第29話 道場開放
「陽壱。お前も参加しなさい」
「え? ……道場に?」
「そうだ。……最近、体が鈍っているんじゃないか? 久しぶりに剣術を教えてやろう――」
じいちゃんは剣術と呼ぶが、ようは剣道のことだ。
「なに、厳しくはせんよ。復習みたいなものだ。思い出して楽しくなればまた始めてもいい……儂は喜んで付き合おう。――とはまあ、建前だがな。教える人数に比べて人手が足りないだけだ……悪いが手伝ってくれ」
そうお願いされてしまえば、嫌だとは言えない。言うつもりなかった。
ただ……昼間は勉強会があるが、だがずっとやっているわけでもないのだ。
日中、時間が埋まっていたとしても、数時間だけ抜けるくらいなら大丈夫だろう。たとえば――午前か午後、どちらかは体を動かして、もう片方の時間で勉強をするのも悪くない。ずっと座っているよりは健康的だろう。
黒冬さんに要相談だが……道場の手伝い自体は受けてしまってもいいか。
「分かった、手伝うよ」
「にいさん」
ぐい、と服を引っ張る蝶々……これはねだる時の行動だ。
「ん? ……蝶々は危ないからまだダメだって。見学ならしてもいいけど……」
ちがう、と妹は首を左右に振った。
「ハードスケジュールだからって、天体観測の約束、忘れたらダメだよ」
「………………おう」
忘れてないよ。……星を見るのが嫌ってわけではないけど……でも……。
昼間に体を動かして、勉強して脳を使って…………深夜まで起きていられるかな?
……案の定、寝不足だった。
昨日は……いや、もう今日か? 蝶々と夜遅くまで天体観測をしていた。
雲はなく星がよく見えた。知識なんてなかったけど、いざ見えると夢中になるものだ。
「本当に天体観測でいいのか? 蝶々が本当に興味あるものでも……」
「?? ……天体観測、やってみたかったから」
――蝶々の言葉に嘘はなかった。
天体観測を手段のひとつとして考えているのではないか、と思っていたが、蝶々にとって本当に『やってみたかったこと』らしい。
なら、余計なお世話を焼く必要はなさそうだ。
星を見る蝶々は活き活きとしていた。
昔を振り返ってみれば、蝶々は自然や生物が好きだったな……。家で文庫本を読んでいることが多いけど、おれが見る蝶々が、たまたまその場面が多かっただけで――。
好きなことを年がら年中していることの方が珍しい。
姉妹の中では虫が触れる女の子である(雛姉は手袋をして触れる、飛鳥は強がってはいるけどたぶん触れないだろうし、舞衣は絶対にダメだ。蝶々はその点、素手でいける)。
逆に、活発そうな舞衣はインドアの節がある。
陸上部で運動してる分、他の時間は家で過ごしたいのかもしれない。
「陽ちゃん、おはよう。朝ごはんは食べるよね?」
「あ、うん、食べる……けど」
食卓にいたのは黒冬さん、舞衣、そして…………昨日のスケバンだ。
確か名前は――――
「あ。昨日はどうもね、愛染夏凜です。よろしくね、陽壱君」
「……はい。なんだか昨日と印象が違うっすね……」
前時代のスケバンがそのまま出てきたような格好とは違い、今日の彼女はショートパンツを穿き大胆に肩を出した……ロックな装いだった。
ギターを持てば弾くのではなく地面に叩きつけて壊すことをパフォーマンスにしてそうな……。
どちらにせよ荒々しくて乱暴なイメージは拭えなかった。
「あれは戦闘服よ。普段の格好はこれ……まあ、ちょっと臨戦態勢だけど」
「じいちゃんの鍛錬を受けるんですよね?」
鍛錬をする時はそれ用の道着があるから……。彼女なりに服装で気持ちを作っているのかもしれない。確かにワンピース姿でやってきて、いざ鍛錬となっても気持ちが作れないかもしれないし……、すぐには切り替えられないと言うか……。人によるとは思うが、少なくとも愛染さんは事前に気持ちを作らないと乗れないタイプなのだろう。
「ええそうよ。鍛え直してもらうわ――って、表向きは罰なんだけどさ」
「……あぁ。……じゃあ、がんばってください。じいちゃんの鍛錬は効果的ですけど、だからこそ厳しいので」
「…………痛いの?」
そりゃ痛いだろう。でも、言って怯えさせても悪いので、答えは言わず微笑んだ。
「………………ふっ」
「い、痛いのね……」
覚悟はしていたと思うけど、それでも震えていた愛染さんだった。
その後、続々と昨日の少女たちが集まってくる。愛染さんのようなロックな人がいれば、真逆のワンピース姿の女性もいた。昨日の姿は不良少女としての制服なのか……。
思えばあんな制服の学校、この辺にはないしな……改造どころか元から違うだろう。もしかしたら遠いところではなくて架空の制服かもしれない。
不良少女という格好をしたコスプレ集団と言い換えた方が適していそうだ。
だって不良と言うほど、彼女たちは悪くない。
悪いのは主犯であるあいつだけだ。
「おじゃましまーす」
「陽壱くんおはーっ」
「陽ちゃんよろしくねー!」
と、年上のお姉さんたちがおれを発見して手を振ってくる。……無視するわけにもいかないので手を振り返し、「怪我には気をつけて」と声をかけてひとまず居間に通す。
すると、ひとりの女性が「これ、あげる」と飴玉をくれた。
……おれの方が確かに年下ではあるけど……子供扱いし過ぎじゃないか?
全員を居間へ通したところで玄関へ。おぉ……ちゃんと靴が綺麗に並んでいる。
それぞれが意識して並べていたのだろう……こういうところは男とは違う。
同級生は脱ぎ散らかして部屋に上がるから、あいつらは最悪だ。
きたはいいけど、直すところがなかった。その時、タイミング良く扉が開いた。
最後の来訪者だ――あれ? でも女の子たちはもう全員きたと思うけど……――
「あ。……よお、よくきたな」
「…………父さんに言われてきただけだ。僕の意思じゃない」
立花録助だった。
彼は最初から不機嫌で、靴を乱暴に脱いで居間へ向かっていった。多くの女性の声が響く居間へ入るのは勇気がいるだろう……と思うが、彼は躊躇なく入っていった。
しん、と一瞬音がなくなるも、「ふーん、ちゃんときたんだ、偉い偉い」と女性たちが立花をいじり出した。……あいつ、おれより年下だしな……。
「これあげる、飴ちゃん」「は? いらないから」
――当然、なぜか飴をくれる女性が立花を相手に渡さないはずもなく……。
玄関にひとつだけ転がっていた立花の脱ぎ捨てた靴を揃えて居間に戻ると、彼はまるで子犬のように遊ばれていた。昨日見た関係性が嘘みたいに……。
脅しがなければ男女で年の差がある先輩後輩の関係性だ。しかも立花は素直じゃない。ちょっといじりたくなる性格をしているし……。
年上女性からすれば遊びやすいのかも。さらには数の差もある。男子ひとりに周りが女性でたくさんなら、立花の威嚇も通じない。
「――羨ましいとか思ってる?」
「は? ……いや、全然」
いつの間にか、隣に立っていた黒冬さんはいつもよりもちょっと冷えていた。
夏なのに、足下が寒いな……。
「羨ましそうに、あの子を見ていた気がするんだけど……?」
「同情してただけ。数が多ければいいってもんじゃないし、相手にもよる。シチュエーションだけを切り取って見れば羨ましいけどな」
「へえ? 神谷くんはあれだけの数、気になる女の子がいるのね?」
……え。ああ、そういう解釈も……というかそれが普通か。
おれの想像の方が異端だった……。妖怪の力を知っているから「なんでもあり」だとして、気が付かない内に思考回路がずれてしまっていたのかもしれない。
「いやいや、じゃなくて。単純に好きな子ひとりが増えてさ、たくさんいる中でおれのことを甘やかしてくれたらいいよなって思ったんだけど……」
前後左右上下。どこを見ても好きな子なら得じゃないか?
それはまるで、鏡張りの世界みたいだ。
「…………」
「あれ!? 気持ち悪かった!?」
「いえ、そんなことはないけど」
黒冬さんの機嫌も直ったみたいだ。冷えていた足下も、今はもう夏らしく暖かい。
それから遅れて、背後で玄関の扉が開いた。
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