第23話 弟はいつだって盾になる!

「――おれ、いってくる」

「え? ――ちょっとっ、狙いは神谷くんなのよ!?」


 黒冬さんの声には構わず。

 おれは、石段を何段も飛ばして下りる――そして不良少女の目の前へ。


「目的はおれじゃないのかッ!!」

「……そうね、目的はアンタだった――」


「陽ちゃん……」

「雛姉……お疲れさま」


 ドッペルゲンガーは最後に微笑んで、役目を終えたように影の中へ落ちていった。

 それを目の当たりにした少女たちは、言葉にならないようで、沈黙を見せている――。

 すると、誰かが呟いた――「魑魅魍魎……」

 ……飛鳥も含め、おれたちをそう呼ぶのは、間違いではないのだろう。


「……アンタも、そうなのかい……?」


 ――おかしな力を持っているのかい? と、聞いているのだろう。

 どうだろう。……能力とも言えるし、気合があるだけとも言えるし……前世から引き継いだ力なら薄まり過ぎていて、ただの体質で片づけることもできる。


 雛姉や蝶々、舞衣や飛鳥のような人外らしい能力ではないから……微妙なところだ。

 それでも、人間離れしているのは否定しないけど。

 ……見て判断するのは、向こうだ。


「うちはとびっきりの魔境で、魑魅魍魎かもしれない……どうする。引くなら今だけど」


 攻撃してくるならこっちも徹底抗戦する。そう脅したつもりだけど……彼女たちは引かなかった。それだけ、復讐にかける想いが強い? ……いや、そうには見えない。

 復讐に固執しているならもっと視野が狭いはずだ……なのに、彼女たちは背後を気にしているようにも見えた。……誰かいる?


 彼女たちは、まるで急かされているかのように――挙動に焦りが見え始めていた。

 目が泳ぐ。

 彼女は一体、どこを見た?



「っ、いいからさっさと神谷飛鳥を出、」


「あたしがなんだって?」



 ――視線の先。


 私有地に溜まっているバイクの向こう側に、想定よりもだいぶ早い帰宅の、飛鳥が立っていた。


 昼食を食べに戻ってきたわけではないだろうけど……もしかしてうちに不良たちが集まっていることを誰かから聞いて、こうして駆けつけてくれた……?


「神谷、飛鳥……」

「そうだけど……あんた誰?」


「……覚えていないのかい……?」

「覚えてないな」


 弟が巻き添えになった……――その復讐をしにやってきた彼女からすれば、顔を覚えられていないことは火に油を注ぐようなものだ。


 激昂した彼女が飛鳥に襲いかかる、なんて展開も予想したけど、意外にも彼女はほっとしているようにも見えた。


 それに、喉から出かかっている言葉をなんとか飲み込んでいるようにも……。

 ――最初から、違和感があったのだ……。

 彼女は本当に、自分の意思でここに立っているのか?


 弟の復讐。それにしては行動のひとつひとつに迷いがある。感情が先走っているならおれたちの意見なんて聞かず、最初からバットで殴るなり、縛って連れ去るなりをすればいいのだ。


 だから、カラーバットを持ってきた点も、冷静だと言える。

 復讐するつもりなのに、一気に燃え上がるような闘志がないのは、なぜだ?


 後ろにいる十数人の仲間も、目が泳ぎ、怯えている……。

 先頭に立つ彼女に言われてついてきただけかもしれないと思っていたが、トップも同じように怯えているとなれば、まだ……別にいる。


 黒幕が。


 飛鳥に強い恨みを持っているのは、そっちか……?


 少女たちが道を開け、飛鳥が堂々と真ん中を通る。

 その際、飛鳥のひと睨みで、周囲の少女たちは闘志が折られていた。……蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなっていた。


 飛鳥の睨みがなくとも、人を叩いたことがないようなバットの握り方を見れば、彼女たちに元から脅威なんてなかっただろうけど。

 先頭に立つスケバン少女と、飛鳥が向き合った。


「気に入らないなら、好きなだけ喧嘩してやってもいいけど」

「…………――――ん、なさい、」

「あ?」



「――ごめんなさいっ、飛鳥さん!!」



 その時、飛鳥の背後に迫る人影があった。


 ッ――どうして今まで気づかなかったんだ!? 少女たちに囲まれて見えなかったのかもしれない。意図的に意識を逸らされ続けていれば、見えなかったのも納得だけど――人が操作できる範囲を確実に越えている『隠れ蓑』だった。


 集団に混ざっていたから分からなかった? ……そんなレベルじゃない……。

 これは、よく知っている――『蝶々と同じ』だ。


 存在感を薄めたのか、消したのか。

 飛鳥は、迫る人影に、まだ気づいていない。


「はあ? ……ごめんって、どういう――」


「飛鳥ッッ!!」


 手段を選んではいられない。

 ――間に合うか!?


 配慮する余裕もなかった。

 飛鳥を横へ突き飛ばし、迫る人影の前に体を入れる――そして。



 腹部、に、潜り込んでくる、『異物』があった……。


 痛みはない。……だけど、やがて灼熱がやってくる。


 吐き気が全身を支配し、倦怠感に包まれる。


 それから――やっとだ、遅れて痛みがやってきた。


 ……ナイフ。

 真っ赤な血が、足下に滴る。


 深々と、おれの腹部には銀色の刃が突き刺さっている――――



「……はぁ。僕の邪魔、しないでくださいよ……先輩」


「おまえ、は……」


 …………だれだ? いや、分かる。記憶の片隅には、あって……地味な見た目だから分かりにくいけど、でも……地味な見た目にしては、強い印象がある……。

 逆に、忘れないはずだ。


 おれは、おれに危害を加える人間を、特に覚えていたりはしないけど、だけど……強い印象が残っているのなら、おれではない、別の誰かが過去に傷つけられて――――……あぁ、思い出した。……舞衣、だ……。


 舞衣を、不登校へ、追いやった…………いじめの、主犯、格…………。


 名前、は――――



「え、立花たちばな!?」


 聞こえてきたのは舞衣の声だ。

 そうだ、立花だ……――立花 録助ろくすけ


 地味で普遍な丸メガネくん。

 護身用に常時スタンガンを持っていた、ちょっとずれた後輩だったはず……。

 スタンガンの次はナイフかよ。


「――こんなことをする子ではなかった」、とは言えないところがまた、彼の異常さを証明しているように思えた。


「本当に、神谷家には困らされてばっかりだよ……」


 おれはさすがに堪えられなくなって、膝を地面につける。

 体の自由が利かない……? もう、このまま横に倒れるしかない。


「どうして僕の邪魔をする。どうして僕を困らせる……僕に恨みでもあるのか?」


 倒れたおれの頭を足蹴にする彼は、ずれてもいないメガネをくいっと上げた。

 それを見て怯えたのは不良少女たちだった。

 やはり、脅されていたのだ……相手は後輩なのに。


 彼は舞衣の同級生だから、まだ中学二年生だ……だけど年上の彼女たちを脅せるほどには、力があるのだろう。――彼にではなく、その背後に。


 権力か、人質か。……そういうものを上手く使いこなすのもまた、実力である。

 暴力だけが全てではない。権力も人徳も、喧嘩や対立で使える手札になるのだ。


「――陽壱!!」


 飛鳥が腹部に刺さっているナイフに手を伸ばした。

 がしっと掴んで……え、引き抜くつもりか?


 だが、飛鳥は躊躇っている。

 一瞬、雑な扱いにぎょっとしたものの――いいのだ。おれの場合は抜いた方がいい。


 ただ、当然刺激を与えれば、刺さった時と同じくらいかそれ以上の痛みが走るはずだ。……これまで散々、頑丈とは言ってきたけど、既に刺さっているナイフをまた動かされたら、意識が飛ぶほど痛いに決まっている。


 分かっていれば堪えられる……大丈夫。


「だい、じょうぶだ……飛鳥……」

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