入っている。じいちゃんは年を重ねているはずだけど、衰えていないどころか過激になっていて――剣道に関して言えば、若々しさを取り戻している気さえした。


「なにを休んでいる……さっさとかかってこい」


 なんちゃって不良少女の中でも経験者はいるようで、竹刀を握り、じいちゃんに立ち向かう人もいた。けど、疲労で足下がおぼつかないのを見抜き、じいちゃんは立ち位置を変える身のこなしを利用し、向かってくる不良少女の勢いを後ろへ流した。


 倒れた少女は目をぐるぐると回して……今のがとどめとなって、完全にのびてしまっている。


「フン、経験者でもだらしない」

「あ」


 じいちゃんの背後、隙を見せた(見せたか……?)タイミングを狙い、雑な握り方と我流のフォームで試合と言うより喧嘩のやり方でじいちゃんに襲いかかる立花。


 愛染さんたちに紛れて倒れていた彼は、体力を温存していたのだ。

 ……油断を突く、このチャンスだけを狙って――。


 勢い余って、なのか、少し跳ねてから振り下ろされた竹刀はじいちゃんの後頭部に――

 直撃する、前に、竹刀で防がれていた。

 当然、気づいていないじいちゃんではなく、雑なフォームでは力が上手く伝達しないために立花の攻撃は片手でも防ぐことができた。


 弾かれ、着地をした時に足を捻った立花がバランスを崩す。

 基礎が定着していないから少しのミスで全体が崩れていくのだ。


 ――次の瞬間、じいちゃんの蹴りが立花の手元に突き刺さる。……竹刀がこぼれた。


 すぐに回収を試みたものの……――いや、無理だろ。

 じいちゃんの竹刀が彼の顎にすっと添えられた。


「甘いな、小僧」

「…………ッ」


「貴様の我流も、儂が教えた構えと呼吸、力の入れ具合、全てを学んだ通りに実行すれば儂の防御も破れたはずだろうに……。学ばないからこうなるんだ。だが……、今日は失敗を知ることが目的だ。最初から全てを完璧にこなせとは言わん。負けたことで分かったことがあるならそれでいい」


「――隙だらけだジジイッ!!」


 竹刀の回収を諦めた立花がじいちゃんの胸倉を掴もうとするが…………あぁ。

 バカ。その射程範囲内で迂闊に手を出せば、


「フンッ」「がッ!?」…………もちろん、じいちゃんの餌食になっていた。


 容赦ない拳が立花のみぞおちに入っていた。

 為す術なく倒れ、動けない立花は涎を垂らして……しかし、じいちゃんを睨みつけている……。


「ほお。倒されてもそんな眼をするか……鍛えがいがある小僧だな」


 じいちゃんは嬉しそうに笑っていた。最近はじいちゃんとの稽古もしていなかったし、道場自体、雛姉や飛鳥が個人で使うくらいだった。……じいちゃんも寂しかったのだろう。今日の熱の入り様は、久々に対人戦をして盛り上がっているからか。


 立花が倒れたことで、もう立ち上がれる生徒がいなくなってしまった。女性陣は経験者以外は既に動けない。座りながら壁に背中を預け、体力回復に努めている……。


 中には目を開けながら寝ているかもしれない人もいた。しばらくは再開できそうになかった。

 ……熱中症もあるかもしれない。

 想定していたよりも飲み物は多い方がいいか。


 雑用係の役目として飲み物を補充しようと動けば――――


「陽壱」


 じいちゃんに呼び止められた。

「なに?」と振り返れば、飛んできたのは竹刀だ。


 …………え?


「付き合え。久しぶりに相手をしてやろう」

「……じいちゃんが物足りないだけだろ?」


「そうとも言う。だから付き合えと言ったんだ……。

 鈍っている体を打ち直してやろう……、安心せい、加減くらいする」


「とかなんとか言いながら、途中でマジになるだろ……」

「それでもお前ならついてこれるだろう?」


 随分とまあ高く買ってくれている。ブランクがあるとは言え、経験者だから大怪我はしないと思うが……というか体質的に怪我をしてもすぐに治るが。


 それに、じいちゃんの癖も知っている。動きにまったく対応できないこともないだろう。


「分かった、やるよ」

「助かる」


 おれとじいちゃんが向き合うと、周りからの視線が突き刺さる。

 ……注目されてるなあ……やりづらい。過半数は意識が中途半端で、目だけが向いているのだろうけど、それでも試合中に気になってしまう視線だ。


「…………」

「どうした? 気になる目でもあるか?」

「いや…………」


 さっきまでいなかったのに(みんなの稽古が長くて飽きてしまったのだ)、目立つ和服美人が道場の端っこにいる。……戻っていたのか。


 気づいたおれに向こうも気づいて、「がんばってっ」と軽く手を振っている――黒冬さんだ。


「あ、見ててもいい?」

「……まあ、いいけど」

「嫌そうね……やっぱり席を外す?」

「――大丈夫、見てていいよ」


 そう? と遠慮しながらも、浮かせた背中を再び壁につけた。……ふう、黒冬さんが見ているとなると、手を抜くわけにはいかないな……。特に、負けるわけにはいかなくなった。


 良いところを見せたいと思って肩に力が入る……あんまりよくはないんだけど……ただ、集中力が高まっていることが自覚できた。


 腰を落とし、構えたおれを見て、「……ほお」と、じいちゃんが驚いていた。


「儂を倒す気か?」

「できれば」

「『できれば』……で見せる眼ではないが……ふむ、なるほど……」


 ちら、と黒冬さんを見たじいちゃんは……全てを察したようだ。そりゃ気づくか。

 かと言っておれに花を持たせてくれるほど甘いわけではない。

 逆に、じいちゃんは加減も容赦もしなさそうだ。


 良いところを見せたいなら他人の手を借りるべきではない、と、じいちゃんは加減をしないことでおれに花を持たせてくれているのだ……。

 自力で見せろってことか……――――望むところだ。


「こい、陽壱」

「――――ぁッッ!」


 久しぶりに握った竹刀の重さに、両腕が悲鳴を上げた。

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