第27話 傷の付き合い
そう言えばあとでボコボコにされるのだった……。
ここで飛鳥を不機嫌にさせると、後々、不満が拳に乗っておれに襲いかかってくる。
今更だけど、あの約束はなかったことに――……は、できなさそうだった。
飛鳥がせっかく甘えてくれたのだ。これを断るなんて、したくなかった。
「飛鳥がおれの怪我を心配するなんて珍しいよな……昔は転んでも助けてくれなかったのに」
「傷の度合いが違うだろ」
「小さい頃の転んでできた擦り傷は重たい怪我だと思うけど……」
階段から転げ落ちてできた頭のたんこぶとかも。今だったら怪我の内に入らないが、当時の小さく、まだ頑丈になっていない体でできるたんこぶは、怪我としては大きい気がする。
なのに、当時の飛鳥は倒れるおれを見て笑っていた。笑ってばかりだった。
雛姉だけだ……、顔を青くして駆け寄ってきてくれたのは……。
ただ、雛姉の心配のし過ぎはおれまで不安になるからやめてほしかったけど。飛鳥の、他人事で、簡単に口から出てくる「大丈夫だろ」は、雑に見えてもおれの助けにはなっていた。
楽観的に言ってくれるのは気が楽になった面もある。飛鳥が大丈夫と言うなら大丈夫だろうと思えたのだ――。当時のおれは、飛鳥の言葉に安心していたのだから。
雛姉は親身になって寄り添ってくれるけど、本人の不安が伝わってくるからなあ……。
一長一短だ。
「……なあ、もういいだろ。そろそろ離してくれ。おれはもう上がるから……」
「待てよ」
飛鳥の手がおれのお腹(傷)を撫でる。背中に空間があるので抱きしめられているとは言えないけど、外から見れば後ろから飛鳥に抱きしめられているような体勢だ。
飛鳥は、なぜか動かない。傷を確認したいと言っておれの背後を取ったのは、実は傷の確認をしたいわけじゃなかったから……?
「飛鳥?」
「…………ごめん」
背中に、感触があった。
きっと、飛鳥が額を押し付けているからだ。
「……あたしが陽壱を巻き込んだ。怪我をさせた……。たまたま陽壱がそういう体質だったおかげでなんともないけど、もしも怪我が治らない普通の人だったら……。今、ここに陽壱はいないんだ――」
「…………」
「弟を失うかもしれなかった……っ、あたしが原因でッッ!!」
「それは……――そうかもな。飛鳥が撒いた種で、あいつは復讐をしにやってきたんだから」
もしもおれが普通の人間だったら。……渦中に飛び込もうとはしなかっただろう。
だからナイフが刺さることはないし、巻き込まれてもここまでの大怪我はしなかったんじゃないか――と思うけど。それを言っても気休めにはならないだろう。
飛鳥は、好きで日中、放浪しているわけではない。自慢の暴力を活かして不良チームを潰し回っているわけじゃない。
舞衣と同じように体質による『制御できない衝動』を、暴力で発散しなければ身近な人を傷つけてしまうから……苦肉の策で殴れる相手を探しているのだ。
不良たちが標的になっている。
当事者からすれば最悪だけど、不良なのだから原因が相手にもある。
同情はするけど……するだけだ。自業自得な部分もあるから助けたりはしない。
自業自得とは言え、それでもやられたらやり返す。不良とはそういうものだ。
だから飛鳥が撒いた種が後々、飛鳥だけじゃなく周りに飛び火することは予想していた。復讐の数が少ないのは、飛鳥が徹底的に潰し、今後逆らえないような力の差を見せつけていたからだけど、それが通用しない相手だって中にはいるのだ。……今回のように。
プライドが高い人間は力の差を力では埋めない。
回りくどくても飛鳥にダメージを与えられるならなんでもする……その上で、今回の結果だ。
実際、飛鳥はこうして苦しんでいる。
自責で弟のおれに弱音を吐くくらいには、だ。
「ごめん、陽壱……あたし、姉ちゃん失格だ……っっ!」
「そんなの、ひとりで抱え込むから失敗するんだろ? 舞衣を見てみろ。あいつ、おれに甘えておんぶにだっこだ。毎日毎日、ストレス発散に付き合わされてる……、おかげで舞衣はすっかりと立ち直ってるし」
「それは、だって……っ、陽壱に迷惑がかかるだろ……!」
「嫌なら嫌って言うぞ。家族にそれが言えないほど、おれたちの関係って遠いのか?」
いつだって喧嘩ができる。
気を遣うことも大事だけど、気遣わない本音を言えることも信頼の証だ。
蝶々も、舞衣も、雛姉も、隠しごとはあるけど、本音を抑えて言わないことはない。
――飛鳥だけだ。おれたちに気遣って、自分の問題を頑なに抱え続けていたのは。
だからこうして、飛鳥自身が許せないような事件が起きるのだ。
もっと早くからおれに甘えていれば、心が摩耗することもなかった……。
破壊衝動を発散して、昔の飛鳥に早く戻ることができたはずだ。
……こうして苦しむこともなかったのに……。
舞衣と蝶々にだって会いたいくせに、それをがまんしてまで……。
それはしなければいけない『がまん』なのか?
おれを殴って発散するのは、どうしてもできない悪なのか?
「……おれじゃあ、
「陽くん……」
舞衣がいるとおれは兄貴になれる。そういう自覚が芽生えた。逆に言えば飛鳥がいたから、おれは弟でいられたし、甘えられる場所があったのだ。
雛姉や蝶々だと少し距離が遠く感じる……やっぱり年齢差があるからだ。
そのふたりと比べれば、上と下、一番近いふたりにはわがままを言いやすい。
同時に、わがままを言われてもなんとかしたいと思えるふたりでもある。
「飛鳥姉ちゃんとなかなか会えないのは、やっぱりやだなあ……」
説得のつもりはなかった。それは前々から思っていた本音だったから……。
飛鳥に会いたい。
飛鳥と喋りたい。
飛鳥と、一緒に――――。
そのためなら。
おれは、いくらでも殴られてやる。
――迷惑だなんて思うもんか!!
振り向くと、驚いていた飛鳥は涙も鼻水も拭く暇がなかったようで、顔がぐしゃぐしゃだった。
不良たちをばったばったと殴り倒す暴君のような姉が、今は迷子になった小さな子供みたいに、泣き叫んでいた。
そういう顔だった。
だからおれは手を伸ばした。姉の頭に、ぽんと手を乗せて――――
「陽くん……?」
「今度はおれが、飛鳥姉ちゃんを引っ張る番だ」
昔、おれの手を引いてくれた大きな背中。
だけど今は、不安でいっぱいの小さな体だ。今はまだ、飛鳥の方が少しだけ大きいけど、いずれはおれも成長して飛鳥よりも大きくなる予定だ。
今はまだ頼りない弟だけど、仕方ない不安もあるし心配だってするだろうけど、それでもおれに頼ってほしい。任せてほしい……おれは全力で応えるから。
姉も妹も守る。
おれは絶対に、折れたりしないから――。
「おれは、飛鳥姉ちゃんの味方だよ」
その一言で限界を迎えた飛鳥が、これまで溜め込んできたものを全て吐き出すように……泣いた。泣かせてしまった――けど、この悲鳴のような感情の洪水はきっと、必要なことだろう。
だからその後、悲鳴を聞いて浴室に駆けつけた姉妹から必要以上に責められても、おれは気にしない……気に、しないんだ……ぅっ。
「お姉を泣かせるなんて、最低っ」
「にいさん、みそこなった」
「陽ちゃん、ひとまずお風呂から上がってくれる? 話はそれからね」
…………。
それぞれの言葉が突き刺さる。
ナイフなんかよりも数倍以上も、痛かった。
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