第24話 妖怪に勝る悪魔

「……っ。ふぅ……――抜くぞ。がまんしろよ?」


 迷いを吹っ切った飛鳥がナイフを引き抜いた。ずるる、と体内の大事なものまで一緒に引きずり出された感覚がしたが、抜かれたのはナイフだけだった……良かった。

 しかし、栓を抜いたことで多量の血が溢れ出てくる。

 一面のコンクリートに、赤い血溜まりができていく……。


 周囲の不良少女たちの中には、血を見て気分が悪くなった人もいて……。ふらふらと意識が遠のく者、ショックで倒れる者もいた。

 外側だけ取り繕っても、中身は普通の女の子だとすれば、この光景はトラウマになってもおかしくはない。


「おい陽壱……これほんとに大丈夫なんだろうな!?」

「いや、わかんないけど……」

「それじゃ困るだろ!!」


 残った力で言い合いをしていると、すぐ近くで『バチチッ』、という刺激的な音があった。

 ――――スタンガン。ナイフの次はスタンガンか。


 戻ったわけではない。ナイフにせよスタンガンにせよ、脅威は似たようなものだ。

 幸い、スタンガンを当てられて死ぬことはないが……。

 そのはずだが、受ける側のコンデションにもよる。


 ナイフで刺されて意識が朦朧としている中でスタンガンを喰らえば、目覚めることはもうないかもしれない……当然だ。


 スタンガンは致命傷を与えないが、それでもとどめを刺すことはできるのだ。


 ……ナイフとスタンガン。ふたつの凶器が違和感なく薄着のポケットに入ってしまうところは、改善すべき点かもしれない。


「覚えているかな、神谷飛鳥……僕の『チーム』を壊してくれちゃってさ……。良いおもちゃで楽しい遊び場だったんだけどなあ……」


「知るかよ」


「壊した側は、いつだってそうだ。壊したことになんの感情も抱かない。壊れて当然だとでも思っているのかな。……だとしたら、『壊す』ことでやり返されるのも、当然だと思うべきじゃないか?」


「――――チッ」


 迫るスタンガンを回避するには、おれを抱えていては難しい。

 かと言って自衛のためにおれを切り捨てる飛鳥ではないから……――身動きが取れないのだ。


 おれの、せいで……っ。

 飛鳥は動けなくなっている。


「飛鳥――」

「うるせえ、姉に指図すんな」

「おねえさん」


 気づけば、おれの頭は柔らかい太ももに乗せられており……、

 小さなそれは蝶々のものだった。


 え、いつの間に……。

 それはまるで、人と人の隙間から突然姿を見せた、彼のような溶け込み方だった。

 蝶々の場合は『溶け込む』ではなく、『消して』いるのだけど。


「にいさんのことはわたしが……。だから、まかせて」

「――助かった、蝶々」


 おれの傷口を押さえていた飛鳥の手が離れる。同時に、蝶々の小さな手がおれの傷口を塞いでくれて……――そのせいで妹の手が、おれの血で真っ赤に染まっていく。

 ……悪いことしたな……。


「血、怖くないか?」

「こわくない。にいさんの血だから……優しい感じがするの」


 触った人にしか分からないことなのかもしれない。


「…………あの人も、わたしと同じ、なのかな……?」

「いや……どうだろう。無自覚かもしれないし……」


 地味な見た目で、人の間に紛れることを意識しているのは明白だ。

 その技術と蝶々に似た能力――、ただし『かなり薄まった』能力が合わさっているのであれば、さっきの『突然現れた』トリックの説明にはなる。


 さすがに、場にいる全員が気づかないのはおかしいからな。

 無自覚ではあるが、自分にそういう適性があるのが分かっている振る舞いだった。

 おかしなことではない。


 全員の前世は当然ながら過去の人であり、過去はそれこそ『どこもかしこも』飛び抜けた魔境で、魑魅魍魎だったわけだ。

 全人類に、現代では摩訶不思議とされている力が宿っていても変ではない。

 大半が使いこなせないままに来世に持ち越し、やがて薄まり消えていくのだけど――。


 おれたちや、あいつのように。

 濃度は違えど、能力自体は全員が『持っている』はずなのだから。


「弟を壊されて怒ったか? それが、僕が受けた傷だよ、神谷飛鳥」

「てめぇ……ッ!」

「その顔も見たかったけど、本当に見たいのは別の顔だ。……泣いて後悔し、懺悔しろよ――」


 バチィッッ、というスタンガンの威嚇が合図だった。

 飛鳥は怒りに任せて冷静さを失い、ただ目の前の悪党を殴るだけの暴君になる。

 また飛鳥は、他人に手を上げてしまう……本人も苦しいはずだ。


 相手が焦らなければ、飛鳥の大振りを避けるのはそう難しいことではないが――それに。

 飛鳥の中でかろうじて残っている理性が、線引きしている部分もある。

 悪党を狙い、無関係な人間を避けるように……。

 おれみたいに殴ってくれと言っている場合は別だが。


「――ねえ、なにしてるんだ、君たち…………早く僕を守れよ」


 視線は向けられなかった。

 だけど自分たちに言われた一言だと分かったようだ――緊張が走る不良少女たち。


 震える彼女たちは最初こそ動けなかったが、威嚇のためのスタンガンが吠えれば、それぞれの体が勝手に動き出す。彼を守るように囲んで……――飛鳥の脅威に立ち向かっていく。


「……邪魔だ。どうしてそいつを庇う!!」

「っ、んなの……理由があるからに決まっているでしょう……!!」

「そうかよ……それは、あたしにぶん殴られてでも守るべきものか?」

「――――当然よ!」


 その声には力があった。守るべきは『背後にいるメガネくん』ではなく、彼が彼女たちを動かすために利用している『人質』の方か。

 彼女たちが慕う人物か、それとも小さくて大切な、守りたい存在か――。


「今度はアタシたちがあねさんを守る番なのよ……っ!」

「……そうかい」


 飛鳥はゆっくりと目を閉じ……覚悟を決めてぱっと開いた。

 飛鳥の拳が動く。手の甲が目の前の不良少女の頬を打った。


 地面に叩きつけられ、勢いのまま転がる少女はバットを手からこぼしながら……それでも両手で踏ん張って、立ち上がった。


「……まだ、よ……っっ」

「寝たフリでもしていればいいものを……そうやって立つから傷つくんだ……諦めろ」

「――ッ、め、られるわけ、ないでしょッッ!!」


 リーダーの声に呼応し、周りの少女たちも臨戦態勢に入る。

 チームの総意で、彼女たちは人質を守るために飛鳥に挑んでいる。

 全然折れない。

 ここまで踏ん張るのは、どうして…………一体、なにを盾にされて……?


 ――特定ができれば、じいちゃんの伝手を使って先回りができる。保護することができれば……、いや、今後もしつこく狙われ続けるなら意味がないのか……。


「諦められない――絶対にッッ!!」


「…………あんたたちが必死に守ろうとしている『そいつ』だって、自衛くらいできるだろ……。あんたが信頼しているそいつは、自衛もできないほどに弱いヤツなのか?」


 人質にされたら、なにもできないわけではない。

 自衛ができるなら脱出も……容易ではないが、抗う人次第では脱出できるかもしれない。


 人質を助け出したいのは分かるし、迂闊な行動には出られない気持ちも納得できるが、もうちょっと人質にされた相手に期待をしてもいいのではないか。

 それとも……今は意識のない相手だったり……?



「アンタは、赤ん坊に自衛をしろって言うのかい?」



「…………」


「しかもまだ生まれていない。妊婦の腹を踏んづければそれだけで死んでしまう胎児を、人質に取られてしまえば!! 知らん顔して裏切れるわけがないんだよッ!!」


「て、めぇ……ッ、――クソ野郎がァッッ!!」


 少女の輪の中心に立っている彼が、メガネを上げた。

 レンズに映る光の反射で、彼の表情はよく読めない。


「――これが僕の戦い方だよ。最大威力を期待して狙うのはおかしなことかな?」

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