第28話 反省と罰
「あ、帰るのか?」
「…………神谷、陽壱……っ」
年上を呼び捨て? いいけどさ……。
――誰の見送りもなく帰ろうとしていたのは、立花録助だった。
今回の騒動の主犯――彼は妊婦を人質に取っていた。たとえ理由があろうとしてはいけない最低な行為に、じいちゃんからお灸をすえられたのだろう。
不良少女(……とは、もう呼ぶべきではないのだろうけど)たちよりもいち早く玄関に向かっていた彼は、たった数時間で随分と顔がやつれて見える。
顔面を思い切り殴ったせいもあるだろうけど……おれは謝らないからな?
「これからどうするんだ? じいちゃんがお咎めなしにするとは思えないけど……厳しい指導でもされるのか?」
「はっ、知らないね。たとえ呼び出されてもいかなければいいだけだ」
こいつ、全然反省してねえな……。だけどこうしてじいちゃんが見逃しているということは、表面的な態度で反省の色を見せるのは上手いのだろう。彼の『落ち着いて』いて『おとなしい雰囲気』の容姿を見れば、誰もが主犯とは思わなかったのだから。
見た目で欺くことにかけては、彼は得意中の得意なのか。
そうやってこれまで何人も欺いてきたのだ。
騙してきた――彼の無害そうな見た目は、人の懐に入るには最大の武器となる。
そして、死角から即死の一撃を与えるのだ……。
真相を知れば、やっぱりこいつは性格が悪い。
自分自身に力がなくともなんでもできてしまったがゆえの弊害か。
後ろ盾が大きいとこんな人間が出来上がる……いっそ、自尊心が壊れるくらいにボコボコに歪めた方が彼のためになるんじゃないか……?
矯正が無理なら白紙にしてしまえ。
それは諦めからくる意見だけど。
「もう、二度とこないよ」
「飛鳥に復讐もしないのか?」
「しないさ……本当だぞ。こんな化物一家、関わりたくないね」
化物一家、か……。半ば周知されているとは言え、あまり噂を広めてほしくはないのだが……止めても無駄だろうな。
立花が積極的に喧伝しなくとも、たった一言ぽろっと言ってしまったことが広まることもある。
結果的に神谷家が不利益を被っても、一言漏らした立花が主犯とは言えないわけで……。
表沙汰にならない復讐ならいくらでもできる。
小さな嫌がらせの積み重ねのように……。
そして、そういう復讐の方が彼は得意なのだ。
今回のは例外的に度が過ぎていただけで。
立花の敗因は、自分が前に出過ぎたことか。
後ろに終始隠れていれば、こんなことにはならなかったのに……。
「せっかくだし、門まで送るよ」
「勝手にすればいいさ」
立花についていく。玄関、庭、それから門まで。
――石段を下りていく彼の背中を見送っていると……――
「ねえ」
と。……うおっ、いつの間に隣に!? ……と驚くのは今更か。
驚くことに慣れてしまった。
立花の背中に声をかけたのは、蝶々だ。
「…………なんだい」
無視するかと思ったが、彼は止まって、振り向いてくれた。
「あなたは自分の力を理解しているの?」
「なんの話だ?」
やはり自覚はないようだ。……いや、隠してる……?
蝶々と同じように存在感を消せる……ほどではないが、彼の場合は人と人の隙間に入れば溶け込んでしまう程度のものだ。
些細なものだが、明らかに妖怪の力だった。
蝶々ほどでなくとも同じ系統の、前世から引き継がれた力――。自在に操れるなら心配はないが、暴走してしまうと舞衣や飛鳥のように大変なことになるが……それも彼の罰となるのか?
「もしも困ったら……頼って」
「二度とこないと言ったんだけどね……それに、年下の君に頼ることなんかないよ」
蝶々の親切心を無下にした。それに怒る蝶々ではなかった。
優しくしたけれど、義務を果たしただけのようで……――積極的に関わりたかったわけではなさそうだ。蝶々は、「ん、わかった」と素直に引いた。
「……困ったままつぶれたらいい」
――違う、やっぱり怒ってた……。
静かだけど、蝶々の苛立ちが伝わってくる。
立花は蝶々の捨て台詞には反応せず、石段を下りていく。
なぜか、停めてあった一台のバイクを軽く蹴って、家を後にした……そういうところだよなあ。
彼も苛立っていたのだ……当然だ。
それを理由に傷がつかない程度に蹴って発散するのは、性格が悪くて小物だ。
だからこそ主犯の候補に入らないと言えば、見事なカモフラージュとも言えるが……。
「蝶々……まあ、気にしなくていいぞ」
「気にしてない。どうせ困ったら頼る人がいなくて泣きついてくるに決まってるから。その時に言ってやるの……『なにしにきたの?』って」
「…………」
「二度とこないって言ってたのに……きたの? いまどんな気持ち? ……その時の屈辱的な顔が見れたら……満足」
うわあ……、妹の性格が捻じ曲がり始めている……。
これ以上、立花に会わせるのだけは避けないとなあ。
「――あんな態度だが、奴はまたくるぞ」
「あ、じいちゃん。……他の人たちは?」
「雛菊の家事手伝いだ。それが罰ではないが――どうやら、彼女たちの心の問題だろうな。手伝わないと気が済まないようだ。中には雛菊の手腕を教わりたい娘もいたようだが……」
それって、つまり花嫁修業か? 雪門の立場が奪われなければいいけど……。
雪門からすれば『頼れるお姉さん』が増えたと思っているかもしれないが。
「結局、なにを話してたの? 性善説を説いていたわけじゃないんでしょ?」
「事情の把握とそれぞれの言い分を聞き、善悪を説いていたわけだからな……遠くはない。あとは心身を鍛える意味でも、明日から儂の道場に通えと言ってある。罪の意識が強い娘は頷いたが、あの小僧は最後まで首を縦には振らなかったな……どうせ今日話したことなど頭に入れていないだろう。聞き流している様子だったからなあ……」
「でも、くるって信じてるんでしょ?」
「こないことを信じておる。だから手を打っておく……儂は広く顔が利くからな……当然、小僧の父親とも繋がっている。子供の不始末の責任を問えば、父親は子供を叱るものだ。表向きおとなしくしている子供は、父親の顔色を窺っていることが多い。――父親の命令には逆らえないはずだ」
「あぁ……言われてやってくるだろうってことか……」
「足を運ぶ理由はなんでもいい。道場までくれば、あとは儂が徹底的に鍛え直す――父親も儂がやると言えば納得するだろう」
じいちゃんは顔が広く、信頼される実績がある。重ねた功績を知らなくとも、じいちゃんが大物だということは分かっているのだ。
おれたち『きょうだい』は、じいちゃんが作り出した追い風を受けていない。じいちゃんが嫌がって避けたことなのだ。
じいちゃんという後ろ盾をおれたちに使わせないようにしていた。おかげで社会的に厄介な問題に巻き込まれたことはない……。
これまでも妖怪のことでいっぱいいっぱいだったのだ、そこへさらに問題が上乗せされたらと思うと……さすがにきつい。それを見越して――なのかは分からないけど、じいちゃんはおれたちの生活を波風立てないようにしていた。
当然ながら恩恵も受けられないけど、不満に思ったことはまったくない。
両親が仕事で不在の間、面倒を見てくれるだけでありがたいのだから。
「陽壱。お前も参加しなさい」
「え? ……道場に?」
「そうだ。……最近、体が鈍っているんじゃないか? 久しぶりに剣術を教えてやろう――」
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